マリノスのモダンサッカー革命、CFGの実験の行き着く先を占う
『モダンサッカーの教科書』から学ぶ最新戦術トレンド 第4回
書籍『モダンサッカーの教科書』は、ヨーロッパのトップレベルにおいて現在進行形で進んでいる「戦術パラダイムシフト」を、その当事者として「生きて」いるバルディとの対話を通して、様々な角度から掘り下げていく一冊だ。
この連載では、本書の中から4つのテーマをピックアップしてモダンサッカーの本質に迫る。第4回はシティ・フットボール・グループ(CFG)のメソッドをJリーグに持ち込む壮大な実験を行う「横浜F・マリノスのモダンサッカー革命、可能性と問題点」について解説してもらった。
J1の2018シーズンを戦う横浜F・マリノス(以後、マリノス)は元オーストラリア代表監督のアンジェ・ポステゴグルーが率いている。14年からUAEのアブダビ・ユナイテッド・グループを筆頭株主とするCFGが経営参加するマリノスは、15年からフランス人のエリク・モンバエルツ監督が率い、欧州スタンダードをチームと選手に植え付けた。
第一段階はモンバエルツの「メインテイン・ポジション」
それまでのマリノスは攻撃において中盤にボールを集め、周りの選手がボール保持者のイメージに従ってポジションを取る戦い方であり、良くも悪くも起点になる場所と仕掛ける場所、さらにはボールを失う場所も「選手基準」だった。一方で守備面は前任者の樋口靖洋監督がプレッシングを植え付け、相手陣内からボールを奪いに行く意識はすでに備わっていたものの、コンパクトなブロックを組みながらプレスをかけ続けるという戦術概念は薄く、攻守の切り替わりで前を向かれると引きながら距離を取り、ラインが深くなる傾向が強かった。
そうした状況から、モンバエルツ前監督は選手に5レーンの基本とも言える「メインテイン・ポジション」(担当するポジションを維持しながらプレーに関わること)を植え付け、攻撃の効率化はもちろん、守備に切り替わった瞬間からブロックを組みながら相手にプレッシャーをかけ、同時に全体のバランスを整えるという戦い方を段階的に植え付けていった。
そうした流れの中で、16年の夏にはCFGのトップクラブにあたるマンチェスター・シティの監督に、ジョセップ・グアルディオラが就任。ポジショナルプレーをベースとしたさらなる先鋭的な戦術でプレミアリーグを席巻すると、その年の2月からマリノスのスポーツディレクターになっていたアイザック・ドル氏により、モンバエルツ監督にビジョンが共有されていった。
モンバエルツ体制における3年間の総決算が17年の天皇杯決勝であった。そこで惜しくもセレッソ大阪に敗れ、タイトルとACLの出場権を逃すことになったモンバエルツだが、彼自身に悔いはなく、新たな指導者に引き継いで日本を去っていった。
“ポステコ革命”は第二段階
最近は“ポステコ革命”といった表現もしばしばされるが、このモンバエルツの3年間なしに現在のマリノスでの戦術的な浸透はありえないことを明記しておきたい。それはポステコグルー監督本人も認識している。当時、オーストラリア代表を率いていたポステコグルーは、ミロシュ・デゲネクのチェックのため継続的にマリノスの試合を観ていたのだ。
大陸間プレーオフに勝利して“サッカルーズ”ことオーストラリア代表をロシアW杯の本大会に導いた直後に辞任を発表したポステコグルー。マリノスの監督として基本合意に達したのは昨年12月だったが、マリノスには自分の目指すスタイルを導入するためのベースが備わっていたと語っている。
つまりポステコグルーが取り組んでいるのはモンバエルツ時代からの進化だが、「変革」に見えるのはボールポゼッションの著しい上昇と高い位置で攻め切る“アタッキングフットボール”の姿勢が前面に押し出されているためだ。モンバエルツは常に攻守のバランスを考えながら試合を進めるスタイルで、ボール保持率にこだわることもなかった。
その意味ではポステコグルー監督の志向はグアルディオラ監督のそれに通じるものがあり、やはりCFGの理念をさらに進めるものだろう。ただ、当のグアルディオラがバイエルンとマンチェスター・シティで戦術を変えているように、ポステコグルーもすべてマンチェスター・シティのコピーということではなく、ポジショナルプレーと5レーンをベースに攻撃志向をより強めるというコンセプトを、マリノスの環境にアジャストさせて進めていくはずだ。
これまでのJリーグでも、自分たちでボールの主導権を握りながら相手のディフェンスを崩していこうとするパスサッカーは存在したが、マリノスがそういったチームと違うのは、モンバエルツ監督が植え付けたメインテイン・ポジションをウイングの選手に課すことで、攻撃の幅を常に確保していることだ。
左右のSBが中盤よりにポジションを取り、インナーラップを多用して攻撃に参加する傾向から“偽SB”という言葉ばかりが流行的に用いられているが、そもそもSBの選手が内側にポジションを取れるのは、同サイドのウイングがワイドに張ることで攻撃の幅を確保することが前提になっている。それにより大外の内側にハーフスペースが生じ、SBの選手がそこで前を向いてボールを持ち、時にウイングを内側から追い越してチャンスに絡んでいくことができるわけだ。
