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ヒューマンリソースマネジメントで監督のリーダーシップを考える

2018.04.03

TACTICAL FRONTIER


サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか?すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。


 ヒューマンリソースマネジメント(HRM)は、「人的資源を適切に管理することによって、労働者のパフォーマンスを最大化する」ことを目指す学問であり、もともとはグループ内の力学に着目した研究から発展した。ビジネスの世界で主に活用されているが、チームを適切にマネジメントすることが成功への鍵となるフットボールの世界にも応用できるはずだ。今回は、ヒューマンリソースマネジメントにおいて重要視される「リーダーシップの分類」をもとに、メラニー・ウォムウェルがプレミアリーグの指揮官を分析した2011年の研究を参考にしながら現代の指揮官にとって必要なリーダーシップを考察していこう。

① 独裁的なリーダーシップ

 2011年の分類において、アレックス・ファーガソンが選出されたスタイル。現在では、ジョゼ・モウリーニョが該当する。強い権力によってチームをマネジメントするファーガソンは、「マンチェスター・ユナイテッドのロッカールームには億万長者であふれている。コントロールできなくなれば私は死んでしまう」と述べていた。長期政権で着実にチームを作り上げたファーガソンだったが、短期間での結果が求められる現代のビジネスシーンにおいては「長期間、投資家に我慢してもらえるタイプのリーダーシップではない」と表現されている。否定的な見方が多い「独裁的なリーダーシップ」だが、内部を団結させるのが困難なビッグクラブでは「カリスマ性があり、独裁的なリーダー」が求められるのも事実だろう。2014年の研究によれば、このタイプの指導者は「男性的な社会」で必要とされやすいことが明らかにされており、フットボールの世界では今後も有効であり続けるのかもしれない。レアル・マドリーのジネディーヌ・ジダンも感情的になることは少ないが、圧倒的なカリスマ性でスターぞろいのチームをマネジメントしているという点で、このタイプに当てはまる。

② 関係性を重視したリーダーシップ

 2011年の分類において、当時ブラックプールの監督を務めたイアン・ホロウェイが選出されたスタイル。現在では、ユルゲン・クロップが該当する。モチベーション管理に優れており、激励と熱意によってチームを牽引する。両指揮官ともに一般的に見れば「リスクの大きい」スタイルを得意としており、巧みな人心掌握術によって「特定のスタイル」を志向するチームを作り出す。選手が全力を尽くし楽しみながらプレーすることから、彼らに心理的な報酬を与えられるのが強み。選手たちの充足感を重要視する一方で、長期的にはバランスが悪化しやすく、「結果を出し続けることが難しい」ことが弱点と言われている。「熱意」を前面に押し出したマネジメント手法は、若手選手との相性が良いことも特徴だ。

③ 認知的なリーダーシップ

 2011年の分類において、アーセン・ベンゲルが選出されたスタイル。現在では、アントニオ・コンテやペップ・グアルディオラが該当する。長期にわたってアーセナルを率いながら、常に若い選手を軸にしたチーム作りを続けるベンゲルは「論理的で整然としたアプローチ」によってチームを牽引する指揮官であると評価された。論理性はコンテやグアルディオラの特徴でもあり、彼らはチームの主力であっても自身の哲学から外れれば容赦なく切り捨てることがある。一方で、明確な方針によって選手たちは迷いを捨ててプレーできるようになり、チームに適合した選手は指揮官に確固たる信頼を寄せるようになる。

④ 協力的なリーダーシップ

 2011年の分類において、ロイ・ホジソンが選出されたスタイル。「フットボールの世界で最もいい人」と呼ばれたホジソンは、主力選手と協力的な関係性を保つことでチームをコントロールしていくマネジメント手法を得意とした。特定の選手を重視するスタイルは、彼らに依存するという意味でリスクが大きい。実際にホジソンはリバプール時代、ジェラードやキャラガーが好調を保てなかったことでチームのコントロールに苦しんだ。チームのメンバーの「仲間」として働くことは関係性を円滑にする一方で、結果が出なかった場合にすべての信頼を失うリスクも内包している。

