プレッシング全盛の今、新世代MFに求められる「プレス耐性」とは?
TACTICAL FRONTIER
サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか?すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。
ユルゲン・クロップを中心としたドイツの先鋭的な指導者が「ゲーゲンプレッシング」によって敵陣からボール狩りを仕掛けるようになったことで、「プレス耐性」という言葉が1つの戦術用語として注目されるようになった。ドイツの戦術分析サイト『シュピールフェアラーゲルング』では、ナポリやマンチェスター・シティを分析した記事で「プレス耐性」という言葉を頻繁に使っている。2017年にCLを制覇したレアル・マドリーは中盤にルカ・モドリッチとトニ・クロースをそろえ、「世界一プレス耐性のあるチーム」と称された。今回は、この概念から現代フットボールにおいて求められるMFの役割と重要になるプレーについて考察したい。
強烈なプレッシングを成立させるために互いのチームがDFラインを押し上げ、中盤のエリアが狭まることによって選手の「時間」が奪われている。一瞬で相手に包囲される状況下では、狭いエリアで正確にボールを扱うスキルが求められる。1タッチ、2タッチでボールを味方に預けることはプレッシャー回避の重要なスキルだが、そのためには相手のプレスをできる限り「呼び込む」必要がある。ある特定エリアで数的優位を作ってボール奪取を狙うことは、他のエリアで数的不利な状況が生まれることを意味する。逆に言えば、数的不利な状況下でもボールをコントロールし、不利なエリアを突破できるMFは「戦略的に重要な選手」と言えるだろう。
個人戦術①
キックフェイントを組み合わせたターン
トップレベルの試合において「ボールを受ける状況の75%が背後からプレッシャーを受けた状態」というデータがあるように、背後からのプレッシャーを回避するスキルが求められるのは必然だ。狭いスペースを有効に使いながら体の向きを変えるために、ターンの技術は重要となる。バルセロナのセルヒオ・ブスケッツやドルトムントのユリアン・バイグル、レアル・マドリーのモドリッチが得意とするのはキックフェイントを組み合わせてのターンだ。
相手を背負った状態で片側サイドへターンする動きを見せることで、先読みした相手がパスコースに先回りしてボールを奪おうとする。相手の重心が片側に寄ったところを、アウトサイドへのタッチで逆側へターンしてプレッシャーから逃げる。キックフェイントを組み合わせることによって、直接プレッシャーをかけている選手だけでなく、周囲の選手も片側のサイドに誘導することができる。右サイドへのプレスを呼び込みながら、逆サイドに展開することで「プレッシャーの薄いサイド」からボールを前進させることが可能になるのだ。
同様にキックフェイントで相手を外す形には、シザースを組み合わせるパターンもある。パスの体勢からボールを空振りしてシザースへと繋げることで、マーカーを欺く。もともとはテクニカルなドリブラーが得意とする技術であり、仕掛けのタイミングを作り出すことを可能にするシザースだ
が、近年はボールを守る技術としても使われている。ボールをまたいだ瞬間に相手が足を出せばファウルになりやすい。ラツィオやインテルで活躍したブラジル人MFエルナネスも、シザースによってボールを守るキープを得意としていた。
個人戦術②
「パスコースの誤認」を誘発する体の向き
ボールを受ける時に体の向きを変えることによって、相手守備陣は次のパスコースを先読みする。ペップ・グアルディオラは選手がボールを受ける際の「体の向き」を徹底的に教え込むことで知られているが、正しい向きでボールを受けることは適切に次のプレーに移ることを可能にする。これはブスケッツが得意とするスキルで、ハーフスペースの味方にマークを軽減させながらボールを供給できる効果がある。
クロースは左サイド寄りでボールを受けた際、体の向きによって相手を惑わす。彼の場合はボールを斜め後ろに置くように動かすことで相手から遠ざけながら横パスをオトリに使い、斜めにボールを通す。特に、アウトサイドのタッチでボールを相手から遠ざけながら逆サイドへのフィード、ライン間へのパスを通すのが得意パターンだ。ショートパスを主体とするブスケッツよりも長い距離を通すロングキックを得意とするからこそ、相手からのプレッシャーを軽減する工夫によって時間を生み出す。