第三段階はあるのか?「モダンサッカー対Jリーグ」の戦いは続く
開幕戦から最初の2、3試合はそのメカニズムがおもしろいようにはまり、早くもマリノスのサッカーがJリーグを席巻するかに思われたが、そうは問屋がおろさなかった。Jリーグの戦術は欧州のトップリーグに比べて前時代的な面もあるが、相手を研究してストロングポイントを消すという作業にかけては、かなり緻密でハイクオリティなリーグだ。
要するにマリノスの戦い方はものの2、3試合で研究され、開幕時から出ていたストロングポイントを消し、さらに裏をかく戦い方をされることで、マリノスの強みは弱みに変わってしまったのだ。その象徴的な2つが“偽SB封じ”であり、さらにはラインの裏をシンプルに狙う攻撃だ。特に中下位のチームであるほど例外なくそれらを実行してくるわけだが、そこにはまってしまう試合が続いた。
マンチェスター・シティとマリノスでは選手の特徴はもちろんインサイドハーフの組み立てやウイングのフィニッシュへの関わり方など、ディテールの違いを挙げたら切りがないが、5レーンとポジショナルプレーという大枠は共通している。しかし、現状のマリノスは相手に対策された場合に臨機応変に立ち回れない。例えばSBの進攻する手前のエリアをケアされた場合、逆にそれを利用して他のエリアを突いていくとか、サイドチェンジを活用して揺さぶるといった柔軟な戦い方ができないのだ。
さらにマンチェスター・シティとの大きな違いが、攻撃と守備が戦術的にリンクしていないこと。ポジショナルプレーとは本来、攻撃と守備がうまくリンクするための選手の配置と連動のメカニズムであり、攻撃がうまく機能しているということは守備も機能していることになる。しかし、マリノスの場合は基本的なポジショニングは5レーンをベースにしているが、パスを正確に回すための距離感を意識するあまりか、展開がどんどん狭くなり、ボールを失った時にすぐ後ろの選手が縦を切れない状況になりがちなのだ。
モンバエルツ前監督はそこを少なからず意識してチームを組み上げていたが、ポステコグルー監督になり攻撃と守備の関係性が薄れているため、ボールを失った瞬間にボールホルダーにプレッシャーをかけられず、ラインを下げながら対応せざるを得なくなる。現時点でも戦術的に解決したと言いがたいが、マリノスの選手たちは別の方法で補おうとしている。それは運動量だ。
ボールを失った瞬間に相手に前を向かれていても、攻守を素早く切り替えてプレッシャーをかけていけば、一気にカウンターに持ち込まれるリスクは小さくなる。しかもJリーグはプレミアリーグと違い一発でサイドを変えるようなサイドチェンジパスがなく、ウイングも個人で一気に縦を狙う選手が欧州標準より少ない。そのため攻守の切り替わりを素早くして攻撃時のスペースを埋めれば、一発裏へのボールがはまらない限りは大きな問題にならない。
相変わらずDFラインに合わせて高いポジションを取るGK飯倉大樹の背後を狙われてはいるものの、中盤を経由してくる攻撃はほぼ防げている。ポステコグルー監督はこのスタイルをよりクオリティアップさせるための選手の組み替えなどを模索しているが、ここのところチームの練度が高まる中で、マリノスの選手たちも対戦相手の明らかな狙いに対しては必要に応じてラインを下げる時間を作るなど、柔軟に立ち回れる余地が出てきている。
隣り合う選手間のショートパスが多く、サイドを攻めた時にクロスを上げる傾向が強く、ハーフスペースを活用するリターンパスをあまり使わない傾向はマンチェスター・シティとの相違点だ。その理由が段階的に組み上げているからなのか、そもそもポステコグルー監督がそこにマリノスのオリジナリティを見出そうとしているのか、ベースのクオリティを高めながらそれらの要素を段階的に取入れようとしているのか。W杯中断明けからより見えてくるかもしれない。
■『モダンサッカーの教科書』から学ぶ最新戦術トレンド
・第1回:欧州の戦術パラダイムシフトは、サッカー版ヌーヴェルヴァーグ(五百蔵容)
・第2回:ゲームモデルから逆算されたトレーニングは日本に定着するか?(らいかーると)
・第3回:欧州で起きている「指導者革命」グアルディオラ以降の新たな世界(結城康平)
・第4回:マリノスのモダンサッカー革命、CFGの実験の行き着く先を占う(河治良幸)
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Photos: Takahiro Fujii
Profile
河治 良幸
『エル・ゴラッソ』創刊に携わり日本代表を担当。Jリーグから欧州に代表戦まで、プレー分析を軸にサッカーの潮流を見守る。セガ『WCCF』選手カードを手がけ、後継の『FOOTISTA』ではJリーグ選手を担当。『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(小社刊)など著書多数。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才能”」に監修として参加。タグマにてサッカー専用サイト【KAWAJIうぉっち】を運営中。