必然だが「平等」は違う。育成における「全員出場」の意味とは?
指導者・中野吉之伴の挑戦 第十一回
ドイツで15年以上サッカー指導者として、またジャーナリストとして活動する中野吉之伴。2月まで指導していた「SGアウゲン・バイラータール」を解任され、新たな指導先をどこにしようかと考えていた矢先、白羽の矢を向けてきたのは息子が所属する「SVホッホドルフ」だった。さらに古巣「フライブルガーFC」からもオファーがある。最終的に、今シーズンは2つのクラブで異なるカテゴリーの指導を行うことを決めた。この「指導者・中野吉之伴の挑戦」は自身を通じて、子どもたちの成長をリアルに描くドキュメンタリー企画だ。日本のサッカー関係者に、ドイツで繰り広げられている「指導者と選手の格闘」をぜひ届けたい。
▼リーグ初戦を4対4で引き分けた後、U-16は6連勝を飾った!
第6節では、リーグで一番のライバルと見られていたドライザムタールに6対0とアウェイで大勝することもできた。
勝てば雰囲気は良くなる。
すると、練習に熱が入る。
すべては好転していく。
と、簡単にはいかないのが育成年代の難しいところ。それは出場時間やプレー機会、ポジションに関する個々の思いと向き合う必要があるからだ。例えば、地元のチームではエースだった2人の選手がいる。ともに自分が試合に出ない現実を、そう簡単には納得することができない。その思いは大切だ。誰だって試合に出るため、試合に出たいからこそ真剣に練習に取り組んでいるのだから。
うちの編成はフィールドプレーヤー17人+GK2人。
ケガや病気などで出場できない選手が数人出ることを考えると、悪くないバランスだが、それでも全員が出場可能な状態だった場合、3選手を出場メンバーから外さなければならない。
非常に、つらい作業だ。
明らかに調子が悪かったり、練習態度に難があったり、プレーレベルで他との差が大きかったりするなら、説得材料としてはわかりやすい。でも、みんないい選手で、似たり寄ったりの練習参加率で、同じくらい真剣に取り組み、変わらないくらい悪ふざけもする。そうなると、どこにどのような線引きをするのかが難しい。
指導者サイドも可能な限り、全選手に出場機会を準備しようとしている。各試合で試合出場時間、プレーしたポジション、アクション頻度などの統計を取り、次の試合のスタメン決めの参考にする。ベスト11を固定するのではなく、チーム全体でリーグを戦う。それぞれに成長するための機会を与える。
そのことの意味もみんなわかっている。でも、いざ自分がレギュラーを外れたり、それこそ登録メンバーから外れたりすると、大きな失望を受け止めきれないことがまだある。ドライザムタール戦後には、2選手の親から連絡があった。
「なぜ息子がメンバーから外れたのか?」
その理由を聞きたい。息子は大事な試合で外されてしまい、とてもがっかりしている。息子にとって、サッカーはとても大切なんだ。支えになってあげたい。
親の気持ちもわかる。
私だって息子が納得のいかない理由でメンバーから外されたり、試合にもあまり出られなかったりしたら、監督と話をしたいと思う。選手の気持ちだってわかる。その試合にかけていた思いだって。
でも、私は監督だ。それも個々の成長とリーグ優勝の2つの目標達成を課せられている立場にいる。個々の選手のことを考えることが、チームのパフォーマンスを下げたり、結果を悪くしたりしてしまうことを避けるオーガナイズも考えなければならない。ここは勘違いされがちなところではないだろうか。
「サッカーはみんなのもの。全員出場させるのが当たり前」
この考え方は必然だ。特に小学生までは、こうした捉え方が一般化されることを願っている。では、「全員出場」とはどういうことを指すのか。
数分でも出場させれば、全員出場のノルマは達したことになるのか?