⑤ 影のようなリーダーシップ

 2011年の分類において、カルロ・アンチェロッティが選出されたスタイル。現在では、マッシミリアーノ・アレグリが該当する。ファーガソンとの比較について記者に質問された際に「ファーガソンはすべてのコントロール権を持っているが、私は戦術的な部分のみだ」と述べているように、アンチェロッティは現場での仕事に集中する。彼は適度な権限を保有し、スタッフと協力しながらチームを動かしていく。イタリア人指揮官にはこのタイプが多く、強烈なリーダーシップを発揮するというよりもチーム全体のバランスを保つことを重視する。比較的「弱い」リーダーシップと捉えられることもあるが、巨大化していくクラブの中では「専門家との適切なコミュニケーションや、権利の委譲」も求められる。

⑥ 共同成果型のリーダーシップ

 2011年の分類において、ハリー・レドナップが選出されたスタイル。現在では、クラウディオ・ラニエリが該当する。レドナップは複雑な戦術をできる限り単純化することで、天才肌のファン・デル・ファールトをプレーに集中させる環境を作り出した。レスターで奇跡の優勝を成し遂げたラニエリは選手たちの特性を理解するために数週間を使い、戦術的に混乱しないよう明確な指示を与えることで個々が持っている能力を最大化することに成功。選手たちをレストランに招待して一緒に食事をしたこともあったように、ラニエリはチームと近い距離を保つことも意識していた。チームメンバーとのコミュニケーションを重視し、ともに目標を共有することによって成果へと繋げるこのスタイルは、ビジネスの世界でも高い評価を受けている。

⑦ 結果重視のリーダーシップ

 2011年の分類において、サム・アラーダイスが選出されたスタイル。現在では、トニー・ピュリスが該当する。結果を何よりも重視しながら、短期間でチームの信頼を得ることができる強烈なパーソナリティに支えられるスタイルは、下部チームを渡り歩く指揮官にとって重要なスキルでもある。両指揮官ともに「エリートではない選手」を鼓舞して活用するスキルに長けており、中小クラブにとっては重要なリーダーシップだ。一方、様々な制約があるビッグクラブでは力を発揮しづらい。

⑧ 柔軟なリーダーシップ

 2011年の分類において、デイビッド・モイーズが選出されたスタイル。現在では、ロナルド・クーマンが該当する。高い柔軟性を生かし、環境やチームによってスタイルを変化させていく。戦術のバリエーションが豊富で、環境適応能力が高いモイーズはエバートン時代に「現代のビジネスシーンにおいて求められる柔軟性を持っている」と高い評価を受けていたが、マンチェスター・ユナイテッドではその能力を生かせなかった。複数の戦術を使い分けながら現有戦力を活用することに長けたマウリシオ・ポチェッティーノも、このタイプに当てはまる。


 8つのリーダーシップにはそれぞれ一長一短があり、環境によっても成功するモデルは違ってくる。しかし、同分野の研究者として著名なノエル・ティッチー教授は大きな傾向として「現代のリーダーシップは命令とコントロールが減っている一方で、人々の考え方を変化させることで行動を変えるアプローチが主流になってきている」と評した。彼の言葉を借りれば、「アイディアと価値観を集団に浸透させ、人々を動かす技術」が求められるという。

 そういった傾向を鑑みれば、コンテやグアルディオラが該当する「③認知的なリーダーシップ」が最も現代的な監督像と言える。これからはこうしたタイプがより重要視されていくのだろう。

 「選手を動きやすくする論理的な戦術哲学」が前提条件となり、その上でそれを伝えるための「コミュニケーションスタイル」を磨いていく。逆に言えば、コミュニケーションスキルのみを突き詰めても確固たる哲学がなければ、リーダーとして高く評価されない時代がやって来るのかもしれない。

熱血漢のコンテと冷静沈着なベンゲルだが、マネジメント手法はともに「認知的なリーダーシップ」に分類される。グアルディオラも同じで、ノエル・ティッチー教授の考えではこのタイプのリーダーシップが今後より求められることになるという


■TACTICAL FRONTIER
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Photos: Getty Images

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リーダーシップ監督

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。

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