「研究手順を外す」守備戦術。短期決戦で高まる切り札の重要度
TACTICAL FRONTIER
サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか?すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。
4年に1度の祭典、W杯のような短期決戦では、実力だけではない様々な要素が複雑に絡み合う。今回は、短期決戦において「番狂わせ」を生み出すことを狙う、智将たちの「研究を外す」守備戦術について考察してみよう。
個別の弱点ではなくチームの骨格
「ベルギーのDFラインはすべてがフェラーリではなく、シュコダ(チェコの自動車メーカー)が混じっている」
2014年のブラジルW杯でアルジェリア代表を率いたヴァイッド・ハリルホジッチは、ベルギー戦後にこう試合を振り返った。主軸CBのバンサン・コンパニをサイドに誘い出すことで中央にスペースを生み出すことを狙う。ベルギーは4バックにCBタイプを並べ、コンパニの機動力でボールを奪い取る守備システムを形成していたが、彼を回避するような攻撃のアプローチには弱かったのである。日本人がスカウティングと聞いてまずイメージするのが、このような「個別の弱点を狙うアプローチ」だろう。
一方で、最近それ以上に重要視されているのは「研究を外す」戦術的なアプローチだ。各局面を生み出す定跡の研究が進んだ将棋の世界では、事前に棋士が「研究手順」を用意していることがほとんどであり、その手順に誘導することで「既知の局面」を作り出す。相手の地力が自分たちを上回っていても、様々な変化パターンをあらかじめ研究してある「既知の局面」であれば勝てる可能性が高まる。
フットボールで使う「研究」とは、「事前に用意してきたシステム」を意味する。システムとはメカニズムを内包した配置の話だ。だからこそ自らの戦術意図にハメ込もうとする相手に対して、「研究を外す」アプローチが求められる。特に、短期決戦となる大会では極めて重要となる。強豪でさえ、未知の局面を90分間で修正することは困難であり、序盤で崩れたリズムを引きずってしまうことも珍しくない。
「研究手順を外す」戦術大国イタリア
残念ながら今回のW杯には出場できなかったが、イタリアは多くの優秀な指導者を生む「戦術大国」だ。マッシミリアーノ・アレグリやマウリツィオ・サッリを筆頭に、欧州の強豪クラブから熱視線を浴びる戦術家を擁する彼らは、研究手順を外す技術に長けている。
例えばチェーザレ・プランデッリは、中央を封じるのではなく「バイタルエリアでの迎撃を可能にする」3バックを採用。リトリートした5バック状態からCBが前に出ることで4バック+1を生み出すシステムは、EURO2012の初戦でもスペインを苦しめた。ダニエレ・デ・ロッシを3CBの一角に起用し、ゼロトップのセスクが使おうとするスペースにCBが厳しく寄せることを可能にするシステムは、スペインが「プレッシャーが弱まるエリア」として見込んでいた2ライン間のスペースを「厳しいプレッシャーを浴びるエリア」に一変させることになる。最終的に栄冠を手にするスペインに対し、プランデッリはゼロトップという研究手順を外す一手で追い詰めたのである。
もう1つの好例が、EURO2016でイタリアを率いたアントニオ・コンテが強豪国を苦しめた可変プレッシングだろう。スタートのポジションは、3バックの相手には前からのプレッシングを仕掛けにくい[3-5-2]だが、後ろでの組み立てを阻害するために左ウイングバックのジャッケリーニが高い位置からプレッシングに参加。[3-5-2]の守備ブロックから、相手の右CBがボールを受けることをスイッチに[3-4-3]の守備ブロックに可変していく。スペイン戦では、このシステムによってブスケッツへのパスルートを封じながら、CB2枚にプレッシャーを与えることに成功した。
ドイツ戦では相手の3バックに対し、局面に応じて数的同数を生み出すプレッシングによって相手を苦しめる。左右非対称のプレッシングは、フンメルスのサイドにボールが渡った時にはリスクを軽減するために、ジャッケリーニが左のセントラルMFとなる。
一方、フンメルスやイェロメ・ボアテンクと比べると足下の技術に劣るヘベデスのサイドに強烈なプレッシャーを与えることで、イタリアは何度となく好機を生み出した。献身的なジャッケリーニはセントラルMFとウイングの役割を使い分け、攻守に躍動。運動量が豊富で、俊敏なステップを武器にするドリブラーは、コンテの手で「システムを切り換えるカード」へと変貌した。
アントニオ・コンテは「自陣でボールを保有する仕組み」への対抗策を用意することで、相手が研究してきたビルドアップの手順を外した。スペインやドイツといった世界屈指の選手をそろえるポゼッションの使い手でも、イタリアのプレッシングには手を焼いている。複雑に組織された可変式のプレッシングは「フォーメーション図からは読み取れない守備陣形に可変する」こともあり、仕組みを解析するだけでも時間を要する。ピッチ内の選手は違和感を抱えながらもプレーすることになるが、“現場判断”でこう着状態を打破することは難しい。
「強豪国ゆえの強み」を叩く
最新の研究手順に準拠した確固たる戦術を有する代表チームには、強豪国が多い。彼らは主導権を握るために「ボールを保有する方法論」を確立しており、奪われやすい形も熟知していることから、守備面でもネガティブトランジション(攻→守の切り替え)の局面でも安定した状態を保つことができる。ある程度の幅での変化も可能で、大半の相手であれば「既知の局面」としてのその幅の中で対応してしまう。
一方で、そのメカニズムを完璧に分析できる戦術家を相手にした場合は、研究手順を外されてしまうリスクを内包している。地力で押し切る方向にシフトできれば良いが、実際のところは研究手順を外された状態からは各選手に迷いが生じやすく、共通意識のコントロールが難しい。
例えば4年前のW杯では、ハリルホジッチ率いるアルジェリアがドイツを窮地に追い込んだ。3センターでボールを保有しようとするドイツは、バイタルエリアへのボール供給を繰り返すことによって相手のブロックを押し下げることを狙っており、左右のセントラルMFに自由を与えようと目論んでいた。しかし、アルジェリアはブロックを下げることなく、中盤で激しくプレッシング。バイタルエリアには何度かボールを通されながらも、左右のセントラルMFを自由にさせない。中央のスペースはCFのスリマニが献身的なリトリートで埋めながら縦パスをインターセプトし、両翼からショートカウンターを仕掛ける。サイドMFとセントラルMFの連係も絶妙で、ドイツのセントラルMFが使いたいゾーンを徹底して抑え込んだ。
EURO2016を制したポルトガルも、ダイヤモンドの[4-4-2]で臨んだウェールズ戦を布石に、フランス戦では[4-1-4-1]に近い布陣へと変更。ダイヤモンドの中盤から両翼を誘い出し、間に生まれるスペースを使うプランを本筋としていたフランスの攻撃は、4枚が並ぶポルトガルの中盤に食い止められてしまった。スペースを消しながら、プレッシャーのラインを高めていくアプローチで二の矢を放つ一連の流れは、試合の主導権をコントロールすることにも繋がる。フィジカル面に優れた中盤をそろえながら、各選手の広いカバー範囲だけに頼らない緻密なフェルナンド・サントス監督のアプローチが、ポルトガルを優勝へと導いた。
短期決戦であれば、迷いが生まれた数分が試合を決めることも少なくない。だからこそ「駆け引き」には注目すべきだろう。研究手順を外すことができる監督が、フットボールの醍醐味である番狂わせを起こすのだから。
Photos: Getty Images
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Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。