松原良香が映像解説。JリーグGKのレベルアップに必要なこと
現役引退後、指導者やサッカー解説者として活躍する松原良香氏。2018年に筑波大学大学院でストライカー研究をテーマとした修士論文を発表したことについては、「暗黙知を形式知へ 松原良香が大学院で学んだこと」で紹介した。そこから1年が過ぎた今、論文博士の学位取得のために今度はGKを研究しているという。この背景にはいったいどのような考えがあるのか。松原氏が考えるGK論に迫った。
フィールドプレーヤー出身の指導者がGKを研究する理由
昨年Jリーグで優勝した横浜F・マリノスのサッカーは素晴らしいものでした。ただ、ポステコグルーさん就任直後は、その戦術が驚きをもって受け止められましたよね。特に極端なハイラインとそれに連動したGKのポジショニングは「あんなところにいて大丈夫なのか?」とよく言われていました。攻撃的戦術の中にGKが組み込まれることは日本国内ではセンセーショナルで、マリノスが結果を出したことでGKというポジションの重要性に多くの人があらためて気づかされたと思います。
「GKのトレーニングはGKコーチの仕事」と専門的な仕事として捉えられ、トレーニングも別々に行っているクラブはまだあります。実際に指導の現場を見学させていただいた時、監督とGKコーチが違うことを教えているようなシーンも目の当たりにしました。今後、私自身が指導者として活動していく上で、GKの重要性をより理解しなければならないと考えたことが(GK研究をテーマとした)博士論文に取り組んでいる理由です。
今、最高峰のGKとして名前が挙がるアリソン(リバプール)やエデルソン(マンチェスター・シティ)はシュートストップや足下の技術が高いことはもちろん、ゲームの流れを把握することにおいてフィールドプレーヤーと遜色がありません。日本もそうならなければいけない。チャンピオンズリーグに出場するような欧州のビッグクラブで活躍する日本人GKがいないことや、Jリーグで外国人GKの起用が増えている状況には危機感を覚えています。指導の現場や『DAZN』などのサッカー中継解説の場でも、GK出身ではない私が積極的にGKについて話すことがその改善の第一歩になるはずだと考えて行動しています。
松原良香が選ぶ6つの印象的なシーン
今回はGKを研究・解説する上で重要だと考えている「シュートストップ」「DFラインとGKの間のスペースをカバー」「攻撃の第一歩」という3つのテーマで印象的なシーンを6つピックアップさせてもらいました。
【シュートストップ】
【Scene1】J1第4節 清水エスパルス-ガンバ大阪(前半20分:梅田透吾選手)
梅田選手のポジショニングに注目してください。藤春選手からアデミウソン選手にパスが渡った時に2回ステップを踏んでポジションを中央寄りに変えています。最初はクロス対応を意識しつつ、シュートを打たれる可能性が高まったことでポジショニングを変えた。このシーンで重要なのはボールだけではなく、状況も理解していること。アデミウソン選手のトラップの位置やペナルティエリア内の敵・味方の位置からファーポストを狙ってくることを予測して反応しています。だからこそシュートを打たれる瞬間、セオリー通りであれば両足均等に体重をかけるのですが、左足に体重をかけて反応できています。
【Scene2】J1第6節 浦和レッズ-柏レイソル(前半44分:中村航輔選手)
中村選手はJリーグの中で最もシュートストップが素晴らしいGKの1人です。楢崎正剛さんが話されていましたが、シュートストップが優れたGKの前提として「相手のポジションやボールの位置などから予測する能力」が高いことが挙げられます。彼も間違いなくその能力が高いですね。
加えて、このシーンでは2点ポイントを解説します。まずは最後、体を投げ出してコースを切りにいく時に足をシュートに合わせているのですが、相手にこぼれ球を狙わせないように蹴り出す方向も意識されている。これはトレーニングで習慣づけされているもの。もう1点はニアポストからファーポストへの横の動き。このスピードがかなり速い。身体を大きく広げて相手にプレッシャーをかけているのもいいですね。おそらくペナルティマークを間接視野に入れつつ自分のポジショニングを把握していることも、適切なタイミングやスピードで動けている要因の1つです。
【GKとDFライン間のスペースをカバー】
【Scene3】J1第4節 清水エスパルス-ガンバ大阪(前半4分:東口順昭選手)
まず、ガンバ大阪はセットプレーをゾーンで守っています。基本的にはGKが守備位置をオーガナイズすることが多いので、東口選手が中心となって立ち位置を決めていると思います。GKにとってゾーンで守るメリットは味方の立ち位置が頭に入っていて、どのスペースに対してGKがチャレンジできるのかハッキリしているので、マンマークと比べて前に出やすいこと。このシーンでも前にスペースをあらかじめ作っている。どのポイントで奪おうとしているかがよく表れているシーンです。
現役時代に五輪代表でともにプレーした(川口)能活は「責任感がある日本人には役割がはっきりするマンツーマンの方がいい」と言っていました。ストーンを置いて、ゾーンディフェンスと組み合わせた守備をするクラブもあります。ただ、マンツーマンはゾーンと比べて一瞬で剥がされるリスクも高い。一長一短です。あとはVARの影響。マンツーマンで守る際は接触が増えるのでPKを取られやすい。そうしたことも今後は考えていく必要があるでしょうね。
