クリスティアン・エリクセンは羊で、キーラン・トリッピアーはヤギ、マウリシオ・ポチェッティーノは牛だという。「牛と羊とヤギ」。これはここ1年間でスパーズ(トッテナム)を去った者たちの干支ではないし、星座でもない。もちろん飼っているペットの話でもなければ、数年前にサッカー番組の主題歌となった人気バンドの曲名でもない。
「黒い羊」に「スケープゴート」
今年1月の移籍市場でインテルに移籍したMFエリクセンは『BBC』のインタビューで、自分は「black sheep(黒い羊)」だったと述べた。
エリクセンはスパーズとの契約が残り1年となった昨夏、「新しい挑戦を求めたい」と口にして去就が騒がれるようになり、その時はチームに留まったものの、スタメンから外された。だから自分は「黒い羊=のけ者(もしくは厄介者)」だったというのだ。この言い回しは、黒い羊が白い群れの中で目立ち、さらに毛の値段も安価だったために使われるようになった英語の表現だ。
一方で、昨夏アトレティコ・マドリーに移籍したトリッピアーは「scapegoat(贖罪のヤギ)」だった。2018年のワールドカップ・ロシア大会ではイングランドの4強に貢献する活躍を見せた同選手だが、昨季はケガもあって万全の状態ではなく、自分でも「もっとできたはず」と認めていた。
チームもシーズン途中までは優勝争いに絡んでいたが、2月下旬からプレミアで5試合も勝利から遠ざかり、その際にトリッピアーはファンから少し批判を浴びた。
すると元イングランド代表のポール・インスが「必ず『贖罪のヤギ(=身代わり)』にされる者がいるんだ」と同選手を擁護した。「scapegoat(スケープゴート)」とは、聖書に登場する民の罪を背負わされたヤギのことを指し、最近は日本でも耳にする言い回しである。
「牛」の比喩にメディアは困惑
今季途中までスパーズを率いたポチェッティーノの「牛」は、言い回しではなく比喩だった。同指揮官は昨季、UEFAチャンピオンズリーグでのインテル戦を前に「大舞台での経験」について質問に答えた……いや答えようと試みた。「10年間、毎日のように牛の目の前を電車が横切った。だが、その牛に『電車は何時に来るの?』と聞いても時間は答えられない。フットボールも同じだ」と会見で語ったのだ。
困惑したメディアは「1995年のエリック・カントナの『カモメ』を思い出す」と報じた。「カモメ」というのは、カンフーキックで有罪判決になったカントナが「カモメはトロール漁船を追う。なぜならイワシが投げ込まれると思っているからだ」と吐き捨てた“迷ゼリフ”である。自分に付きまとう報道陣を「カモメ」に例えて揶揄したのだ。
カントナとは対照的に、ポチェッティーノはすぐに次の会見で自ら説明を始めた。
「スカウトからも『理解できなかった』と言われたので説明するよ。経験から学んで成長することが最も重要という比喩表現だったのさ。経験だけでは勝てないということだ」
キツネ、ロバ、ライオンも…
思えばフットボール界にはいろいろな動物が生息する。「Fox(キツネ)in the box」は、何かに秀でていなくてもボックス内ではチャンスを逃さない点取り屋のことを指し、近年は絶滅危惧種となりつつある。
アーセナルは2001年にその“キツネ役”を期待してFWフランシス・ジェファーズを獲得したのだが、見事なまでに空振りに終わった。
今季のCLでは、リヨンのDFマルセロがファンから「donkey(ロバ)」のバナーを掲げられ、同チームの主将メンフィス・デパイが激怒するシーンがあった。ロバは“鈍重な選手”や“テクニックのない選手”を意味し、アーセナルの英雄トニー・アダムスもそう呼ばれていた。
一般的に用いられる動物を使った表現もサッカーのニュースで目にする。ペップ・グアルディオラのポゼッション率を表現する際には「the lion’s share(ライオンの取り分=大半)」が使われるし、プレミアリーグはたまに「cash cow(金になる牛=ドル箱)」と呼ばれることもある。
出番を失った選手については、チーム内での序列が下がったことについて「pecking order(鳥がつつく順番)」が落ちたと表現される。
これらはほんの数例に過ぎない。サッカー界にはまだまだ数多くの動物がいるし、必ずしもノースロンドンだけに生息しているわけではない。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。