COLUMN

オランダ式サッカー分析 重版記念“分析論は料理のレシピ作り”

2017.09.17

オランダのアヤックスアカデミースタッフ、オランダ代表U-13・14・15の専属アナリストを務めている白井裕之氏の著書『怒鳴るだけのざんねんコーチにならないための オランダ式サッカー分析』の重版を記念して、書籍内のコラムを一部公開。

文 白井裕之



「分析ができるようになればチームは強くなりますか? 選手はうまくなりますか?」
ズバリ、みなさんが一番聞きたいことはこの点ではないでしょうか?
答えた後に必ず持論を展開せずにはいられないオランダ人気質が伝染したわけではありませんが、この問いの答えには「Yes, but……」と話を続けなければいけないと思っています。
分析をするためには、分析の基準となるものが必要です。サッカーの場合はそれがチームの採用する戦略であり、目的であり、原則になります。いままで漠然と評価していたチーム・選手個人を、あらかじめ明確にされた客観的指標に基づいて評価する。それによって、チーム・選手個人が抱えるサッカーの問題や成長した点がはっきりとわかるようになります。強くなるため、うまくなるためには何をすればいいかわかるようになるので、「強くなりますし、うまくなります」と言うことはできます。
この後に「but」と続くのは、分析はあくまでもサッカーの問題や課題・成長を測るための指標に過ぎないからです。サッカーの指導を料理にたとえるなら、おいしい料理を作るためのレシピ作りにはなっても、実際においしい料理ができるかどうかはあなた次第ということになります。
これからゲーム分析を始めるという人は特に、分析論(レシピ作り)とコーチング論(料理の技術)、それから戦術論(材料に応じた現場での応用力)をそれぞれ別のものとして捉えてほしいと思います。
分析はあくまでも「誰でも同じ結果を導く」ための料理のレシピ作り。その上にそれぞれの指導者の個性が載るわけです。
オランダで指導者になるためには、レシピ作りができることが絶対条件です。その他のことも知識として得ておかなければいけませんが、まずはレシピ作りの基礎を叩き込まれます。それはゲーム分析とそこで使われる〝サッカーの言葉〟こそが、これから指導者としてどんな道を進むにしても必ず持っていなければいけない共通の知識だからです。
ライセンス取得時にゲーム分析を学ぶおかげで、村に1つしかないグラスルーツのチームを指導していようと、エールディビジ(オランダ1部リーグ)のクラブを率いていようと、グレードやカテゴリーに関係なく,同じ論点でサッカーの話をすることができます。あなたとファン・ハール、あなたとフース・ヒディンク、あなたとペーター・ボスが高度な戦術やスター選手を率いた経験からくるコーチング論(料理の技術)について会話をするのは無理でも、分析(レシピ作り)に関してはお互いに理解できる言葉で価値観を共有できるのです。
日本の現状はレシピなしで料理を作っているようなもので、それでも天才的なシェフはおいしい料理を仕上げられますが、それはその人にしかできない個人の才能に依存した料理で、再現性もありません。そのせいで、カリスマコーチあるいはベテランコーチと、新米コーチ、お父さんコーチではまったく別の競技を教えているかのような隔絶が起きているように見えます。
サッカーを指導する上でまず必要なのは正しいレシピ作りができること。いま時のサッカーコーチ、しかもプロコーチともなれば心理学や運動生理学など様々な分野に精通している必要があるというイメージがあるかもしれませんが、オランダではゲーム分析とトレーニングの作成、コンディショントレーニング、チームビルディングの三本柱さえ理解していれば、あとは専門家に任せていいというスタンスが主流です。
まずはサッカーの分析という名のレシピ作りを学んでください。あなたの個性を載せるのはその後です。


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Photo: Bongarts / Getty Images

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コーチ分析戦術白井裕之育成

Profile

白井 裕之

18歳から指導者としての活動をスタート。24歳でオランダに渡り、アマチュアクラブで13歳から19歳までのセレクションチームの監督を経験。11-12シーズンからアヤックスのアマチュアチームにアシスタントコーチ、ゲーム・ビデオ分析担当者として加入し、その後13-14シーズンからアヤックス育成アカデミーのユース年代専属アナリストを務めた。その後アヤックスのワールドコーチングコンサルタントとして、外国のサッカー協会やクラブとのパートナーシップ下での活動や選手のスカウティングを担当し、2018年11月から提携クラブであるサガン鳥栖のアシスタントコーチを務める。

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