リバプールを率いて今季のリーグ優勝はほぼ確実、昨季は欧州および世界王者となったユルゲン・クロップ。リバプールにやって来たこのドイツ人は、具体的にどのように選手たちと接してきたのだろうか。4月29日の『シュポルトビルト』に紹介された選手たちのコメントから、クロップのマネジメントを見ていこう。
誰に対しても対等に接する
ホッフェンハイムでプレーし、“ドイツ人のメンタリティ”も身につけたというロベルト・フィルミーノは、クロップ就任後のリバプールの変化をこう振り返る。
「彼がやって来てから、クラブは大きく変わった。一般的な生活面でも、戦術やメンタル面でもね。戦術面で言えば、アタッカーは自分のポジションに留まることはない。常に動き続けるんだ。この部分で、僕は成長できた」
ベテランのデヤン・ロブレンは、一般的な生活面でのディティールの変化について説明する。
「クロップはたくさんの面でクラブを変えた。本当に細かいところからね。朝の挨拶から始まり、食事後のテーブルの片付けまで。こういった基本的なディティールが欠けているクラブもある。これはリスペクトの問題なんだ。ピッチ外でこういったリスペクトを示せる人間は、ピッチ上でもその姿勢を持てるようになる」
アンドリュー・ロバートソンも、クロップが人間関係の中でリスペクトを示す姿勢に強い印象を受けたようだ。「クロップは、フィジオやコックに対しても『自分たちがチームにとって重要な存在なんだ』と感じられるように接している。だから彼らも監督のために全力を尽くすんだ。これまで出会った中で、間違いなく最高の監督だ」と、クロップがスタッフ一人ひとりと対等に接している様子を描写する。
人間同士の関係構築に腐心
ジョルジニオ・ワイナルドゥムは、クロップと初めて会った時のことを回想する。
「僕らが初めて会ったのは監督の自宅だった。彼が真っ先に知りたがっていたのは、僕自身のことについてだ。『休暇はどうだった』とか『どういう性格をしているのか』といった個人的な話さ。サッカーの話は後回しで、クロップは本当に僕自身のことを知って関係を築こうとしたんだ。この時の話し合いは本当に楽しかった」
サッカー選手と監督、という関係以前に、人間同士の関係を築こうとする態度に、ワイナルドゥムは共感を覚えたようだ。
ユース出身のトレント・アレクサンダー・アーノルドは、クロップに感謝の念を述べる。
「監督に就任してから最初の数週間、クロップはアカデミーの選手たちを観察し続けていた。これは僕ら選手に希望を与えてくれた。『彼なら若手選手たちにチャンスを与えてくれるぞ』とね」
実際、過密日程などの事情はあれど、クロップは今季のFAカップでラウンド16の舞台をU-23チームに戦わせるなど、リスクを負うこともいとわない。
プロ選手にとって、最初のドアを開くチャンスをくれた恩人はいつまでも特別な存在だ。「クロップは僕が望む以上に大きな可能性を与えてくれた。僕は毎日この信頼に応えられるよう全力を尽くしている」。アレクサンダー・アーノルドはクロップに忠誠を誓う。
決断を下すには明確な線引きも必要
とはいえ「お互いにリスペクトを示すこと」と「仲が良いこと」は、似ているようであって異なる。隣人関係にあり、お互いの不在郵便を受け取り合うというアダム・ララーナは「監督がゴミ出しする姿をよく見かけるよ」と話しながら、最も重要な点を付け加えた。
「監督は僕ら選手に向かって言ったんだ。『私は君たちの友人になる、でも、親友にはならない』とね」
監督である以上、共感に基づいたリスペクトを選手たちに示すことは不可欠だ。だが、チーム全体の成果を追求することが監督の責任でもある。どこかのタイミングで、すべての選手にとって好ましい決断を下すことができなくなる場面も出てくる。その時には明確な線引きが必要になる。
この「友人ではあるが、親友ではない」というクロップなりの定義が、監督と選手という関係の中で、彼自身が自然に振る舞える距離感なのだろう。
クロップの特徴である「取り繕うことなく信用できる態度」は、こういった自分自身の役割や人間関係の中で「自分にとって自然に振る舞える適切な距離感」を見つけられる能力から来ているのだ。
Photo: Getty Images
Profile
鈴木 達朗
宮城県出身、2006年よりドイツ在住。2008年、ベルリンでドイツ文学修士過程中に当時プレーしていたクラブから頼まれてサッカーコーチに。卒業後は縁あってスポーツ取材、記事執筆の世界へ進出。運と周囲の人々のおかげで現在まで活動を続ける。ベルリンを拠点に、ピッチ内外の現場で活動する人間として先行事例になりそうな情報を共有することを心がけている。footballista読者の発想のヒントになれば幸いです。