私の弟が昔そうだった。小学生の頃にサッカーをしていた弟の試合を見に行ったことがある。後半残り10分を切ったところでプレー機会が訪れた。そして5分後、ボールタッチがゼロのまま交代してしまった。もう1人出場していない子がいたので、「全員出場」させるために10分を2人で割ったという。
これで誰が納得するのだろうか。
数分間ピッチの上に立っていて何を体感できるだろうか。サッカーができるだろうか。「楽しかっただろ?」だなんて言えるだろうか。
全員出場という言葉には、「全員が少なくともサッカーの試合をしたと感じることができるだけの出場時間を提供する」という意味が含まれていなければならないと思うのだ。「出した」ということだけでごまかしてはいけない。ピッチに立って、走って、守って、ボールに触って、攻撃のアクションに関わって。そうしたプレーをする機会が実感としてなければならない。実感がなければ喜びも悔しさも半減で、それがないと成長にはつながらない。ジュニア(小学生)年代であれば、最低でも各選手に20分間は確保してあげるべきだろう。
では、これを前提としたところで、次の命題を考えてもらいたい。全員出場とは平等でなければならないのか。全選手で試合時間を割ってそれぞれ均等に出場させなければならないのか。勝っても、負けても、みんなが同じくらい出て戦うことが大事だとまとめることはできる。だが、こちらの言い分にしても、「平等」という言葉で自分たちを窮屈にするのはやはり違うのではないかと思う。
「全員出場が大事。いろんなポジションをすることが大事」
だから、今日のスタメンはくじ引きで決めます。というわけにはいかない。チーム内には選手間に力の差がある。経験の差がある。思い入れもそれぞれが違う。全員同じように出場させることが、そうした当事者すべてにプラスに働くように導けるのであればすばらしいが、そうならないことの方が多いのが事実。
「この試合に勝てば、2次リーグに出場できる」
例えば、こういう場合に明らかに力の落ちる選手を「全員出場が大事だから」という理由で出場させて、2次リーグ進出を逃したら、「いや、でも試合に出たことで経験を積んだ」というポジティブな面よりも、ネガティブな部分の方が圧倒的に多い。
それならば、「この試合に勝てば、2次リーグでもっと強い相手と対戦できる。そうしたら多くの選手にとって、これ以上ない成功体験を得ることができる。彼らが成長すれば、練習のクオリティだって上がる。そうすれば、試合に出場できない選手もより良いトレーニングをすることができる」と考えることができるはずだ。
その代わり、その試合で出られなかった子どもたちのための試合環境を作ることもなければならない。「次の大会は君たちを中心としたメンバーでスタメンを組む。約束する」と伝え、その約束を守る。
1試合の中で全選手を起用するのではなく、年間スケジュールの中で一定時間以上の出場機会を作ることができるようにオーガナイズをする。それもまた、育成指導者に求められるとても大切なポイントではないだろうか。誰でも出場できるだけのチーム数があり、誰でもスタメンで出られるようなリーグシステムがあり、となれば言うことはない。理想だろう。でも、それは極めて難しい。ドイツでもどこでも全選手を拾い上げることは、途方もなく難しいことなのだ。それでも、「だからしょうがない」と切り捨てるのではなく、その中で可能な限り関われる環境を提供できるような努力をしていく。それが大事なのだ。
うまい選手だけで勝ちにいくのは違う。
そうではない選手に合わせるのも違う。
その中で最適な組み合わせを考える。
確実な勝ち点3も必要だし、選手に経験や機会を与えることも大事。だから、選手選考やスタメン決めで悩む。そして、悩んで出した答えが正解だとも限らない。6連勝で迎えたブライザッハというチームとの試合では、出場機会が少なかった選手を数人起用した。
相手は、その時点でリーグ3位。
決して弱い相手ではない。手堅くレギュラー組を起用という考えもあったが、そうした試合でどれだけできるのかを試す機会も必要だと思っての起用法だった。それに応えてくれるだけの力はあるという信頼もあった。
だが、この日は主力選手の動きが良くなく、リズムがどうにも悪い。先制点はこちらが決めたが、その後は不用意なボールロストから相手のカウンターを度々受け、フィジカルの強い相手FWの単独突破に苦しめられた。前半のうちに相手の逆転を許すと、早めの交代で修正を試みた。落ち着きは出てきたが、いかんせんゴールが遠い。結局後半にもカウンターで2失点を受け、1対4で負けた。テストマッチを含めて、今シーズン初めての敗戦となった。
非は私にもあった。交代に関しても、戦術変更に関しても、他の手を打った方が良かったのかもしれない。次の練習前、私は正直にそのことを選手に伝えた。選手の答えはシンプルだった。
「誰だってミスはするよ」
シーズンは長い。誰にでも、どこにでもうまくいかない試合というのはある。そして、その時に試合をどう乗り切るかを経験することが大切なのだ。さらに、そうした試合後に「どういうリアクションをするか」が肝心なのだ。彼ら選手はそのことをしっかりとわかっていた。抱える課題はまだまだ多い。うまくいかない時の文句はなかなか減らないし、すっきり試合を終えることは稀だ。神経をすり減らし、家に帰るのは正直しんどい。
だが、こうした大事な点を外さない限り、ここでの共通理解がしっかりしている限り、まだまだ成長することができるというのも確信している。私も、彼らも。その後、前半戦残りの3試合を3連勝で終えることができた。
リーグ戦11試合で、9勝1分1敗、54得点13失点。
これは選手の力の賜物だ。後半戦はすべての数字で上回りながら、個々がバージョンアップできるように各自の目標設定をするなど、いろいろなアプローチをしていくつもりだ。 だが、その前に冬休みはしっかり休む。夏と冬に完全休養を取ることは選手にとっても、私たち指導者にとっても欠かせない大事なことだから。オフ後の再会と再開を楽しみに、私も日本で英気を養っている。
※本企画について、選手名は個人情報保護のため、すべて仮名です
Photos: Kichinosuke Nakano
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Profile
中野 吉之伴
1977年生まれ。滞独19年。09年7月にドイツサッカー連盟公認A級ライセンスを取得(UEFA-Aレベル)後、SCフライブルクU-15チームで研修を受ける。現在は元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-13監督を務める。15年より帰国時に全国各地でサッカー講習会を開催し、グラスルーツに寄り添った活動を行っている。 17年10月よりWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の配信をスタート。