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フランスが世界王者になる時。「即興性と多様性」を引き出す2人の名将

2020.08.18

『戦術リストランテVI』発売記念!西部謙司のTACTICAL LIBRARY特別掲載#5

フットボリスタ初期から続く人気シリーズの書籍化最新作『戦術リストランテⅥ ストーミングvsポジショナルプレー 発売を記念して、書籍に収録できなかった西部謙司さんの戦術コラムを特別掲載。「サッカー戦術を物語にする」西部ワールドの一端を味わってほしい。

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 エメ・ジャケ監督の評判は酷いものだった。EURO96はベスト4、この大会では無敗だった。しかし、準々決勝(オランダ)、準決勝(チェコ)ともに0-0のPK戦。弱くはないが強いという印象もない。試合内容も退屈だった。ただ、ジャケが評価を下げたのは、むしろここからの2年間である。

相対優位のオールマイティ

 1998年W杯は開催国なので予選がない。親善試合のみの強化だ。ジャケ監督は同じメンバーでの同じフォーメーションを1回も組まなかった。つまり、ベストメンバーは本大会が始まるまで不明のまま。とはいえ、誰が見てもだいたい予想はつく。GKはバルテズ。テュラム、ブラン、デサイー、リザラズの4バックは確定で、中盤のデシャン、カランブー、プティもほぼ決まり。攻撃の核がジダンとジョルカエフであることも間違いなし。あとはCFをどうするか、アンリ、トレゼゲ、ピレス、アネルカといった若手をいかに組み込むか。しかし、ジャケ監督は性懲りもなく毎回フォーメーションとメンバーを替え続けた。フォーメーションは考えつく限り、ありとあらゆる形が試されている。左ウイングだけの1トップ、[4-2-4]、[4-3-3]、もちろん3バックもあった。最終的には[4-2-3-1]とクリスマスツリー([4-3-2-1])の2種類を用意するのだが、だったらあんなにテストする必要はなさそうに思えたものだ。

フランス史上初の世界一となった98年W杯。手前で万歳しているのがジャケ監督で、トロフィーを掲げているのがキャプテンのデシャン

 ディディエ・デシャン監督の2018年優勝への道のりもジャケの時と似ている。

 ジャケほど意味不明な実験はしていないものの、大会が始まってから完成品ができ上がったのは同じだ。そして完成品といっても、実際には未完のまま優勝してしまったのも98年とよく似ている。98年はCFがいなかった。デュガリーは負傷し、トレゼゲは若過ぎた。決勝でプレーしたギバルシュは大会無得点である。18年のメンバーは固まっていたが、最後まで勝ちパターンはよくわからないまま。CFの無得点も98年と同じ。

 強いのはわかる。ただ、どう強いのかがよくわからない。これが優勝した時のフランスの共通点だ。

 98年当時、プラティニは「フランスは世界一のチームではなく、世界選手権に勝っただけだ」と、組織委員長にしてはけっこう辛辣なことをサラッと言っていて驚いたものだが、核心はついている。18年のフランスもそんな感じだ。そして、ジャケとデシャンが作り上げようとしたのは、まさにそういうチームだったと思う。つまり、絶対的に強くはないが相対的に強いチーム。

 ジャケのフランスは守備が強力だった。1点取れば負けないし、2点取れば確実に勝てる。けれどもどんな相手からでも2点以上取れる攻撃力はない。そこで、ありとあらゆる形を試してデータを蓄積し、少しでも相対的に有利な形と組み合わせを探った。

 デシャンのチームはカウンターをやれば世界で一、二を争う能力があった。しかし、それだけではW杯は勝ち抜けない。遅攻の力も必要で、守備も盤石にしなければならない。人材はいたので、いかに組み合わせてバランスを見出すか。結果的にジャンケンでいえばグー・チョキ・パーを全部そろえた。一つひとつは絶対的ではないが、相手に合わせて手札を変えられる相対優位のオールマイティである。

18年大会を制し、今度は監督としてアシスタントのガイ・ステファンとともにトロフィーを手にするデシャン監督

フランスらしい自己肯定

 多様性のまとめ方もよく似ている。

 人種、身体能力、背景文化の違う選手たちは、それぞれに得がたい個性がある。しかし、それだけにまとめにくい。強引にまとめてしまうと、多様な人材を均質的に収めることになってしまうので意味がない。だからジャケもデシャンも緻密な監督であるにもかかわらず、緻密なゲームモデルは想定していない。作り込み過ぎたらダメだからだ。

 彼らが着目したのは個。個と個のコンビ、あるいは3人のトリオであって、部品を発見すること。どの組み合わせなら個性が生きるか、そのデータを蓄積する。部品がそろってきたら、パーツを連結する部品を定める。ロシア大会でいえばジョイント部品はブレーズ・マテュイディだ。全体機能のために部品を探すのではなく、まず部品ありき。部品をそろえて直前に組み上げる方式である。だから最初に緻密な全体像はなく、つまりプレースタイルなど組み上げてみるまでわからない。

 スペインのような完璧な攻守循環を作り上げるチーム作りは、多様な人材のいるフランス向きではないのだろう。1つの形に収斂させて磨き込むよりも、いろいろな可能性を残しておいて最後の最後でまとめる。早くまとめ過ぎてしまうと劣化も早いのだと思う。だから、優勝してもフランスは今後も変化し続けるだろう。もう二度と優勝した時のレベルには到達しないかもしれない。一方で、ロシアより強力なチームが生まれる可能性も大いにある。

 サッカーは再現性の低いゲームである。フランスはそこまでチーム戦術を信用していない。一定であるよりも変化すること。変化に強いこと。即興性を信じること。多様性の力を最後まで諦めない。これがフランスらしい自己肯定であり、彼らのやり方なのだ。

Photos: Getty Images

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エメ・ジャケディディエ・デシャンフランス代表戦術リストランテⅥ

Profile

西部 謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。

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