栃木SC社長・橋本大輔が語る逆風のクラブ経営論
2020年は栃木SCにとって変革の1年になるはずだった。同年2月に発表された「新クラブ名の公募」をはじめ、5月には新スタジアムとなる「カンセキスタジアムとちぎ」での試合開催を控える中で発生した新型コロナウイルスによる混乱。多くの業界・企業が未曽有の危機への対応を迫られる中、栃木SC代表取締役社長・橋本大輔社長は現状をどのように捉え、未来への舵取りを行うのか。
新クラブ名公募の背景
――まずは2019シーズンのクラブ経営についてお聞かせください。栃木SCの営業収益は9億7500万円。橋本さんが社長に就任された2016年以降は右肩上がりです。
「昨年はサッカーの結果が残せなかった(J2リーグ20位)シーズンだったこともあり、個別の売上は厳しかったのですが、フロントスタッフの頑張りで全体としては収益増となったのはありがたいことでした」
――お話いただいた通り、個別で見ると収入源である「入場料収入」「スポンサー収入」は前年度比でマイナスです。まず「入場料収入」について、前年度比マイナス200万円という微減の原因をどのように分析されていますか?
「ハーフシーズンパスポートの伸び悩みがありました。前年度比で半分くらいの売上減少です。例年、前半戦の戦いぶりを見てハーフシーズンパスポートを購入される方が一定数いらっしゃるのですが、チームの苦戦が影響してしまった部分はあると思います。まだまだ勝敗に左右されて売上が変わってしまう事実を受け止めています」
――今シーズンはチームが上位進出を狙える順位にいるにもかかわらず、新型コロナウイルスの影響で入場料収入の増収が見込めないのは悔しいですね。
「入場料収入やグッズ収入といったB to Cに関する収入は1億円以上減収の可能性も見込んでいます。栃木SCはまだまだ成長段階のクラブで営業収益におけるスポンサー収入の比率が高い。他を伸ばしてここ(スポンサー収入)の比率を3割程度にしていくことを目指していた段階だったのですが……」
――「スポンサー収入」に関して、新型コロナウイルスの影響はありますか? スタジアムの入場者数を限定して試合を開催していることは、スポンサー企業にとって宣伝効果に直結する部分です。
「幸いなことに現段階ではスポンサーさんからの減額や返金要求はありません。スポンサードの理由が宣伝以上に地域貢献の要素が大きいのだと思います。『支えていくからね』といった趣旨のお言葉をいただいております。ただ、それがずっと続くとは思っていませんし、我われもスポンサーさんのビジネスのお役に立てる存在になれるべく努力を続けます」
――コロナ禍のJリーグ開催では人と直接的な接触のないオンライン上での新たな観戦体験やファンサービスの開発に各クラブ取り組まれています。近年インターネット事業を行う企業がJクラブのスポンサーになる事例も増えていますが、栃木SCはいかがでしょうか?
「スポンサーとして現金をいただく形とは違いますが、社内やファン・サポーターとのコミュニケーションのデジタル化を推進する上でデジタルツールのベンダーさんとはサプライヤー契約を積極的に行わせてもらっています。実際にそのツールを使うことで仕事の生産性が上がったという声もスタッフから聞いています。ベンダーさんの多くはスタートアップ企業で、そういった方々と一緒に我われも成長できれば意味があると考えています」
――スタートアップ企業は東京を本社とするところが多いと思いますが、栃木に本社を置く企業の特徴や傾向はありますか?
「栃木県は第二次産業が盛んです。第三次産業、つまりB to Cのビジネスをやられている大手企業が限られています。ゆえにファン・サポーターに自社の商品を買ってもらいたいという目的を持っている企業さんが少ない。それは栃木の特徴かもしれませんね」
――新型コロナウイルスの影響で検討見送りになっていますが、今年発表された「新クラブ名の公募」の狙いもスポンサー収入の増加です。「栃木SC」という地名ズバリのクラブ名ではなく、地名を切り離して呼べる愛称を持つことで栃木に地縁のない企業からの支援を得やすくなるという考え方です。橋本社長の肌感覚ではどれくらいの収入増を見込まれていましたか?
