日本開催で盛り上がったラグビー・ワールドカップ。その高い注目度は、競技の枠を超えてサッカー界にも影響を及ぼしそうだ。
脳震盪に関するルール導入を検討
11月13日の『シュポルト・ビルト』によると、IFAB(国際サッカー評議会)は、脳震盪に関する選手の特別交代枠の設置に関して検討を進めているという。IFABとは、サッカー界のルールについて検討、実施に携わる国際機関である。その機関が、ラグビーのルールを導入できるかどうか調査を進めているという。
ラグビーのルールに従えば、「脳震盪の検査のために選手がピッチから離れる場合、その間は他の選手が交代でプレーすることができる。治療を受けている選手が10分以内に戻ることができなければこの交代を再び変更することはできず、治療を受けた選手は試合終了まで再びピッチに戻ることはできない」ということになる。
脳震盪に関しては、ドイツのブンデスリーガ1部および2部で脳のスクリーニングをシーズン前に義務付けたことを以前、紹介した。このベースラインをもとに、脳震盪かどうか、その影響の診断がより正確に行われるようになった。しかし、それでも問題が残る。この診断のために行われるSCAT-5テストは、結果が出るまでにおよそ10分かかるのだ。
前後半45分ずつのサッカーで、10分間も数的不利で戦うのは大きなハンデとなる。2020年の3月頃に予定されている次回のIFABの会議では、このハンデを克服するための解決策を検討し合うことが目標となるようで、ラグビーと同じ特別交代枠導入の可否についても話し合われるはずだ。
広報のルーカス・ブルート氏によれば、すでに審判、監督、元選手らから多数の意見を収集し、脳震盪研究の権威の大学教授とともに最適解を模索しているところだという。しかし「このテーマにはあまりに多くの要素が複雑に絡まり合っている。すぐに答えは見つかりそうにない」とブルート氏は話している。
ルール悪用の可能性も? 導入は慎重に
ブルート氏は、さらにラグビーと比較しながら「ラグビーでは毎試合、頭部のケガが付きものだが、サッカーではどちらかといえば例外的なケガだ」と話し、「我々は選手の体を守らなければならないが、同時にゲーム自体も守らなければならない」と続ける。
つまり、目に見えないケガであるため、この「治療のための特別交代枠」を乱用するチームや監督が出てくる可能性を懸念しているのだ。例えば0-1で負けていて、すでに3枚の交代枠を使い切ったチームが、脳震盪を装って“4枚目”のカードを切る可能性は十分にあり得ると識者は見ている。DFL(ドイツサッカーリーグ機構)やDFB(ドイツサッカー連盟)も、どのように頭部のケガを取り扱うべきか、この問題について長期的な調査を要請することが決まっている。
打開策として、第三者医療機関から招いた中立的なドクターが検査・治療にあたる、という案も出ているが、まだアイディアの域を出ていない。ブルート氏は「選手を守るために、何かしらの交代枠を設ける方向に動いていく可能性は大きい。しかし、それが10分間の『一時的な特別枠』になるかどうか、明確な回答を出すには時期尚早だ」と話す。SCAT-5 テストより速やかに脳震盪かどうかが分かる検査はないか、より優れた検査方法はないのか、といったことも検討されている。
様々な利害が絡む問題だけあって、決定案に至るまでにはまだまだ紆余曲折が続くだろう。だが、サッカー界全体で「選手を守ろう」という方向で動き出していることは間違いない。
Photo: Getty Images
Profile
鈴木 達朗
宮城県出身、2006年よりドイツ在住。2008年、ベルリンでドイツ文学修士過程中に当時プレーしていたクラブから頼まれてサッカーコーチに。卒業後は縁あってスポーツ取材、記事執筆の世界へ進出。運と周囲の人々のおかげで現在まで活動を続ける。ベルリンを拠点に、ピッチ内外の現場で活動する人間として先行事例になりそうな情報を共有することを心がけている。footballista読者の発想のヒントになれば幸いです。