トータルフットボールの理想のボランチ像はベッケンバウアー?
『戦術リストランテV』発売記念、西部謙司のTACTICAL LIBRARY
フットボリスタの人気シリーズ『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』の発売を記念して、書籍に収録できなかった西部謙司さんの戦術コラムを特別掲載。「サッカー戦術を物語にする」西部ワールドの一端を味わってほしい。
バルセロナでプレーしていた頃のペップ・グアルディオラは、もっぱらセンターサークルの中にいる選手だった。走り回らず、常にチームの中心の位置にいた。
[4-3-3]または[3-4-3]を主要システムとするバルセロナのサッカーでは、選手は動き過ぎない方がいい。起点となる立ち位置にいるだけでトライアングルを形成しやすいので、人が動くよりもボールを動かした方が効率的なのだ。むしろ人が動き過ぎてしまうと形が崩れてしまい、かえってトライアングル形成が遅くなってしまう。
定位置型ピボーテのジレンマ
バルセロナの戦術の元になっているオランダも定位置型である。日本代表監督を務めていたハンス・オフトは「自由ではない、ポジションをぐちゃぐちゃにするな」と選手たちに話していた。
ビルドアップのヘソになるピボーテは特に定位置型になる。オランダ/バルセロナ型の戦術を踏襲しているグアルディオラ監督が求めているのも定位置型であるはずだ。理想はバルサ時代に起用したセルヒオ・ブスケッツだろう。バルサは最小限の動きで、素早くトライアングルを形成してボールを確保、さらに別のトライアングルへボールを動かす。攻め急がず、相手ゴールに近づくまで辛抱強くパスを回し続ける。何度でもやり直す。技術と我慢が要求される攻撃方法だが、相手のスタミナを奪い、守備陣形を崩す効果がある。ブスケッツはその中心にいて我慢強くボールを散らす。前線に飛び出していくことはほとんどなく、ロングシュートも打たない。チームメイトの後方支援に徹している。そしてハイプレスの隙間から漏れてくる相手とボールを刈り取る能力が高い。現役時代のペップとよく似ている。
ただし、ブスケッツが完璧かというとそうでもないと思う。ペップもそうだったがスピードはないので、広いスペースを突かれてカウンターをされた時にカバーできる走力が欠けているからだ。
その点でフィジカル的にも完璧だったのはアヤックスで[3-4-3]の中盤の底を務めていたフランク・ライカールトだ。ところが、ライカールトはオランダ代表で定位置型のボランチとしてはあまり起用されていなかった。オランダ初のメジャータイトルだった88年欧州選手権では、リベロを務めたロナルド・クーマンの前方にポジションを取っていたが、クーマンのスピード不足を補うための起用だった。EURO1992では右のインサイドMFとしてプレーし、中盤底に入ったのはヤン・ボウタースである。資質的にはむしろ移動型のボランチであり、インサイドMFこそ最適と考えられていたからだ。アヤックスで定位置型ボランチになったのはキャリアの晩年だった。
ペップが率いたバイエルンでのフィリップ・ラームも守備力とスピードがあったが、やはりベストポジションはサイドバック。結局、動ける選手を動かないポジションに起用するのはもったいないので、シャビ・アロンソが加入してからはサイドバックに戻っている。シャビ・アロンソは典型的な定位置型で理想像と言えるのだが、ブスケッツ同様にやはりスピード不足は否めない。
完璧を求めるならベッケンバウアー
理想的なブスケッツ、シャビ・アロンソ以上を求めるなら、フランツ・ベッケンバウアーに行き着くのではないだろうか。ベッケンバウアーはリベロとして有名だが、西ドイツ代表では66、70年のW杯2大会をMFとしてプレーしていた。ただ、プレースタイルが定位置型であるにもかかわらず、移動型のプレーを求められていた。完璧にこなしていたのだが、本人はスタミナ切れに悩んでいたそうだ。リベロになってからはフィールドの中央から組み立ての中心になっている。ライカールトほどのパワーはないが、20代の頃は足も速かった。
現役選手でベッケンバウアーに最も近いのがトニ・クロースだ。バイエルンではCBの間へ下がるラームのポジションを埋めて、実質的に定位置型ボランチだった。ほとんどミスのないプレーぶり、スピードも及第点、ロングパスの精度はブスケッツ以上、シャビ・アロンソに匹敵する。ペップの戦術にうってつけだ。ところが、クロースが開花するのはペップ指揮下のバイエルンを離れ、レアル・マドリーへ移籍してからだったのだから皮肉なもの。レアルではカゼミーロがピボーテに定着してからルカ・モドリッチとともにインテリオールとして大活躍している。
マンチェスター・シティでボランチとしてプレーしているフェルナンジーニョは守備的なタイプで、おそらくペップの基準からするとパスワークの部分で物足りないかもしれない。しかし、攻撃面はケビン・デ・ブルイネとダビド・シルバがサポートしてくれるので、フェルナンジーニョの役割は彼らの後方支援と守備になっている。レアルにおけるカゼミーロと似ている。プレミアリーグのトランジションの速さ、スピード自慢のアタッカーを考えると、むしろ現役時代のペップよりもフェルナンジーニョの方がフィットしているのではないか。
『戦術リストランテV』発売記念、西部謙司のTACTICAL LIBRARY
・第1回:トータルフットボールの理想のボランチ像はベッケンバウアー?
・第2回:ブラジル「10番」の系譜。PSGのネイマールは「ペレ」
・第3回:FKの名手、ピャニッチの凄さ。ユベントスは名キッカーの宝庫
・第4回:コンテからサッリへ。チェルシーとイタリア人監督の不思議な縁
・第5回:ジダンがいればなぜか勝てる。誰も説明できない不思議な魔力
・第6回:組織でなく組織の中の個を崩す。U-20代表に感じた風間メソッド
Photos: Getty Images
Profile
西部 謙司
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。