「具体的な金額はわかりませんが、セールスできるエリアが広がっていくという感覚は持っています。もちろん栃木SCのブランド力を高めていく必要も理解した上で、(スポンサー交渉の場で)決裁権を持った方に栃木との縁がないことを理由にスポンサーを断られるケースも多かったので。スポンサーさんからも愛称があった方がいいのではないかという言葉をいただいたこともありました」
――さきほどお話いただいたスポンサー企業の地域貢献という面では「栃木SC」というクラブ名はポジティブな印象がありますが、一方で他県の企業へのアプローチではネガティブに働く部分もある。難しいですね。
「(クラブ名を)変えてほしくないという方もいらっしゃいます。これまではそちらの意見をずっと聞いてきて、変えることのメリットをあまり考えてきませんでした。もちろん、クラブ名を変えることの功罪はあるので、変えることを前提としている訳ではなく、まずは公募した上で検討しようというステータスですね」
――Bリーグの宇都宮ブレックスは昨年チーム名を栃木ブレックスから変更しています。同じ栃木県をホームタウンとするプロスポーツチームが先にチーム名を変更したことについてはどのように捉えていらっしゃいますか?
「栃木県内の様々な自治体さんからご支援いただいていますが、やはりクラブ事務所やスタジアムがあるホームタウンの宇都宮市のご協力は大きい。我われとしても宇都宮市の役に立ちたいと考える中でやはり地名(宇都宮)を掲げて戦うことのインパクトはあります。宇都宮ブレックスさんにも同じような課題認識があったと思います」
――そうした理由もあり、栃木SCの新クラブ名公募は「愛称」及び「宇都宮」を加えることが条件となっていますが、宇都宮市以外に本社を置くスポンサー企業が不満を持つことはないのでしょうか?
「多くのスポンサーさんには理解していただいています。それは自治体も同様で反対意見はそこまで多くありません。私自身は栃木SCというクラブ名に愛着はありますし、残したい気持ちもあります。ただ、冷静にクラブの未来を考えると検討する機会は必要だと」
地元のことであればなんでも説明できる
――新クラブ名公募に関してはスポンサー収入増加以外にもう1つ理由があると公表されています。宇都宮市のJリーグID取得者の半数以上が栃木SC以外のクラブを「お気に入りクラブ」に登録していたことが判明。その結果を受けて、クラブとしてよりホームタウンである宇都宮市に密着する必要性があるという判断によるものです。
「私たちの努力不足ですね。2011~2012年などチームが好調時にも来場者数は4 000人程度で少なかった。チームの成績に左右されずに来場者数を増やす行動をやり切れていなかったという反省はあります。同じ時期にJ リーグに昇格したファジアーノ岡山さんはあれだけ(来場者数を)増やせているのにどうして差が開いたのか。連絡して勉強させてもらいました」
――スタジアムへの来場者数増加や宇都宮市の地域密着を推進する上で具体的にはどのようなアプローチを検討されていますか? ファジアーノ岡山であれば「ファジフーズ」(スタジアムグルメの充実)が有名ですし、試合を告知するビラ配りを地道に続けているクラブもあります。
「コロナ禍においてはデジタル施策に予算のかけ方をシフトしていく予定です。一方で地方だとまだまだポスターなどオフラインの露出も影響はある部分なので、バランスは取らなければいけませんが」
――栃木SC公式HPを拝見するとトップページに選手たちが観光名所を紹介する「宇都宮市PR動画」が掲載されています。これもデジタルを活用した地域貢献活動の一環ですか?