一瞬のタメを生み出すことで、外のパスコースを誤認させる技術はCBにも求められる。特にビルドアップの局面でMFの位置に進出することも少なくないトッテナムのヤン・フェルトンゲンはその名手だ。3バックの両脇に位置するCBもボールを運び、アタッカーに縦パスを供給する役割を課されることが多い。
そもそもアウトサイドキックは、パスコースを誤認させることに適している。相手の予想を外すためにこの技術を多用するのはレアル・マドリーとブラジル代表で不動の左SBに君臨するマルセロ。彼の存在はプレス回避におけるSBの役割を大きく変えた。モドリッチもアウトサイドキックを得意としており、相手を引き付けて下がりながら、相手がGKやCBへのバックパスを狙って位置を変えたタイミングで横パスを通すプレーによって追い込まれた局面を好機に変える。
個人戦術③
情報収集能力と戦術眼
ピッチの全体を把握する視野の広さは「プレス耐性」を高めることに直結するスキルであり、相手を背負った状態で「後ろに目がある」と表現されるような的確なプレーをする選手も少なくない。最も重要なのは頻繁に首を振ることによって周囲の状況を把握すること。名手と呼ばれる選手は首を振るスピードが速い。時間があるタイミングにできる限り詳細な情報を集めておいて、ボールを受ける直前は一瞬の首振りで重要な情報だけを把握する。様々な方向からプレッシャーを浴びる中央のスペースでは、首振りを数回に分けることによって常に情報をアップデートしながらプレーすることが重要になるのだ。
もう一つ、戦術理解は「周囲が見渡せない局面」でも状況把握を可能にする。ケビン・デ・ブルイネは昨季第30節アーセナル戦でのレロイ・サネへのアシストについて「アグエロが下がってくれば、両ウイングが裏に抜けることはわかっていた」とコメントしたが、パターンを含めた戦術の把握は味方の位置に関わる情報を選手に与えてくれる。戦術眼に優れた選手は、脳内で視覚的な情報を補完できるのだ。「シャビは10分あればチームの構造を完璧に理解できる」とデル・ボスケが称賛したように、戦術を理解する頭脳は大きな武器になる。
個人戦術④
スペースへと「運ぶ」ドリブル
選手がスペースにボールを運ぶことで、プレスを回避しやすい状況が生まれる。中盤の底でボールを持った選手に対応するのは前線の選手になることが多い。守備を得意としていないアタッカーを相手にするポジションにボールを持ち運べる選手がいれば、質的な優位性で押し切ることが可能だ。モドリッチやマルコ・ベラッティは、俊敏性を武器に密集地を突破することを得意としており、一方でトッテナムのムサ・デンベレやチェルシーのロス・バークリーは肉弾戦を厭わずにボールを運ぶ。そのどちらにおいても効果的なのが「斜めのドリブル」で、ゾーンを横切る動きは相手選手を引き付ける状況を作り出す。必然的にドリブルでボールを自ら運べる選手は、預ける選手が前線にそろっていない場面でも時間を作れるためカウンターの起点としても機能する。
戦術の発展は、それに適応できる選手を作り出す。プレッシングの進化が「プレス耐性」を持つ選手たちの戦略的な重要性を高めているのは間違いない事実で、マンチェスター・ユナイテッドのポール・ポグバやマンチェスター・シティのデ・ブルイネはその象徴だろう。相手のプレッシングをギリギリまで呼び込み、広いスペースへと展開する新世代のMFに求められる思考速度と技術は、今までとは一線を画している。
■TACTICAL FRONTIER
・ヒューマンリソースマネジメントで監督のリーダーシップを考える
・攻守で布陣を変える可変システム。実現の鍵は「時間のマネジメント」
・試合を制する“スペースの支配”を「幾何学」によって再解釈する
・ランチェスターの法則で読み解く現代サッカーと軍事研究の共通点
・“心の筋肉を鍛える”新概念「エモーショナル・マッスル」
・アイルランドの育成を変える「リトリート・ライン」
Photos: Getty Images
Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。