カディスのホームスタジアムの名前が変わる。と言っても、よくある命名権売買の結果ではない。法律に違反するからだ。
独裁時代の名残を排除
2007年、「歴史的思い出の法」が左翼政権のリーダーシップの下で可決された。これは簡単に言えば、独裁政権時代のシンボルを一掃しようというものだ。
スペインには36年間続いた総統フランコの独裁時代があり、その間、総統の栄誉を称えようと全国に記念碑が建てられたり、ちなんだ名前が通りや広場に付けられたりした。それらは現在の民主主義社会の下ではふさわしくない、というわけだ。
カディスのスタジアム「ラモン・デ・カランツァ」もその1つ。ラモン・デ・カランツァというのは、フランコの信頼が厚かった当時の市長の名前である。
改名のために、市役所はまず候補名を公募した。すると最も多くの票を集めたのは「現状維持または単にカランツァ」と呼ぶ案。だが、これでは改名にならないので却下された。
次に票を集めたのは「フランシスコ・フランコ」または「サンティアゴ・アバスカル」。前者は独裁者のフルネームなので、後者は極右政党のリーダーの名前なので却下。
以下、往年の名選手「マヒコ(マジック)・ゴンサレス」、亡くなったばかりの有名解説者「マイケル・ロビンソン」、地名にちなんだ「バイア・デ・カディス(カディス湾)」など。
複数候補から再投票へ
政治的に正しくても慣れ親しんだ名前を変えるのは抵抗がある、という層は少なくない。全国にあった「フランコ通り」はすぐに別名になったものの、独裁者関連の範囲をどこまで広げるのかには議論の余地がある。それと、もちろん各人の思想信条というものがある。
アメリカの反人種差別運動でコロンブスの塔が倒される、という事件があったが、バルセロナのそれは今も無事に新大陸の方向を射し続けている。
コロンブスはイタリア人だと言われているが、彼の航海に出資したのはスペインのイサベル女王。この国ゆかりの人物だとされており、「人種差別には反対だが、何もそこまでやらなくても……」という意見が多数派を占める。
さて、スタジアムについては、市によって地名にちなんだ候補名がいくつか選ばれ、新たに投票にかけられることになった。
投票できるのはカディス市民とカディスのソシオだけ。事前の投票は何だったのか、民主的な手続きを経たというアピールなのか、という疑問が沸くが、こういうことはスペインではよくあることである。
もうしばらくすれば、新スタジアム名が発表されるはずだ。
Photo: Getty Images
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Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。