「コロナ禍でアウェイのサポーターにご来場いただけない状況において、今後コロナが落ち着いた時にまた遊びにきてもらえるように宇都宮市さんと連携してPR動画を制作したという流れですね」
――この活動は、タウン誌などを発行する新朝プレス社の社長でもある橋本さんの得意分野ではないですか? Jクラブを媒体に地域をPRする活動は効果がありそうです。
「そうですね。この活動は選手たちにも地域を好きになってもらって、地域の魅力を自らの言葉で話せるようになってもらいたいという想いもあります。以前、Jリーグの企画でスペインに視察に行ったことがあって、地元のサッカークラブ社員がアテンドしてくれるのですが観光地はもちろん、歴史や地元産業など地元のことであればなんでも説明できることにビックリして。私たちと決定的に違うのはそこだと痛感しました。Jクラブの社員や選手もこうならないと、地域の人たちから好きになってもらえない」
――以前、大分トリニータのスポンサーを務める「SOPH.」の清永社長にお話を伺った際に「選手によるステークホルダーを意識した情報発信の少なさ」を指摘されていました。こうした地域密着活動はスポンサー収入にも繋がってくるのではないでしょうか?
「スポンサーさんから『選手は栃木のことを好きになってくれているのか』と言われたことがあります。その指摘で加入したばかりの選手にクラブから栃木を好きになってもらえる努力を行う必要性を感じました。これはファン・サポーターとのコミュニケーションでも同様で、選手とのちょっとした会話の中で地元に関する会話ができたら凄いこと。そういう会話ができる選手が増えてくることで、地元とクラブが相思相愛の関係に近づけるのだと思います」
コロナ禍での試行錯誤
――コロナ禍のクラブ経営において、新しいマネタイズ施策の検討はどのクラブにとっても避けられないテーマだと思います。現状、何か検討されていることはありますか?
「非常事態宣言中にいろいろ挑戦してみました。選手にオンライン上で接客をしてもらう物販から始まって、オンライン居酒屋、オンラインスクール、動画配信……どれもまだマネタイズするレベルではないですね。栃木SCのファン・サポーターで良かったと思わせる体験をオンライン上でどう実現させるのかということを、もう少し突き詰める必要を感じています」
――他クラブも行っている『クラウドファンディング』は検討されていますか? 橋本さんが社長に就任する前の話になりますが、2014年に栃木SCは債務超過を解消するためのアプローチの1つとして募金を行い、4300万円を集められた実績があります。
「募金を行っていた際、私は非常勤役員としてクラブに関わっていたのですが(ファン・サポーターに)ご迷惑をおかけしてしまったという記憶が強く残っています。お子さんが100円を募金箱に入れる姿を見て『何をやっているのだろう』と。だから、クラウドファンディングも最初は募金と捉えていたのであまりポジティブな印象は持っていませんでした。ただ、そうではなくてファンサービスの一環として考えると違ってくるなと最近は考えています。本当にファン・サポーターが望んでいることは何かを突き詰めた上で(クラウドファンディングの)実施を検討していこうと思っています」
――今年の栃木SCのホットトピックスとしては「カンセキスタジアムとちぎ」の完成があります。現時点では今シーズンの試合利用は未定ですが、開催が決まれば“新スタジアム特需”も期待できます。
「(カンセキスタジアムとちぎで)試合開催したい気持ちはあるので調整中です(※注:第41節 栃木SC-ジェフ千葉戦での開催が決定)。おっしゃる通り特需はあると思いますが、コロナ禍においてはそれを活用できない。クラブの歴史においても50年や100年に1度あるかないかというイベントなので悔しさもあります」
――「カンセキスタジアムとちぎ」で試合開催することで可能になる取り組みはありますか?
