フェイクニュースはお手の物!? 手段問わぬ“白い巨人”の移籍市場
『ディープスロート 内部情報が語るレアル・マドリー』 出版記念特別企画#3
フットボリスタの人気連載『ディープスロート 内部情報が語るレアル・マドリー』書籍化を記念して、本書に収録されているコラムを特別に公開。第3弾は、注目集める移籍市場の裏側で蠢く“白い巨人”フロントの思惑。
レバンドフスキ獲得はクラブが仕掛けた“陽動作戦”
『月刊フットボリスタ』2018年6月号掲載
2018年2月の第1週、定例役員会がサンティアゴ・ベルナベウのオフィスで開かれた。そこでホセ・アンヘル・サンチェスGMが以下のような報告を行った。
ロンドンへ行き、トッテナムのダニエル・レビー会長と会合してハリー・ケイン売却の意思を確認したところ、答えはイエスだった。しかしその値段は、移籍市場バブルによって生まれたネイマールの移籍金の4割増し、3億5000万ユーロ(約455億円)で史上最高額となる見込みだ――と。
サンチェスは会合直後にフロレンティーノ・ペレス会長へ連絡しレビーの要求を伝えていた。それをレビーの高慢さと受け止めた会長は憤慨し、“陽動作戦”をスタート。ただちに部下にスペイン最大の発行部数を誇る『マルカ』紙へと連絡させ、レバンドフスキ側からの売り込みがあった、と伝えさせたのだ。
内部事情に詳しい者によると、2月7日付『マルカ』のトップを飾った「エージェントからレアル・マドリーへ売り込み」というタイトルにレバンドフスキが舌を出している写真を添えた記事は、クラブ上層部によって捏造されたものだという。
レアル・マドリーが移籍交渉を有利に運ぶためにメディアを利用するのは初めてのことではない。フロレンティーノの側近が手の内を明かす。
「もし市場に売り出されたトップレベルのFWがケインだけであれば、売値は天井知らずだ。が、そのショーウィンドウにレバンドフスキのようなワールドクラスが一緒に並べられれば、売値は大きく下がらざるを得ない。ロンドンの連中は『マルカ』の報道にさぞやきもきしているだろう、とフロレンティーノはほくそ笑んでいる」
偽情報のリスクと大きなメリット
念のために言うが、フロレンティーノの狙いはあくまでケインでありレバンドフスキではない。レバンドフスキはトッテナムが膨らませたバブルを破裂させるのに使われただけの“おとり”なのだ。
移籍市場はビッグクラブ同士によるポーカーの遊技場に似ている。最高の手札を持つ者が勝つのではなく、最高の嘘をついた者が勝つ。騙し合いは駆け引きのうちなのだ。相手を混乱させるために偽情報をリークし、メディア側も信憑性が低くとも目を引く話題なので喜んでそれを載せる。フェイクニュースはクラブとメディアの信用を失墜させるが、そのリスクを負う代わりに得る経済的な利益の方がはるかに大きいことは実証されているようだ。
フロレンティーノの最後の賭けは2014年、獲得に8000万ユーロを費やしたハメスだった。しかし昨夏、いつもの政治的な判断でハメスを切り捨てイスコを残すことが決められた。会長の贔屓はハメスだったが、会長選挙の投票者であるソシオ会員たちがイスコをアイドル視していることを知り翻意。ジダンがトップ下の選手は2人いらないと言った時、バイエルンにレンタルされたのはハメスだったのだ。
ハメスのレンタル期間は2年で来夏までレアル・マドリーは呼び戻すことができないが、クラブ内部ではレンタルバックの可能性は低いことが公然の秘密として語られている。
ブラジルとの連絡ルートは確保
ハメスとの“離婚”を経て会長は未来を見ている。次の大物獲得への野心は大きい。そのリストに挙がっているのはネイマール、ケイン、エデン・アザール。優先順位もこの順である。クラブの金庫には大金が入っているわけではないが、夏の移籍市場が閉まるまで何が起こるかはわからない。
「フロレンティーノはこう言っている」と先の内部情報提供者が続ける。
「ネイマールが獲れそうなら有り金はたいて獲りにいく。ネイマールが獲れないならケインを獲りにいく。金が残ったらアザールを獲る、と」
堅牢なパリ・サンジェルマンへの攻撃は始まっている。ネイマールの契約には今年の9月1日以降、選手側が一定の金額を払えば一方的に契約を破棄できる、という付帯条項があることをレアル・マドリーは見抜いているが、フロレンティーノは8月には獲得したい意向だ。そうなればパリ・サンジェルマンを操るカタール王族のアル・ケライフィ会長と直接交渉する必要が出てくる。
ネイマールをめぐる駆け引きの第一歩は、ネイマールの父親を通じて選手本人との交渉ルートを確保したことである。
「48時間に1回は彼らとコンタクトを取っている。獲得の意思は伝わっており、そのためにパリ・サンジェルマンに払う2億5000万ユーロ(約325億円)を用意済みであることも知らせてある」
今度はネイマール側が動く番だ。パリ・サンジェルマンとアル・ケライフィが売却に乗り出すよう圧力をかけなければならない。負傷したネイマールがブラジルへ帰ったままで、今季パリ・サンジェルマンのユニフォームに二度と袖を通すことはないだろうことが話題になっているが、裏で糸を引いているのはレアル・マドリーなのだ。
「ネイマールのケガは治っている。だが、パリに戻ることを拒否している」と先の情報通。
欧州サッカーはグラウンドとオフィスでプレーする。クリーンなチームがいつも勝つわけではないのだ。
『ディープスロート』出版記念特別企画
書籍オリジナルコラムでは、“禁断の移籍”に近づいていたネイマールが一転、パリSG残留へ傾いた理由にも言及している『ディープスロート 内部情報が語るレアル・マドリー』のご購入はこちら
Photo: Getty Images
Translation: Hirotsugu Kimura
Profile
ディエゴ トーレス
スペインの高級紙『エル・パイス』でレアル・マドリー番を20年務めたエース記者。中立な報道姿勢が買われ、会長周辺から選手、職員までの広い匿名の情報源を持つ。著書に『モウリーニョ vs レアル・マドリー 三年戦争』『ディープスロート――内部情報が語るレアル・マドリー』(小社刊)がある。