コロナで秋春制移行のタイ。シーズン中に中継なくなる恐れ
4月、タイリーグは新型コロナウイルスによる中断を機に秋春制へ移行する決断を下した。しかし、ここへきて問題が起こっている。放映権を持つ大手放送局が、再開後のシーズン真っ最中である10月末で、放送を打ち切る決定を下したのだ。いったい何が起こったのか。
事前に放送局との折衝なく移行決定
タイリーグは国内の新型コロナウイルスの感染拡大により、第4節(1部、2部)を終えた3月以降中断している。3月26日に政府が非常事態宣言を発令。4月3日には夜間外出禁止令も加わり(現在、夜間外出禁止令は解除)、その頃は1日で100人を超える新規感染者が出た日もあった。
すると4月14日、タイサッカー協会は1部、2部のクラブの代表者による会議で、これまでの2月に開幕して10月に終了するという春秋制から、9月に再開して翌年5月にシーズンを終えるヨーロッパのような秋春制移行を決定した。
確かにシーズン終了を翌年にすれば、再開後も過密日程が生まれず、仮に再び感染が拡大して中断する事態になっても、日程に余裕を持って対応できる。タイで最も雨が降る5月から10月までの雨季の試合も避けることができる。大胆な決断だが、メリットはある。
5月にはリーグ再開日が9月12日と決まり、新たな移籍期間も発表、秋春制移行へ着々と進んでいるかに見えた。しかし、不満を持っていたのが、リーグの放映権を持つ企業、トゥルービジョンだった。同社はタイの大手財閥傘下にあり、英プレミアリーグなども中継するタイの有料放送大手である。
問題は6月になって表面化した。同社の親会社であるタイの通信大手トゥルーコーポレーションの幹部が地元メディアに対して、「秋春制移行決定の通知は受け取ったが、その話し合いに我われは参加していない」と不満を表明。そして再開を早めて、11月にも全日程を終えるよう求めてきたのだ。
トゥルービジョンはタイサッカー協会と2017年から4年間で42億バーツ(約140億円)という放映権契約を結び、タイリーグ1部、2部の全試合およびカップ戦を放送してきた。今年は4年契約の最終年に当たり、本来なら10月末には全日程を消化するはずだった。
一方で、タイサッカー協会は昨年から協会主管の代表戦やタイリーグ、フットサル、女子サッカーなどの試合を一括パッケージにして、来季以降8年間の放映権契約交渉を進めていた。落札者としてJリーグの放映権を持つDAZNや地元企業の名前も噂で挙がったが、まだ正式に発表されていない。ただ、トゥルービジョンはすでに自社が獲得できなかったことを明らかにしている。
つまり秋春制に移行した場合、少なくとも今季の2021年分はトゥルービジョンが期間を延長して放送するか、別の放送局を探すかしなければならないのだが、詳細をタイサッカー協会は事前に詰め切らないまま、シーズン移行を決定したようなのだ。
両者の妥協点は見つからず
協会に同情する点があるとしたら、1部の強豪で細貝萌もプレーするバンコク・ユナイテッドのメインスポンサーはトゥルーコーポレーションであり、クラブのオーナーは幹部に名を連ねている。そして4月の会議に出席している。協会の役員にもまた別の同社の人間がいる。しかし、今回この2人は「正式な代表者ではない」とトゥルービジョン側から突っぱねられてしまった。
折しも、タイは5月には国内感染が見事に収束。現在、感染者は海外からの帰国者らで、市中感染は2カ月近く確認されていない。一方で、感染拡大の最中でも英プレミアリーグなどは再開している。しかし、タイサッカー協会はリーグ再開に向けた政府の感染防止ガイドラインの策定や、母国に帰国した外国人選手のタイ入国に時間がかかるなどとして、再開前倒しは否定的だった。
案の定、交渉は難航した。6月30日に1度目の両者の会談が行われるも結論は出ず、7月10日になってトゥルービジョンは「従来の契約通り10月25日まで放送する」「年末まで放送は可能だが新たな契約を必要とする」「来年の試合は放送しない」「試合数が減った分の放映権料の減額を求める」との4点を協会に通告してきた。試合数が減ったというのは、2019年に1部のチーム数を18から16に削減したことを指す。
この頃から、秋春制撤回の見通しも出てきた。「再開を早めて年内に終了してもかまわない」とメディアに発言するクラブ幹部もいた。協会は対応を協議しようと、クラブの代表者を集めた会議の開催を準備していた。
しかし、7月24日に再度行われた両者の会談は物別れに終わり、トゥルービジョンは10月25日までしか放送しないことが決まった。放映権料に関しても、それまでに行われた試合の分だけ支払うとした。今年支払われるはずの放映権料は12億バーツ(約40億円)とされ、トゥルービジョンがすでに納めたのはまだ4億バーツ(約13億円)。再開後の詳細な日程は出ていないが、残りの8億バーツ(約27億円)は減額が確実視され、それはクラブへの分配金の削減に繋がる。
協会は秋春制へ移行する構えを崩しておらず、10月末以降は新たな放送局を見つける必要がある。ちなみに、トゥルービジョンは放送する立場であって、映像制作はリーグ側で行われている。いずれにしても、1部と2部の全試合を毎節放送してきたパートナーがシーズン途中でいなくなるわけである。もしその頃、無観客試合で開催されており、放送局も見つからなければ、サポーターは試合を見る手段がなくなってしまう。
4月の時点でタイの感染の収束を見通すのは専門家でも難しかったはず。しかし今回は、タイらしい思い切りの良さ、裏を返せば詰めの甘さが混乱を招いてしまった。仮に新たな放映権取得者が出てきたとして、タイもコロナ禍で不景気の中、果たしてどれほどの金額になるのか不透明だ。すでに資金繰りに苦しむクラブも出ている。まだ波乱は収まりそうにない。
Photos: FA Thailand
Profile
長沢 正博
1981年東京生まれ。大学時代、毎日新聞で学生記者を経験し、卒業後、ウェブ制作会社勤務などを経てフリーライターに。2012年からタイ・バンコク在住。日本語誌の編集に携わる傍ら、週末は主にサッカー観戦に費やしている。