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実は師弟関係。ドメネクが明かす教え子ハリルとの秘話と人間性

2018.04.12

日本代表コラム


 4月9日、突如発表された日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督解任。

 W杯本番まで残り2カ月での決断は異例の展開であった。ただ、昨年11月時点で「今でも、本大会まで行けるかどうか保証はない」とボスニア人監督の行く末に待つ運命を示唆していた人物がいた。

 本誌のインタビューにも登場したレイモン・ドメネク元フランス代表監督だ。

 彼が率いた2010年南アフリカW杯では、フランス代表の選手たちが現地で練習をボイコットするなど前代未聞の反乱を起こして惨敗、大会後ドメネク氏も協会を追われた。だが、皮肉にも彼は現在、フランスサッカー協会の管轄である監督組合の会長を務めている。

 ドメネク氏は、ハリルホジッチが置かれていた状況や日本代表の内情を知っていてコメントしたわけではない。彼が言わんとしていたのは、それだけ代表監督というポストは危ういものだということだ。

 「代表監督というのは素晴らしい仕事だ。しかし同時に、常にリスクと隣り合わせでもある。ありとあらゆる人からジャッジされ、批判される対象になる。たとえ順調な時でも人々が100%満足することはない。現役時代、世界王者になった(元ドイツ代表監督の)クリンスマンだって厳しい批判にさらされたし、『彼は完璧だ。彼がやることはすべて正しい!』と言われる監督なんていない。でもそれは当たり前のことでもある。フットボールは政治と同じで、すべての人が一家言持っているものだからね」

 実は、ドメネク氏は“コーチ・ヴァイッド”誕生に関わっている。

 なんとハリルホジッチがコーチライセンスを取得した時の試験官がドメネク氏であり、まさに合格を与えた人物だったのだ。当時のエピソードがこれまた、元日本代表監督の人柄をよく表している。

 「彼のことは好きだったよ。1年目は合格しなかった。しばらくしてからわかったのだが、彼は人の意見を吸収するタイプではなかった。彼自身に確固とした考えがあり、とにかく意志が固い。例えば実技練習で、『今日はこのトレーニングについて、君のアイディアでプログラムを組み立ててほしい』という課題を出したとする。様子を見ていると、ヴァイッドは指示したこととまったく違うことをやっている。『おいおい、違うじゃないか』と言うと、彼はこう答えたんだ。

 『自分のやり方は自分でわかっている。私のやり方はこれなんです』と。

 コーチングライセンスの試験の合格基準というのは、テストのような正誤の判断があるわけではない。その受験者に、自分が知っていること以外のことを吸収しようというキャパシティがあるかを見るものなんだ。彼のおかげで、私もいろいろと考えさせられた。結局何が正しかったのか、と。彼は自分の考えや手法を信じていて、それを実践できる能力もある。だから他から何かを押し付けられる必要はない、と信じていた。あとから考えたら、彼のその考えにも一理あると思えた。彼はそうやって常に自分の信念を守り通してきた。そうして実際、アルジェリア代表やいくつかのクラブで成功を収めた」

 ハリルホジッチは、監督になる前から自らのセオリーを貫いていたのだった。

 「しかし、最後はいつも怒りで終わる。彼はひたすら、自分の信念の通りに突き進もうとする。周りには追従しない者もいるが、それでもヴァイッドは『俺についてくるのか?そうでないのか?そんなことは俺には関係ない』と自分のやり方を貫き通し、結果も出している。有能な指導者だよ。彼が手にした成功は、彼だから成し遂げられたものだ」


ピッチ上でも対決経験あり

 ドメネク氏は選手時代にもハリルホジッチと対戦した経験がある。当時ボルドーのDFだったドメネク氏とナントの点取り屋だったハリルホジッチは、ピッチ上で真っ向勝負していた。

 「選手時代にも彼と対戦したことがある。なんとか彼を仕留めようとした。しかし彼は一切ひるむことなく、勇敢で、何者も恐れなかった。どんなことでもやってのけた。その意志の強さは、おそらく苦しい時代を生き抜いたバックグラウンドにも関係しているのだろうね。戦争をくぐり抜け、すべてを失ったところから人生を建て直した、それには『常に前へ突き進む。でなければ何も手にすることはできない』という絶対的な精神が必要だった。それで実際、彼は成功を手に入れたんだ。

 選手時代から彼はまったく変わっていないよ。それが彼のキャラクターだ。しかしそれがあったから、ここまでの功績を築いてこられた。でなければとっくに消え去っていただろう」

 ドメネク氏は、監督業で生き抜くには「モンスター級の精神力が必要だ」だと言って自嘲気味に笑った。

 「すべてをはねのける強靭な精神力。そして時には、関わるべきでないと思ったことは脇に追いやれるような妥協も必要となる」

 そうして、かつての教え子にこんなメッセージを残している。

 「ヴァイッドは、常に自分の意志を押し通すために他人に真っ直ぐにぶつかっていくことを恐れてはならない。周りの意見を聞き過ぎて左右されるようではいけない。根幹となる自分の信念がはっきりしていたなら、ひたすらその道を歩くことだ。それで結果が出ることもあるし、出なければそこで終わり、ということも我われは知っている。前に機能していたやり方を、そのまま踏襲して成功を手にしても、やはり終わってしまうことだってある。

 しかし周りの意見に影響されたり柔軟過ぎると、そのうち自分のキャラクターを見失ってしまう。それでチームがうまく回ったとしても、それは監督の手腕ではないのだから」

 監督業というのは、我われが想像する以上に、タフで孤独なものであるようだ。

 2010年夏、フランス中を敵に回したドメネク氏はしかし、今も逞しく、自分らしくサッカー界で活動を続けている。監督組合会長として、今後ハリルホジッチのサポートにも携わるかもしれない。

 ハリルホジッチも、これからも彼らしく監督道を貫いていってくれることを願ってやまない。


Photos: Getty Images

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ヴァイッド・ハリルホジッチレイモン・ドメネク日本代表

Profile

小川 由紀子

ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。

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