「権力は腐敗する」の見本。多選禁止で歯止めを!
2017年7月、スペインサッカー界のドン、アンヘル・マリア・ビジャールがついに逮捕された。汚職にまみれマフィアにたとえられた男の転落は当然だがあまりにも遅過ぎ、その追い落としには警察の手を借りねばならなかった。サッカービジネスが巨大化し、新たなコントロールの方法が求められている。
イギリスの思想家アクトン卿は「権力は腐敗する」と言ったが、今回の逮捕劇はその見本である。熱き革命の心に燃えた志士が年月を経て独裁者になったなんて例は、我われが生きている現代史上でも山ほどあるのだが、我われはなかなかそれに学ばない。
アンヘル・マリア・ビジャール(本稿執筆時67歳)は1988年にスペインサッカー連盟(RFEF)会長に初めて選ばれて以来8選し、2017年で在任29年目だった。アスレティック・ビルバオでプレーし代表経験もある彼は、任期中に達成されたスペイン代表のW杯優勝やEURO連覇に大いに貢献もしたのだろう。が、成功がもたらした莫大な富と名声の誘惑に、彼の心はあまりに弱かった。
2017年7月18日、汚職担当の国家治安警察がRFEF本部、ビジャールと彼の息子の自宅、オフィスを一斉に強制捜査し、ビジャール、息子ゴルカ、経済担当の副会長パドロンらを逮捕。逃亡と証拠隠滅の恐れがあると判断されたビジャール、ゴルカ、パドロンはそのまま刑務所入りした。裁判を経ずいきなり逮捕、刑務所送りとなったのは汚職、公金横領、背信、賄賂があまりに悪質で証拠が明確なゆえ。罪状のごく一部を紹介する。
代表戦にからむ放映権料、マーケティング、スポンサー集め、チケットセールス等々にゴルカの会社をかませ大儲けさせる。審判のユニフォーム(不良品のため未使用)を知り合いの会社に大量発注しバックマージンを受け取る。地震被害に遭ったハイチの子供たちへの学校建設目的で受け取った国のお金を使い込む。アマチュア選手がプールした健康保険料で自宅を建設し返済しない――。要は、権益の周りに家族や知り合いを配置し儲けを仲間内で山分けする、という原始的な手口でやり放題だったわけだ。
汚職の噂は知らぬ存ぜず、そして再選
このやり放題は当然問題になった。内部告発者の声はメディアをしばしば騒がせていたし、ハイチのケースは訴追されビジャールらは裁判で出頭する予定だった。が、ビジャールは「記憶にない」「部下が勝手にやったこと」とどこかで聞いたような言い訳に終始し煙に巻いた。17年5月の会長選挙ではハイチのケースが発覚していたにもかかわらず、対立候補がなく信任投票で大勝していた。投票権のある地方連盟や審判や監督、選手などの各種連盟の会長や理事をイエスマンで固めていたからだ。補助金をばらまき、必要ならば賄賂や連盟内、UEFA内のポストを与え、それでも言うことを聞かなかったら補助金カットや解任をちらつかせて脅迫するなどといったことを20年以上にわたって続けてきたことの成果だった。
自浄機能が働かないとすると、マスメディアと監督官庁(上級スポーツ委員会=CDS)が権力の腐敗を監視し暴走を止めるべきだったが、世論は何の具体的な力にもなれず、CDSは手をこまねいているだけだった。結局電話を盗聴するなどして警察が動かぬ証拠を突きつけるしか、ビジャールの牙城を崩す手はなかった。
賄賂漬けの監督官庁が任期の上限を廃止
いや、CDSは放置どころか積極的に汚職に関与している。ビジャールの8選を可能にしたのは、CDSが「3選まで」という任期の上限を1996年に撤廃したからなのだ。それまで、会長の任期は4年×3選=最長12年と定められていたが、ビジャールは当時のCDS元書記長に賄賂を贈って廃止に導いた。もし、あの4選禁止の条項が生きていれば、ビジャールは2000年に引退していたはずで、ここまで腐敗が進むことはなかったに違いない。
多選禁止については議論がある。選挙という民主的な手続きの有効性を否定するという側面もあるからだ。素晴らしいリーダーがいて誰もが彼にまた任せたいと思っているのに任期超過で選べない、というケースは常に起こり得る。だが、そういうマイナス面を補って余りあるプラス面――権利の腐敗と暴走を防ぐ――があるのもまた事実なのだ。
「人間は高潔である」という性善説と「権力は腐敗する」という性悪説。前者はロマンチックではあるが、現実は後者であると思うがどうか。会長選挙の投票権を持つ者は140人もいて(ちなみに日本サッカー協会の場合は75人)、FIFAの倫理規定に沿って透明かつ民主的な手続きを経たにもかかわらず、独裁政権の誕生を阻止できなかった。民主的な手続きによって生まれたゆえに、民主的な方法では倒せないのだ。
アメリカ大統領の3選は禁止されている。あの強力なリーダーシップは、最長連続8年間という在任期間の制限と引き換えだからこそ与えることが可能なのである。やはり、汚職会長ブラッターの5選を阻止できなかったFIFAは、各国連盟の模範として多選禁止を真剣に検討すべき時にきているのではないか。
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Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。