今こそ強烈なリーダーが必要だ
ロシアW杯での体たらく後、スペインサッカー連盟が白羽の矢を立てたのはルイス・エンリケだった。バルセロナ監督時代にメッシやメディアと対立し、何かと物議を醸した彼をなぜ選んだのか? その裏には、強烈な個性の剛腕に頼らざるを得ない、チームのただならぬ危機があった。
※この記事は8月31日のスペイン代表最新メンバー発表前に執筆されたもの
ルイス・ルビアレス連盟会長は「誰もが従うリーダーを探していた」と語った。ジューレン・ロペテギ緊急解任、酷い内容で優勝候補どころかベスト16敗退、フェルナンド・イエロ退任――と大揺れに揺れたスペイン代表の舵取りを、毒を持って毒を制す、とばかりに強烈な個性に委ねたところに会長の危機感の大きさがうかがえる。ビセンテ・デル・ボスケ、ロペテギと続いた懐柔路線ではなく、ルイス・アラゴネス以来の鉄拳路線を選択したことで、ルビアレスにとっても失敗すればポストを失いかねないギャンブルである。では、ルイス・エンリケが直面するその代表の危機とは何なのか?
まずは「①アイデンティティの危機」である。
カタルーニャ独立問題という政治的危機が代表の求心力を下げ、監督と選手の出身地や出身クラブが問題とされる1990年代に逆戻りした感がある。今回の監督選出の議論でも、カタルーニャ人かスペイン人か、レアル・マドリー出身かバルセロナ出身かがまず話題となったほどだ。ルイス・エンリケは選手時代にはレアル・マドリーからバルセロナへの禁断の移籍を経験し、一昨季まで3季バルセロナを指揮した過去がある。就任会見では“バルセロナ派”、“独立主義者”という見方を、「政治には介入しない」「アストリア生まれヒホン育ちで、スペイン人であると同時にカタルーニャ人だ!」と断固否定した。
とはいえ、この問題には簡単な解決法がある。要は、勝てば良いのだ。南アフリカW杯優勝でいきなり一体感が生まれた歴史が、そう教えてくれている。
存在した、ロッカールーム内のルール
より厄介なのが「②増長したベテランの問題」である。ロシアから帰国後噴出したのが、内紛の事実だった。チーム内部にロペテギ解任をめぐり反対派vs賛成派、プレースタイルをめぐりジエゴ・コスタ起用賛成派vsティキタカ懐古派の対立があったことが、匿名の証言によって明らかになったが、何よりも驚かされたのはチーム内の規律が失われていたことだ。
何と、合宿中は起床と朝食の時間が設定されておらず、バラバラに好きな時間に起きて勝手に朝食を取っていた。消灯もなく夜更かしも自由で、練習は午前中だけで午後はなし。試合の翌日は出場した選手は休みで、全員が翌々日の午後まで自由時間などの、とても世界一を狙うチームとは思えない“ロッカールーム内のルール”が存在していたのだという。これらは“このやり方で優勝したから”という理由で選手の権利化し監督は手を出せなかった。増長の事実が明らかになるとともに、ルイス・エンリケの激しい性格に批判的だった世論は、逆にそこに期待するようになっていった。
新監督には世代交代を促すことが期待されている。代表引退を表明したイニエスタ、ピケ、ダビド・シルバだけでなく、過去の栄光を知り、ロッカールームを仕切るセルヒオ・ラモスの処遇をどうするか? 32歳だが、CB不足の中で悪しき習慣とともに葬り去るにはあまりにも惜しい。S.ラモスの方も連盟には言いたいことが山ほどあるだろう。ロペテギ解任には反対だったし、新監督を選ぶにあたってベテランにリサーチする、という慣習を破ってもいるのだから。そう言えば、ルビアレス会長が強いリーダーの例として挙げたアラゴネスは、ラウールを外して過去と決別したのだった……。
D.コスタとS.ラモスは招集されるか?
最後が「③プレースタイルの危機」である。
やっとここでグラウンド上の話ができる。ブラジルW杯以来の難題、引かれた相手に対してどうするか、はロシアでも解決しなかった。D.コスタを使ったロングカウンターを併用して打開する、というロペテギの解決策をイエロが引き継ぐもポルトガル戦以外では結果が出ず積み残しのまま、新監督に宿題として課されることになった。
プレースタイルを変えるのか? という問いに対してルイス・エンリケは「スタイルは変えない。進化はさせるが革命はしない」と答えたが、これは図らずもロペテギの第一声と同じ。「フィニッシュが一番難しい。引いてスペースを消して人数をかけて守りカウンターを狙う、という状況を今大会でたくさん目にしたし、今後も目にすることになるのだろう」と問題点はハッキリ見えている。
メッシ、ルイス・スアレス、ネイマールを使いバルセロナのカウンターチーム化を推進した彼だが、同じやり方は不可能。ルイス・エンリケの指す「進化」にD.コスタが入るか否かが一つのヒントになり得る。先のS.ラモスの件も含め、「サプライズがある」と思わせぶりなルイス・エンリケの初仕事、8月31日の招集リスト提出が俄然注目されることとなった。
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Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。