最悪の夜から希望のクリスマスへ
ウォッチング・グアルディオラ特別公開 #3
戦術、指導、分析、会話、移籍、参謀、料理……ペップ・グアルディオラのAll or Nothingな仕事術を密着取材で明かす『ペップ・シティ スーパーチームの設計図』が3月31日に発売となった。その刊行を記念して、共著者ル・マルティンが雑誌『footballista』で連載中の『ウォッチング・グアルディオラ』から、選りすぐりのエピソードを特別公開。
#3は、思うように勝ち点が伸ばせないプレミアでの戦いの中、ペップが見せた変わらぬ信念。
グアルディオラはカメラを見て頭をかき、精一杯の微笑みを浮かべて言った。
「違う。アイディアの問題ではない。そこは変えない」ペップがノーと言う時のいつもの表情であり、「悪いけどそんな手には引っかからないよ。俺にダメージを与えたいのだろう」という心の声が聞こえてきそうだった。レスターでの彼の顔には大きな落胆と紛れもない敗北感が刻み込まれていた。ラニエリ監督率いるプレミア王者相手に、最初の5分間で恥ずかしい2失点を喫するなど4–0とされ、最後に焼け石に水の2点を返したというものだった。
「心の底から落ち込んでいる」
マンチェスター行きのバスの中での様子を、選手たちはそう表現した。
ペップは監督として最悪の夜を過ごしていた。バイエルン時代にCL準決勝でレアル・マドリーに4失点したことがあったが、あの時は自分の方針を曲げ納得できないやり方で試合に臨んだという明確な敗因があった。しかしこのレスター戦は、ラニエリ監督の出方もわかっていたし万全の対策をもって臨んだはずだった。自分のアイディアを選手たちに伝え切っていたし、レスターが想定外のことをしてきたわけでもない。
グアルディオラは敗北感に苛まれた。酒は飲まないが、もし飲めたら安いウイスキーを数本空けた末に街の水路の脇で段ボールにくるまって夜を明かしたかもしれない。翌朝、自宅で目を覚まし家族と朝食を取り、少し明るさを取り戻して練習に出かけた。午前中は誰とも話をしなかった。クラブハウスの美人の受付嬢に「おはよう」と言った後はオフィスに閉じこもった。ドアをノックするのさえはばかられる雰囲気だった。3日後のワトフォード戦に向けた分析をしながら、解決法を探していたのだろう。練習はドメネク・トレントらスタッフ3人が率いた。
ペップは偶然を信じない。レスター戦の屈辱の理由は自分たちにあると確信していた。
バルセロナでの最悪のスタート
ある光景を思い出す。
バルセロナの監督に就任した年、ヒホンへ向かう空港でのことだ。第2節を終えバルセロナの勝ち点は1。敵地でヌマンシアに敗れ、カンプノウでのラシン戦は1-1で引き分けた。知り合いを見つけたペップは冗談を飛ばした。「何だ。歴史的な出来事を見届けに来たのか? 私はバルセロナ史上初めて、最下位にチームを導いた監督になるよ」
ここでヒホンに1-6と大勝したことが、このシーズンの3冠達成への転機となった。
「私のアイドル、ファーガソンが最初にリーグ優勝するまで11年かかった」とグアルディオラはワトフォード戦前に言った。彼はこの試合の重要性を自覚していた。ジャーナリストたちの追及は厳しかった。スペイン人記者はスタン・コリモアの「(グアルディオラは)尻尾を巻いて出て行く」という発言について質問。女性への虐待などで問題になった元イングランド代表選手のペップ批判が、スペインでは大きくクローズアップされていたのだった。
ワトフォード戦は、内容は悪かったが辛くも勝利(2-0)。だが、ペップの表情は冬空のように曇ったままで「完全に晴れた日は1日もないのか!」とロッカールームで嘆いた。その試合でギュンドアンが膝に重傷を負い、泣きながらグラウンドを後に。大ケガから復帰したばかりなのにまた負傷した、誰からも愛される好漢をどうやって励まそうか。ペップの頭は心配で一杯だった。
アーセナル戦後の3日間の休暇
翌週の日曜日はアーセナル戦だった。
イングランドの寒さは一段と厳しくなっていた。あまりの冷え込みに、ペップも禿げ頭を温めるイングランドの典型的な帽子を購入。「どうだ、似合うだろう?」と冗談を飛ばして内心の不安を隠していた。フェルナンジーニョとアグエロが出場停止でコンパニは依然負傷中、もちろんギュンドアンも不在と満身創痍だった。
この危機に、ペップは得意の奇策を披露した。ストーンズを外し、SBのコラロフにオタメンディとCBコンビを組ませたのだ。アグエロの不在はゼロトップでMFの数を増やしてカバー。フェルナンジーニョの代わりにCBの前でプレーしたのはトゥーレ・ヤヤだった。開始5分、相手の最初のシュートで失点。15分にはキャプテンのサバレタが負傷し前半で退いた。
にもかかわらず、後半チームが機能し始める。ボールを支配しアーセナルを従属させてサネが同点ゴール。大歓声にも後押しされスターリングが勝ち越し点を挙げた。ボールを保持することで試合をコントロールする、チーム本来の熱く誇りある戦い方での勝利だった。
試合後ロッカールームを訪れたペップはチームに感謝し選手たちを祝福。彼らを誇りに思っていると告げ、「君たちはファンタスティックなグループだ」と褒めた。
イングランド特有のボクシング・デーにより、クリスマスにも試合をしなければならない。だから翌日から3日間のミニ休暇を与えた。
「よく休んでくれ。木曜に会おう!」夫人と3人の子供を連れてバルセロナ行きの飛行機が待つ空港へ向かう直前、スタジアムの入り口で出会った友人を抱擁しやっとこう言った。
「メリークリスマス!」
Photos: Getty Images
Profile
ル マルティン
高名なスペイン人記者。1980年代からラ・リーガと母国代表をテーマに執筆活動に勤しむ。2001年出版の『La Meva Gent, El Meu Futbol(私の人、私のサッカー)』は、ペップ・グアルディオラ自身との共著。マンチェスターとバルセロナを行き来しながら、シティのグアルディオラ体制を追う。2016年から『footballista』で「ウォッチング・グアルディオラ」を連載中。