課題は山積みだが、札束で頬を引っ叩けば可能かも
詰まるところ、これは金か伝統か、グローバル化か“スペイン・ファースト”か、という問題である。この夏、リーガがいきなり発表した公式戦のアメリカ開催。連盟、クラブ、選手、ファン、それぞれの思惑があっても、最終的にものを言うのはやはり……。
8月17日、スペインプロリーグ協会(LFP)が、今後15年間にわたりリーガのアメリカ開催を実施することでイベント会社「Relevent」と合意したと発表した。契約期間が15年と長いのは、2026年W杯の開催地がアメリカ、カナダ、メキシコの共催に決まったのを視野に入れてのこと。W杯に向けて一気にサッカーマーケットを拡大したいアメリカ側と、最後の未開の地アメリカにリーガブランドを売りたいLFPの思惑が一致したわけだ。
今季はとりあえずアメリカで1試合、最終的には数試合をアメリカとカナダで開催する予定だという。リーガの公式戦が海外で開催されるのは前例がなく、プレミアリーグが時期尚早として海外開催を見送ったとあってセンセーショナルなニュースだが、これは、実現には様々な課題がある。
大前提として、リーガの海外開催はLFPの一存では決められない。スペインサッカー連盟(RFEF)と当該国の連盟の許可が要る。アメリカ側は異存ないとして、LFPのテバス会長と犬猿の仲のルビアレス会長が率いるRFEFが首を縦に振るかは微妙である。
ルビアレスの前職はスペインサッカー選手会(AFE)会長で、そのAFEはこのアメリカ開催について、遠征のしわ寄せは選手への負担増だ、として反対の立場を表明。「サウジアラビア選手加入の件(外国人選手枠を金で同国連盟に売る)に続く、選手側に相談のないままのLFPの決定には賛成できない。強行されればストも辞さない」と、アガンソ現AFE会長は反発の姿勢を強めている。就任早々のロペテギ解任で物議を醸したルビアレスには、今AFEの支持を失うわけにはいかない事情がある。
連盟はモロッコ開催にOKしたばかり
とはいえ、ルビアレス自身がこの夏、悪しき前例を作ってしまっているのも事実だ。「スペインスーパーカップの開催問題」を以前報じたが、結局この試合はモロッコのタンジェで開催された。
もともとはバルセロナとセビージャでのホーム&アウェイだったのが何のゆかりもない地での一発勝負になったのは、ルビアレスがバルセロナ側の言い分「親善試合が入っていて日程が確保できない」を呑んだから。親善試合のせいで公式戦のフォーマットを変更するという前代未聞の決定をRFEF会長がしたことは、両者の力関係の象徴だ。しかも、その親善試合というのが「Relevent」が主催したインターナショナル・チャンピオンズ・カップだったというのだから出来過ぎである。
仮にRFEFがGOサインを出したとして、次に必要なのが当然、該当クラブの許可である。LFP発表の翌18日、『マルカ』紙が「アメリカ開催はベティス対バルセロナ(第28節、3月17日予定)」と報じた。これは誤報だったようだが、ベティスファンから猛反発が起きた。彼らにとってバルセロナ戦はセビージャとのダービー、レアル・マドリー戦と並ぶビッグカード。高額な年間チケットのかなりの部分はこれら“ビッグカード代”なのだから、購入者から「アメリカ開催なら集団訴訟を起こす」という声が出たのも当然である。
スペインのファンにとってのメリットはゼロで、ホームのファンにとってはデメリットしかない。スポーツ面で言っても、満員のホーム、ベニート・ビジャマリンならバルセロナを負かせるかもしれないが、バルセロナファンで埋まりアウェイ化したマイアミのハードロック・スタジアムでは勝ち目は薄いだろう。
2強絡みのゲームを失うファンだけが損
アメリカ開催カードがレアル・マドリー、バルセロナ絡みの試合であり、しかも両者のホームゲームではないことは間違いないように思える。クラブの業界団体であるLFPはもちろん、本来私的組織よりも力が上のはずのRFEFにも2強のデメリットになるようなことを強行する力はないからだ。となると、このアメリカ開催で最も得をするのは2強で、最も損をするのはホームゲームを供出するクラブのファンで、その次が遠征を強いられる選手ということになる。
2強絡みの主催ゲームを取り上げられるクラブには、そのマイナスを補って余りある額のお金が落ちることになろう。反発している選手だって特別ボーナスが出れば笑顔になるかもしれない。そんな中、ファンの気持ちだけがお金で買えるかどうか定かではない。
「リーガはスペイン人だけのものなのか? 海外の膨大なファンのものでもないのか?」とテバスは憂う。まるでアメリカ開催が人道的な選択であるかのように、数十万のローカルのベティスファンよりも数百万の世界のバルセロナファンを優先すべきであるかのように。多数のために少数を犠牲にするのは民主主義的であり、ビジネスの論理としても正しい、と声高に言い金を動かす者たちこそ、実は絶対的な少数者なのだが……。
Photos: Getty Images
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Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。