「スペースが広いのでサッカー以外のイベントを開催することができます。スタジアムグルメのイベントなどを開催するのも楽しいかもしれません。あと、県営スタジアムなので近くにある県営遊園地とサッカーの試合が両方楽しめる共通チケットの発売なんてアイディアもあります。ただ、コロナ禍ではできることは限定的になる可能性はありますが……」
――新型コロナウイルスもそうですが、経営的な逆風という意味では橋本社長が就任された2016年もJ3降格初年度ということで難しい舵取りを強いられたのではないかと想像します。当時の経験で現在、生かされていることがあれば教えてください。
「2016年だけではなく、昨年も含めて上手くいかなったことは多々あります。そうした困難な時期こそ組織はまとまらないと前には進めません。クラブに関わる人たちがお互いの立場を理解して尊重する。その上で仕事をまっとうすることが(まとまるために)必要なことです」
――そうした組織の一体感を醸成するために、社長として意識されているマネジメントはありますか?
「社長の仕事は基本的には“キャスティング”と“環境づくり”だと思っています。相手を信頼して、任せることは働きやすさにも繋がる重要な要素だと思いますね。みな、それぞれの担当分野においては私よりも優秀なプロなので、私が口を出すよりもうまく進むという考え方はしています」
――来季の予算策定についてはいかがでしょうか? 新型コロナウイルスの状況も読めない中での作業には、これまで経験していない難しさがあると思います。
「3パターンで準備しています。『日常が戻る』『現状まま』『悪化』の3つ。『日常が戻る』に関してもコロナ前の来場者数に戻るとまでは考えていません。予算的にはホームゲームの開催環境がどうなるのかに左右される部分も大きいので、グリーンスタジアムとカンセキスタジアムの開催比率などもいろいろ試算しながら検討中のステータスですね」
――3パターンも作るとなると、例年より3倍大変そうです。
「大変ですが、これまでも最終節まで来季戦うカテゴリーはJ2かJ3かわからない状況も経験しているので、そこは慣れているかもしれないですね(笑)」
――予算策定は選手の契約にも当然影響してくる部分だと思いますが、これまで以上に難しい判断を迫られることになります。
「予算的に一番大きな部分は選手人件費です。栃木SCを応援していただいている方々から預かったお金をより良いチームにするために使わせていただく訳ですが、これまで通りとはいかないと考えています。つまり、より客観的な指標を持った上で編成を行う必要がある。すぐには難しい話ではありますが、時間をかけてでも取り組んでいく必要があると思っています。この部分は強化部長を中心に舵取りをしてくれています」
――それは保守的になるということとは違いますよね?
「はい。違います。今シーズンはクラブのフィロソフィである『KEEP MOVING FORWARD!』 を体現するサッカーができつつあるので、それをさらに推進するためにはどのような選手が必要なのかを検討する前向きな話です。ただ、これまで以上に失敗が許されない状況下において、支出に対するシビアな目線は持ち合わせていかなければなりません」
――では、最後に栃木SCを応援されているファン・サポーターの皆様にメッセージをお願いします。
「コロナ禍の大変な時期でも栃木SCを応援していただける方が大勢いらっしゃることに、本当に感謝しています。困難な状況の中でもスポーツが持つ素晴らしさをお見せできると確信していますので、夢や希望を与えられるようなクラブ活動を行っていきます。これからも応援よろしくお願いします」
Daisuke HASHIMOTO
橋本大輔
1976年4月7日生まれ。栃木県宇都宮市出身。高校卒業後アメリカシアトルへ留学。在学中はオーディオエンジニアリングなど音響全般の学科を専攻。卒業後、シアトルマリナーズのスタジアムであるTモバイルパークで飲食関連の企業に就職、またMLBがオフシーズン中にはドイツ音響機器メーカーのアメリカ支社にも勤務しマニュアルの翻訳業務等を担当。帰国後、都内ベンチャー企業に就職した後、地元栃木県宇都宮市に戻り株式会社新朝プレス代表取締役に就任(現任)。また現在の株式会社栃木サッカークラブ設立時に発起人として立ち上げをおこなう。2015年に同クラブがJ3降格したことを機に2016年3月から代表取締役社長に就任(現任)。
Photos: ©︎TOCHIGI SC
Profile
玉利 剛一
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime