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ミーノ・ライオラ。メンデスの”領土”を切り崩した移籍市場の主役

2018.01.11

欧州「移籍ゲーム」を動かす大物代理人たち


信じられないお金が動く昨今の移籍市場はドライな契約関係という印象が強いが、同時に「人間関係」がものを言う“コネの世界”でもある。例えば、ポグバ加入以降のマンチェスター・ユナイテッドにミーノ・ライオラの顧客が集うのを「偶然」と考える人間は皆無だろう。非現実的なマネーゲームを加速させたのも代理人なら、ビッグディールの裏にある人間ドラマの脚本を書いているのも代理人。誰と誰が繋がっていて、影響力の強いクラブはどこなのか? 大物代理人を知ることは、イコール欧州の移籍市場のカラクリを知ることでもある。

#3
Mino RAIOLA
ミーノ・ライオラ


 カルミネ・ライオラ、通称「ミーノ」ライオラは、昨年の夏も移籍マーケットの主役だった。

 ドンナルンマの契約延長をめぐってミランと丁々発止のやり合いを演じた末、当初のオファーより50%も多い年俸600万ユーロでの契約延長をもぎ取ったかと思えば、同じイタリア代表の主力2人、インシーニェとベラッティを顧客として取り込み、今度はチェルシー行きがほぼ間違いないと見られていたロメル・ルカクを、本人の意思よりも自らの利害を優先する形でマンチェスター・ユナイテッドに押し込む。さらにもう1人の目玉商品マテュイディを、友好的な関係にあるユベントスに移籍させた。

目的のためなら何でもやる

 彼の顧客リストには有名、無名合わせて50人ほどが名を連ねるが、市場評価額が1000万ユーロを超える10人ほどのトッププレーヤー中、ここ2年間で何の動きもなかったのはボナベントゥーラくらい。一昨年の夏にはポグバをはじめムヒタリャンとイブラヒモビッチという大物3人をユナイテッドに送り込み、行き場のなかったバロテッリもニースに押し込んで再生させた。

 顧客である選手を「転がす」ことで巨額のコミッションを稼ぎ出す腕前に関して、ライオラの右に出る者はいない。例えばジョルジュ・メンデスもやっていることは同じなのだが、あちらが移籍コンサル的な立場でクラブに食い込み、自分の選手を買わせて儲けるという「手口」だとすれば、こちらはクラブと敵対することも辞さずに揺さぶりをかけ、顧客である選手、そしてとりわけ自らにとってベストの条件を引き出す剛腕が持ち味である。

 いったん移籍させると決めたら、どんな手間ひまも惜しまず、表から裏からあらゆる手練手管を弄して状況を動かし、実現させる。必要ならば憎まれ役になることもまったく厭わない。炎上商法のようなもので、悪い評判が立てば立つほど、結果的にクラブに対する交渉力が高まるという側面だってあるのだ。

 ドンナルンマの契約延長では、一方的に期限を切って回答を要求してきたクラブに対し、本人が愛するミランでプレーを続けたいと望んでいるのを知った上で、契約延長拒否という最後通告を叩きつけ、1カ月近い騒動を引き起こした末に、提示されたよりもずっと有利な条件をクラブに呑ませた。最終的に、年俸400万ユーロが600万ユーロになり、兄アントニオも年俸100万ユーロでミランに雇わせ、さらに7500万ユーロという今夏の相場急騰を踏まえれば格安にすら見える契約解除金の設定にも成功したのだから、ドンナルンマ家はライオラに感謝しているはずだ。

 散々ゴネたにもかかわらずPSG残留を強いられ、公式サイトで屈辱的な謝罪までさせられたベラッティや、地元ナポリに愛着を持ちながらもサポーターと愛憎相半ばする関係にあり、内心ではメガクラブ移籍を望む野心家でもあるインシーニェが、長年世話になった代理人を切り捨ててライオラの元に走るのも、彼が最終的には顧客に利益をもたらしてくれると考えているからだ。

“完パケ”仕事でユナイテッドを魅了

 ただし、その顧客の利益はライオラの利益とも一致している必要がある。ナポリに根を下ろしそこでキャリアを終えたいと本気で考えているハムシクは、メガクラブに移籍させて儲けたいライオラと対立して代理人契約を切った。ライオラは「マレクは世界トップのMFになれたのにタレントを無駄にしている」と言うが、ナポリに幸福を見出しているハムシクは聞く耳を持たない。

 それも1つの「人生の選択」だが、サッカー選手の大部分はベラッティやインシーニェに近い考え方を持っている。ユナイテッドへの移籍を選んだルカクもそうだ。ライオラは当初から自らの人脈であり、かつ気前よく巨額のコミッションを支払ってくれるユナイテッドに売り込みを進めていたが、ルカク自身はチェルシー復帰を望んでおり、そのため一時はライオラを切ってチェルシーに近いフェデリコ・パストレッロに代理人を乗り換えようと動いていた。しかしチェルシーといい関係にないライオラは、モラタを獲りに動いていたユナイテッドを説得して文句のつけようのない好条件を持ち帰り、ルカクを翻意させた。

 そのユナイテッドのウッドワード副会長は、ライオラのせいで移籍金ゼロで逃げられたポグバを、1億500万ユーロを積んで買い戻して巨額のコミッションで儲けさせるという、信じられない気前の良さを見せるほどにライオラを信頼している。もともとアドミニストレーター(管理者)であり、人食い鮫だらけの海のような移籍マーケットを泳ぎ渡る手腕はないと自覚しているウッドワードのようなクラブ経営者にとって、相手クラブとの交渉から細かい条件を織り込んだ契約書の準備まですべて自分でこなし、あとはサインするだけという“完パケ”の案件を持って来てくれるライオラは、頼りになるパートナーなのだろう。それまでメンデスの牙城だったユナイテッドを、たった2年で自らの「領土」にしてしまった手腕には驚くしかない。

 イブラヒモビッチは自伝の中で、「俺を最強にしたのはあのマフィアみたいにしつこいデブだ」と愛情を込めて語っている。そう思っているのは彼だけではないはずだ。


Photo: TF-Images via Getty Images

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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