ルカ・モドリッチ、万能の司令塔。「ザ・ベスト」受賞に見る時代の変化
【ざっくり言うと】
・個人として卓越するが、数字的に突出はしていない
・モドリッチは、チームのパフォーマンスを高める選手
・特に「攻撃のビジョンと実行力」に絞って解説
数字だけ見ると、物足りなさすらある
“ザ・ベスト”FIFAフットボールアワーズ2018の男子最優秀賞に輝いたのは、クロアチア代表MFルカ・モドリッチだった。2008年から10年間に渡りリオネル・メッシとクリスティアーノ・ロナウドの”二大巨頭”が独占してきたこの輝かしい賞を、レアル・マドリーに所属するプレーメーカーが受賞したことは、時代の流れを象徴する現象といえる。
CLでレアル・マドリーの3連覇に大きく貢献し、ロシアW杯ではクロアチア代表の司令塔としてファイナル進出の立役者になり、ゴールデンボール(最優秀選手)を受賞した。モドリッチ自身にゴールはそれほど多くないし、アシスト数は17-18シーズンのレアル・マドリーで7アシスト、ロシアW杯でも7試合694分間の出場で1アシスト。数字だけ見るなら、物足りない印象すらある。
個人として卓越した才能を持つ選手ではあるが、やはり彼は“チームプレーヤー”の象徴的な存在だ。オールラウンドなMFであるモドリッチの特徴を1つ1つ取り上げていくと、それだけで文字数が膨らんでしまう。テクニック、運動量、献身的なディフェンス、90分の安定感、見た目からは想像できないデュエルの強さ……など。万能というのも1つのスペシャリティであるわけだが、ここでは攻撃のビジョンと実行力に絞ってモドリッチのスペシャリティを解説してみたい。
ロシアW杯のゴールに見る、モドリッチの資質
[4-3-3]のインサイドハーフ、[4-2-3-1]のトップ下、[4-4-2]の2ボランチの一角、時にはサイドハーフなど、中盤ならどこのポジションでもハイレベルにこなせる。だが、どのポジションでもプレーの基本スタンスは大きく変わらない。
広い視野で常に全体を見渡しながら情報をアップデートし続け、味方からボールを受ける前に「自分で仕掛けるか」「1タッチ・2タッチでシンプルにさばくか」「タメを作って大きく展開するか」などのプレー選択を瞬時に判断していく。
俯瞰的に観ても判断が難しいようなシーンでも、モドリッチはほとんどミスなく実行していく。着目したいのは、相手と味方の動きを同時に視野に入れながら攻撃を組み立てているところだ。ディフェンスの網にかからず、味方が前向きに仕掛けやすいポイント、あるいは1人経由して次の展開につながる状況を生み出すようにプレーしている。
ロシアW杯のアルゼンチン戦で、興味深いシーンがあった。モドリッチのスーパーゴールなどでメッシ擁するアルゼンチンに3-0で快勝した試合だ。そのシュートを決めたシーンには、モドリッチらしさが現れていた。
中盤の底から左に流れて起点となったマルセロ・ブロゾビッチからボールを受ける前に、モドリッチは周囲を確認。相手ディフェンスラインの手前にはぽっかりスペースが空き、そこにはモドリッチ1人しかいなかった。
モドリッチは味方の攻め上がりを促すジェスチャーをしたが、誰もこない。前方にはアルゼンチンのDFが4人おり、味方はFWのマリオ・マンジュキッチただ1人だった。
そこでモドリッチは、前に出てきたニコラス・オタメンディを右足のインサイドカットで揺さぶり、そこからアウトサイドで右に持ち出してシュート。結果的にスーパーゴールとなったが、周囲がモドリッチに連動できていたら、他の選択をしていたかもしれない。
このシーン1つ見ても、モドリッチには良い意味でエゴイスティックなマインドがない。卓越したビジョンを常に描きながらも、周りを生かし、チームとしてゴールを決めるための道筋を探していることがうかがえる。
モドリッチの輝きは、チームの輝きでもある。
モドリッチの攻撃ビジョンを評価する際に注目したいのは、ボールをさばいた後のポジショニングや行動だ。例えば中盤でタメを作ってイバン・ラキティッチにショートパスをつないだ後、モドリッチはそのまま止まるでも一気に駆け上がるでもなく、周りのディフェンスを引きつけて周囲にさらなるスペースを提供する。
左右にボールが展開されれば状況に応じて次の流れに参加するが、そこでもボールをもらう動きだけでなく、相手のディフェンスをわざと引きつけるなど、周りの選手がプレーしやすい環境を作ることができる。「モドリッチがボールを持ったら危険」という対戦相手の認識を踏まえての、一種の“視覚操作”である。
もう1つ多く見られるのは、前方のスペースを狙う動きをして相手のディフェンスを引き連れ、すっと止まって手前にフリースペースを作るプレーだ。この動きによって、モドリッチはバイタルエリア付近で前を向いてボールを受けるシーンが多い。ディフェンスがこの動きについてくれば、狙う振りをしていたスペースをそのまま味方が使える。一瞬一瞬の思いつきではなく、数秒先を描きながら攻撃に関わっているモドリッチならではの展開だ。
ラストパスやシュートなどでわかりやすくゴールに絡む場合だけでなく、モドリッチはボールに触らなくても相手のディフェンスを崩すために何らかの作用をしているのだ。もちろん全選手が得失点に大なり小なりの相関関係があるわけだが、モドリッチの場合は見れば見るほどオンとオフ両面で攻撃に影響を与えている。それは、個人でも決定的な仕事ができる能力と、周りの仲間を生かす状況判断の両方がなければ成り立たない。まさしくルカ・モドリッチのスペシャリティと言える。
加えて、そうしたモドリッチの卓越した攻撃ビジョンはクロアチア代表でもレアル・マドリーでもチームメートが共有しているからこそ成り立つ。特に、クロアチア代表にはイバン・ラキティッチ、レアル・マドリーにはドイツ代表のトニ・クロースという良き理解者がいることで、より増幅されている部分もある。時に彼らを使い、時には使われる側になりながら、攻撃のバリエーションを増やし、相手ディフェンスに的を絞らせない。
モドリッチがロナウドやメッシ、あるいは名だたるストライカーを差し置いて“ザ・ベスト”のような個人賞に輝いたことは、すなわち「彼のチームが」輝いたことに他ならないのだ。
Photos: Getty Images
Profile
河治 良幸
『エル・ゴラッソ』創刊に携わり日本代表を担当。Jリーグから欧州に代表戦まで、プレー分析を軸にサッカーの潮流を見守る。セガ『WCCF』選手カードを手がけ、後継の『FOOTISTA』ではJリーグ選手を担当。『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(小社刊)など著書多数。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才能”」に監修として参加。タグマにてサッカー専用サイト【KAWAJIうぉっち】を運営中。