プロクラブも続々参戦、しかし…eスポーツはスポーツなのか?
ドイツサッカー誌的フィールド
皇帝ベッケンバウアーが躍動した70年代から今日に至るまで、長く欧州サッカー界の先頭集団に身を置き続けてきたドイツ。ここでは、今ドイツ国内で注目されているトピックスを気鋭の現地ジャーナリストが新聞・雑誌などからピックアップし、独自に背景や争点を論説する。
今回は、世界的に隆盛する「eスポーツ」について。市場規模を急速に拡大し市民権を得る裏で、「eスポーツはスポーツなのか?」という問いをめぐる応酬もまた激化している。ドイツにおける議論の構図と主張内容を伝えたい。
昨年11月、ニュルンベルクが発表した“新加入選手”について、『シュポルト・ビルト』誌はこう記した。
「1977年にケルンが奥寺康彦を獲得した時の驚きは大きかった。ケルンでその名を聞いたことがある人なんて一人もいなかったのだ。以降ブンデスリーガで多くの日本人選手がプレーしてきたが、奥寺はその第1号だった。そして現在、バーチャル・ブンデスリーガ(VBL)には嵯峨野昴という、1人目の日本人ゲーマーが誕生した」
この文中には、現在ドイツで様々なレベルで進行中の議題がちりばめられている。ブンデスリーガクラブも次々と参戦しているeスポーツは本当にスポーツなのか? 大会として組織されるeスポーツに、社会がスポーツのために作ってきた特権を与えるべきなのか?
政府の見解は
ドイツ連邦政府は2018年に結んだ連立協約(キリスト教民主・社会同盟CDU・CSUと第2党の社会民主党SPDによる連立)の中で、このような立場を表明している。
「eスポーツを完全に独自のスポーツ種目としてフェライン法の適用を認め、将来五輪種目となる展望を支援する」
これは非常によろしくない考えだろう。『フォートナイト』や『リーグ・オブ・レジェンド』(LoL)、『FIFA』をプレーしている時、ゲーマーの体の中では非常に複雑な処理が起きているという。ケルン体育大学の著名な教授インゴ・フロブーゼはある調査で、ゲーマーが1秒につき300もの処理をしていることを観察した。そのストレスは、CL決勝でPKを蹴る時に匹敵するという。また、この時の心拍数は140~150に達し、これはカーラリーのドライバー並み。「それに技術的、戦術的能力が加わる」と『西ドイツ放送』で語ったフロブーゼは断言する。
「eスポーツは明らかにスポーツだ」
ハードウェアとソフトウェアで巨大な収益を得、ベルリンの政治家たちを相手に積極的なロビーを行う大企業はこの手の発言に頬を緩める。彼らは、自分たちのビジネスがスポーツのポジティブなイメージの恩恵を受けること、従来のスポーツが持つ健康への好影響を連想させることを望んでいる。ただ、経済誌『バーシャフツボッへ』が書くように「コンピューターゲームの公益性をめぐり今、連邦議会では最も激しく奇妙な議論が行われている」。
「スポーツにもともとある競争と公益性の価値を、21世紀の若者たちにとって魅力的なものにするチャンスがある」と論じるのは『ターゲスシュピーゲル』だ。eスポーツに公益性があることが本当に認められるとすれば、税制上の優遇措置や補助金の交付を受けられるようになり、学校のスペースを無料で使用できたり、指導者の税金が控除されたりする。さらに、国が用意する年間2億3500万ユーロのスポーツ助成金の一部も受けられるようになるのだ。ブンデスリーガクラブがどんどんプロチームを作り自分たちのブランドを強化しようとしているのは、追加収入を見込んでいるからでもある。
チェスやダーツもスポーツではないか、と賛成派は言う。しかし、eスポーツにはこれらの種目とは根本的に異なる点がいくつかある。
「スポーツではない」2つの理由
まず、チェスやダーツが“不健康ではない”のに対し、ゲームは子供やティーンエイジャーたちがどんどん運動不足になっていく理由の一つとされる。スポーツ科学者とスポーツ医たち71人はこう警告する。
「競争性や運動性を根拠にeスポーツをスポーツと認めることは、スポーツの定義を際限なく広げることになり、スポーツの統一性を脅かす」
eスポーツをスポーツから除外する、重要な理由がもう一つある。それは、ゲームのルールから大会の構造まで、すべてはEAやRiot Gamesといった大企業によって作られており、彼らの主たる動機が「できる限り多くの利益を生み出すこと」だからである。もちろん合法ではあるものの、スポーツと見なすことはできないだろう。「ドイツでのゲームやコンソールなどの売り上げはこの半年で11%増の28億ユーロ(約3360億円)に達した」と『南ドイツ新聞』。この数字をさらに高めるためには、疑わしい手段も厭わない。『シュピーゲル』誌は「ゲームを制作する上で、意識的に中毒になるような要素を入れる場合も多い」と、学術的な研究をもとに指摘している。
公益になるからと助成されるスポーツは少なくとも、純粋な趣味としてそれをやるベースの人たちの間で、極端な商業主義と関係なく機能しなければならないだろう。eスポーツでは残念ながら、それが不可能なのだ。
■ 今回の注目記事
「eスポーツはジョギングにあらず」
eスポーツはスポーツか――市場の盛り上がりとともに議論が過熱するこのテーマについて、営利企業が動かすeスポーツの問題点を指摘し「否」と断言。ただその一方で、たとえスポーツでなかったとしても「文化を促進する」公益性があると認められれば、税制上の優遇措置は受けられる、と提案を行っている。(『南ドイツ新聞』 2019年8月28日)
Translation: Takako Maruga
Photos: Getty Images, Bongarts/Getty Images
Profile
ダニエル テーベライト
1971年生まれ。大学でドイツ文学とスポーツ報道を学び、10年前からサッカージャーナリストに。『フランクフルター・ルントシャウ』、『ベルリナ・ツァイトゥンク』、『シュピーゲル』などで主に執筆。視点はピッチ内に限らず、サッカーの文化的・社会的・経済的な背景にも及ぶ。サッカー界の影を見ながらも、このスポーツへの情熱は変わらない。