【Scene4】J1第4節 清水エスパルス-ガンバ大阪(後半56分:東口順昭選手)
現地で解説を行っていたのですが、このシーンでは東口選手の「キーパー!」という声が聞こえました。後ろから声でリーダーシップを取れているのがまず良いです。清水エスパルスの攻撃の形に対するスカウティングもあったと思いますが、クロスに対して前にチャレンジするのは勇気がいること。レベルの低いGKであればこのシーンは前に出られない。
ただ、気になるのは東口選手のクロス対応や守備範囲の広さ、さらに攻撃への第一歩としてGKがチーム戦術に組み込まれているのかということ。クロスをキャッチした後のシーンを見てください。清水エスパルスは奥井選手、後藤選手、カルリーニョス選手の3人がペナルティエリアにいます。つまり、ガンバからすれば東口選手がキャッチした瞬間に数的優位を作れる可能性がある訳ですが、その後のプレーからはそこをさほど意識しているようには見えませんでした。
【攻撃の第一歩】
【Scene5】J1第3節 横浜F・マリノス-湘南ベルマーレ(前半14分:梶川裕嗣選手)
マリノスらしさが出ているシーンの1つです。湘南の2トップに対してマリノスはGKとDFの3枚でビルドアップを試みています。他クラブであればこのGKのポジションにボランチが下りてきて、GKを抜いた3対2で繋ぐシーンをよく見ますが、マリノスはGKの技術がしっかりしているので、GKから数的優位を創り出すことができます。ボランチの喜田選手は1列前でプレーできます。つまり、攻撃でより人数をかけられる訳です。GKも含めたフィールドプレーヤー全員が戦術的判断をもってプレーしているマリノスは日本サッカーに大きなインパクトを残しました。GKの存在を強く感じさせるチームです。
【Scene6】J1第7節 横浜FC-浦和レッズ(後半48分:西川周作選手)
彼のような精度でフィードできる選手はJリーグにはいないのではないでしょうか。試合中常にアンテナを張りめぐらせ、頭を休ませていないし、攻撃から守備、守備から攻撃の切り替えが早い。エヴェルトン選手が下りてきたことによってレオナルド選手の前にできたスペースを見逃していない。西川選手からエヴェルトン選手までは40mくらいですかね。西川選手のようなキックができる選手でなければ狙えない。
ただ、先ほど話したガンバと同じで西川選手のフィード能力をチームとして戦術に組み込めていない印象があります。例えば、このシーンではペナルティエリア内でバックパスを受けて相手のファーストDFの2枚を吸収し1本のパスで一気にプレスを剥がしてしまう。DFラインを上げさせた上で最終ライン裏のスペースを狙う形もある。今シーズンは西川選手のロングフィードからシュートというシーンが少ない。アタッキングサードまでピンポイントでフィードができることはすごい武器なので活用すれば攻撃の形がさらに増えると思います。
日本人GKへの期待
Jリーグ中継を見ている方にはぜひ、これまで以上にGKに注目してもらいたいです。GKを見ているだけでそのクラブのサッカーがわかるといっても過言ではない。チームのスタイルにどれだけGKがフィットしているのか。戦術の中にGKがどれだけ関与しているかは試合結果や順位に大きな影響を与えています。一般的にはファインセーブなどシュートストップにフォーカスしがちですが、同時にGKが攻撃の第一歩となっているかという点も気にしてもらうとよりサッカー観戦が楽しくなるのではないでしょうか。
特に今季は若手GKが多く出場機会を得られているので今後への期待感が高まります。日本人GKでワールドカップに出場した選手は3人しかいません。(川口)能活や楢崎正剛さん、川島永嗣選手など日本を代表するGKは若い時から日本代表で世界を経験してきました。それぞれタイプは違いますが、彼らのゴールを守ること、リーダーシップなどチームに与える存在感は大きかった。今後日本サッカーがワールドカップで上位進出をしていくためには、今回フォーカスした「シュートストップ」「DFラインとGKの間のスペースをカバー」「攻撃の第一歩」の3点は大きなポイントとなるでしょう。若手GKにはJリーグで結果を出して、日本とは環境の違う欧州でチャレンジして経験を積み重ねてほしいですね。
Yoshika MATSUBARA
松原 良香
1974年8月19日生まれ。静岡県出身。ウルグアイのCAペニャロールを経て、1994年にJリーグ、ジュビロ磐田に入団。清水エスパルスをはじめ、クロアチアやスイスなど国内外を問わず全12チームでプレー。各年代の日本代表としてプレーし、1996年アトランタオリンピックでブラジル代表を”マイアミの奇跡”の一員として破った。引退後はサッカースクール・クラブチームを経営し、2015年にはSC相模原の監督を務めた。2018年3月に筑波大学大学院人間総合科学研究科・体育学修士号を取得。現在はJリーグ選手OB会の副会長やサッカー解説者としても活動中。
映像提供:DAZN
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Photos:Koichi Tamari, Getty Images
Profile
玉利 剛一
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime