日本から単身、パリへ。PSG傘下で挑戦するルカ・ルバド君
フランスで3月17日から施行されている外出制限措置は、今のところ5月11日まで続き、その後は小学校や一部の商店が再開するなど、部分的に解除されていく予定だ。
経験したこともない状況に直面し、多くの人々が不安を感じているが、それが親元から離れ、1人で日本からフランスにやってきた少年となれば、どれほど大変なことだろうか。
倍率10倍の狭き門を突破
ルカ・ルバド君は現在15歳。パリ・サンジェルマンの傘下であるPSGアソシアシオンのU16チームに所属している。
フランス人の父と日本人の母の下パリで生まれ、幼少期に日本に移り住み、以来東京で暮らしていた。
小さい頃からサッカーにのめり込み、千代田区にあるFC千代田に所属していたが、「将来はプロサッカー選手になる!」という目標を胸に練習に励んでいたある日、PSGの下部組織に入る道があることを知る。
生まれ故郷パリのクラブであるPSGは、彼にとって心のクラブだ。ロナウジーニョがプレーするビデオは何度も見た。ズラタン・イブラヒモビッチの活躍も目に焼き付いている。
「自分も挑戦したい!」と一念発起すると、ご両親を説得して、まずはU-15チームへのトレーニング参加を実現した。
この時は短い滞在だったが、この経験でPSG入りの決意をさらに強くしたルカ君は、昨夏、U-16チームのトライアウトに挑戦した。
毎年およそ400人が集まる入団テストは倍率10倍を超える狭き門だが、見事に選考を通過し、24人の合格者の1人となった。
3日間かけて行われたテストでは、「周りがみんなデカい!」と最初はおののいたそうだが、「自分を信じてやってみよう!」と楽しむことを意識したのが好結果につながったという。
「合格の通知をもらった時は相当うれしかった。新しい環境で挑戦することで、夢に1歩、近づけた」と、メールで合格を知った時の気持ちを描写する。
U-16チームのジュード・モローズコーチによると、「ボール使いがうまく、テクニックがしっかりしている。パスのコントロールもいいし、頭を使ってポジショニングしている。ドリブルもうまい」ことが合格の決め手になったそうだ。
求められるのはアグレッシブさ
ルカ君のポジションはアタッカー。得意のドリブルでサイドから切り込むタイプだ。身長181cmと日本人の同年代の中でも上背はある方だが、「みんな身体能力が高く、速くて強い。ボールを持ったとたん、ものすごいスピードで激しく寄せてくる。だから素早い判断が必要になるし、このプレースピードに対応していかなくちゃならない」と、これまでやってきたサッカーとの違いに直面した。
しかしロックダウンで休止するまでの約半年を振り返ると、「判断が速くなったし、当たり負けもだいぶしなくなった」と手応えも感じている。フィジカルで劣る部分は走り負けしない運動量で補い、前からしっかりプレスをかけることを常に心がけている。
ドリブルで攻め上がってからパスを出す得意のプレーも武器にできることがわかった。試合が中断するまで、15試合ほど出場した中で6〜7ゴール決めているというから、なかなかの数字だ。
モローズコーチは「すでに基本はしっかりしている。あとは当たり負けしないフィジカル面や、ひるまずにぶつかっていくアグレッシブさを養っていくことが必要だ。性格的にガツガツいくタイプではないが、ピッチの上ではそこは克服すべき点となる」と課題を挙げる。アグレッシブさを求められるのは、プロ選手が日本からフランスリーグのチームに移籍した時と同じ感じだ。
プロへの道が開けるチャンスも
ちなみに、ルカ君が所属する「アソシアシオン」とは、PSGのアマチュア部門だ。
7歳以下のU-7から、Aチームにあたるシニア、さらに年配の“ベテラン”と呼ばれるカテゴリーまで、年代によっては女子部も併設している大所帯だ。シニアチームは5部に相当するナシオナル3に参戦している。
プロ部門と同じく、ナセル・アル・ケライフィ氏を会長とするPSGの傘下ではあるが、独自の経営陣が運営している。
しかしトレーニング方法やクラブが目指すサッカー哲学は共有していて、コーチ陣も日常的に意見交換を行っている。
アソシアシオンのチームにいい選手がいれば、プロ部門の育成部「フォルマシオン」に引き抜かれることもあるし、特に14歳以下からのプレ・フォルマシオン(前期育成)部門では、人数の関係で選考から漏れた選手がアソシアシオンでトレーニングを積むこともあるそうだ。
プロチーム直属のフォルマシオンでさえ、毎年、PSGと契約にこぎつけるのは3、4人という厳しい世界だ。しかし、競争率が高く、指導法もしっかりしていると定評があるPSGアソシアシオンの試合には国内外から多くのスカウトマンが集まるため、フランス国内の他のプロクラブから誘いがかかることもある。ルカ君のチームメイトの1人も、すでにリーグ1のアミアン行きが決定している。
また、国際大会に招待されることも多いので、この夏もコロナ騒ぎがなければ、イングランドのトッテナムやメキシコのチームらが集うトーナメントに参加する予定だった。そんな経験ができるのも、ここでプレーするアドバンテージだ。
これはフォルマシオンでも同じだが、同じクラブとはいえ、プロ選手との交流はそうそうない。
ただ、試合の際にはボールボーイを担当するため、ルカ君も昨年9月のストラスブール戦ではピッチサイドで選手たちを間近で見るまたとないチャンスを得た。奇しくもこの試合はネイマールが今季初出場し、初ゴールを挙げた一戦。至近距離から見る選手たちのスピードに驚いたという。
「この機会をくれた両親に感謝」
練習は、学校がある時は週3回。夏休み中などは毎日行われ、日曜に試合がある。朝7時半に家を出て現地の高校へ行き、学校が17時に終わった後、パリ西端のさらに郊外、サンジェルマン市にあるPSGの練習場へと移動。トレーニングの後、パリを横断して家に帰る、というのがルカ君の日常だ。
現地では父方の祖母の家にお世話になっている。日本でもフランス人学校に通っていたため、幸い言葉の問題はない。学校でも友達がたくさんできた。
とはいえ、14歳で親元を離れ、いきなりこのようなコロナ騒ぎになり、その前には約2カ月間のゼネストと、ルカ君が来てからのフランスはいつも以上に厳しい状況が続いている。
心細さはないのかと尋ねると、「心細い、とかはないです。むしろ僕にこの機会をくれた両親には本当に感謝しているんです」という頼もしい答えが返ってきた。
「パリに来て、親元を離れて自立することで成長できていると感じているし、サッカーをやりたい、という思いが強いから、毎日すごく楽しい。これまでよりも高い強度、高いレベルでサッカーができているのがうれしいです」
外出制限中の現在は、アプリを使ったオンライン授業を受けながら、自宅で体幹トレーニングなどをして練習再開に備えている。
「周りには『プロになって家族を楽にしてあげたい』と言っているチームメイトもいる。日本ではそういうことは聞いたことがなかった。だからみんなプレーも激しいし、同じチームなのに『自分にボールをくれ!』というアピールがすごい。確かにサッカーはチームスポーツだけど、結局は、プロ契約を勝ち取るのは自分なのだから、そういう個人的なプレーがあってもいいんじゃないかと僕は思うんです」
進級するには毎年のセレクションで残らなくてはならない。道は険しいが、憧れのPSGのユニフォームを着てプレーしているルカ君の毎日は、喜びと充実感に満ちている。
「プロになる」という夢に向かって、たくましく挑戦を続けていってほしい。
Photos: OIALiC, Getty Images
Profile
小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。