ストーミングの旗手#1
現在のサッカー界における2大トレンドとして、「ポジショナルプレー」とともに注目を浴びている「ストーミング」。その担い手である監督にスポットライトを当て、指揮官としての手腕や人物像に迫る。
2019年6月にCLを制してついに欧州の頂点に立ったユルゲン・クロップは、何が優れているのか? 代理人のマルク・コジッケはこう分析する。
「他のトップ監督と同じように、サッカーの理解と知識があることは間違いない。ただ、最大の武器は他にある。それは人との向き合い方だ。ユルゲンが仲間に与える信頼と責任感は唯一無二。ユルゲンは周りに自分より優秀な人材を置くことを厭わず、彼らの力を最大限に引き出す」
現在、リバプールのスタッフは監督を含めて24人いる。最先端のエキスパート集団で、例えばケンブリッジ大学で物理学を専攻したイアン・グラハムがデータ分析の視点からクロップに様々なアドバイスしている。ドルトムント時代のクロップはデータをほぼ活用していなかったが、リバプールでグラハムからプレゼンを受けてすぐに虜になった。
リバプールの食堂に愕然としたというクロップは就任1年後、バイエルンで栄養士をしていたモナ・ネマーを引き抜き、食事改革も行っている。スローインの専門コーチとも契約した。とにかく専門家の力を借りるのがうまい。
何と言っても最大の成功例は、上述の代理人コジッケとの協業だ。2007年、ナイキに勤めていたコジッケが独立して監督特化の代理人事務所を設立し、クロップが最初の顧客になった。彼のアドバイスにより、クロップは7年間率いたマインツとの契約を延長しないことを決断。さらに「テレビの中の代表監督」と呼ばれるほどに好評だった国営放送の解説からも退くことを決めた。監督としてさらに上を目指すためだ。2008年には数々のオファーの中からドルトムントを選び、リーグ2連覇を達成。それが現在のリバプールに繋がっている。
ただし、辛い別れもあった。2018年4月、マインツ時代から17年間アシスタントコーチを務めてきたジェリコ・ブバチがチームを去ったのだ。ブバチは戦術のエキスパートで「クロップの頭脳」と言われていた。マインツでともにプレーした親友でもある。だが2019年8月に発売された新刊『Klopp:Bring the Noise』によれば、ブバチが第4コーチだったオランダ人のペップ・ラインダースの発言力が強まることに嫉妬し、次第にクロップとの関係がぎくしゃくしていったという。いまだにクロップ本人は真相を語っていない。
失敗はすべて糧になっている。リバプール1年目にEL決勝に進出したが、セビージャに敗れて準優勝に終わった。当時クロップは国内と欧州で戦うには、選手数を増やすべきだと考えていた。だが、間違いであることに気づいた。「試合に出ない選手は質が落ちてしまう」。現在は全員が試合に出られるように人数を絞り込んでいる。
人を大事にする“マネジメントのアーティスト”は、これからも観客の心を魅了し続けるだろう。
Photo: Getty Images
Profile
木崎 伸也
1975年1月3日、東京都出身。 02年W杯後、オランダ・ドイツで活動し、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材した。現在は帰国し、Numberのほか、雑誌・新聞等に数多く寄稿している。