時代に取り残される!? 「守備に徹する」CBの存在意義
そうなのだ、大半のセンターバックは今でもそういう選手なのである。「モダン」や「万能」とはほど遠い、昔風のでかくて強い男たち。
けれども、そのスマートではないが安全第一のプレーは監督に信頼され、無骨にファイトする姿勢はファンに愛される。そんな彼らの生きる道。リーガの事情を中心に、スペイン在住の本誌前編集長に綴ってもらった。
「万能」は夢であっても現実ではない
最初に編集部から今回のCB特集のお話を聞いた時「最近のフットボリスタらしい特集だな」と思った。
どんなCBが求められるのか? 誰が時代を先取りするCBになるのか? プレースタイルの変化でCBのプレーもどう変わるのか?
学究的でトレンドキャッチーで先進的である。“最近のサッカーはこうなっていますよ”、“これからサッカーはこうなりますよ”、と教えてくれる。さらに言えば、提案型であり、“だからこうしましょうよ”と新しい道筋を示してくれたり、“だから一緒に考えませんか”と誘ってくれる。勉強になるし刺激になる。
と、これはこれで素晴らしいのだが、一方であまりに一所懸命にやるとコンセプトの進化に現実が取り残されるかも、と危惧していた。理論は追求し過ぎることはないが、肉体には物理的な限界があるのだ。
CBで言うと、マタイス・デ・リフトを理想的なCB像とすると、例えばブルーノ(ヘタフェ)の立場はどうなるのか? ということだ。速くて高くて強くてインテリジェンスに長けてリーダーシップがあり足下の技術がMF並みに高いCBが進化系だとすると、それについて行けないガラパゴス系のCBはどうなるのか?
世界の超一流とされるCBにも必ず欠点がある。ほぼ万能のフィルジル・ファン・ダイクはスペースのないところでのパス出しはいま一つ。ジェラール・ピケは頭の回転スピードは速いが鈍足である。セルヒオ・ラモスは抜群の身体能力と運動神経を過信しポジショニングミスをする。足技が素晴らしいイニゴ・マルティネスは強さが足りず、エメリク・ラポルトは無理なパスを選択しボールロストをする。エセキエル・ガライは頑強である反面スピードが足りない……。
こう挙げてみると、CBというのは弱点を指摘しやすいポジションではないか、とも思えてくる。FWやMFについてはそこまで指摘しやすくないというか、弱点が露呈し得ない役割が与えられればそれで生きる場がある。「速くて高くて強くてインテリジェンスに長けて……」なんて必要は必ずしもなく、ゴール感覚だのドリブルだのパスセンスだのの一芸が秀でていればやっていける。
だが、CBはできれば万能である方が良い。それは最終的には相手FWとの1対1になり、味方ゴール前の中央という最も失点しやすい場所にポジショニングしており、おまけにサッカーが進化してボール出しなんてものもしなくてはならなくなったからである。守備の最終地点であり攻撃のスタート地点であるという大役には、求めても求め過ぎることはない――少なくともコンセプトとしては。しかし、肉体という檻に囚われている人間には「万能」は夢であっても現実であることは極めて少ない。
実際リーガエスパニョーラのレギュラー、準レギュラークラスのCBを見回しても、90%以上が万能とはほど遠い、昔風のでかくて強いCBたちである。彼らはモダンでは全然ないが、一流のリーグのばりばりのプロであることには変わりない。誰もがポゼッションサッカーを目指せるわけではない。“ドーンと前に蹴っておけ”というCBが生きていけるプレースタイルを選択するチームの方がはるかに多い。
“コンセプトは追い過ぎると現実離れする恐れがある”なんてことは現編集部のみんなは百も承知であろう。が、前編集長として老婆心ながら、ここでは“普通に凄い”CB像と、その具体例をリーガの選手を中心に紹介したい。
『コントゥンデンテ』なCBとは?
育成世代からプロまで、スペインでCBを評価する際に最も使われる形容詞が、『コントゥンデンテ』(contundente)である。「あのCBはcontundenteだ」というふうに使われる。これにはいくつかのスペイン語のサッカー用語同様、適切なサッカー的な日本語訳がない。辞書を引くと「説得力のある、強力な。打撃を与える」とある。実は翻訳を担当したマルク・バルトラのインタビューにこの単語が出てきて、迷いつつ「コントゥンデンテではない」というのを「思い切りが悪い、強さが足りない」と訳した。
CBを形容する場合、contundenteとは少々乱暴に言えば「肉体的にも精神的にも強靭である」ことを指す。肉体的な強靭さとは、背が高く胸板が厚く腕力も脚力もあること。精神的な強靭さとは、逆境に強いとかネバーギブアップとかそういうことではなく(いずれもCBに必要だが)、思い切りの良さ、迷いのなさを指す。
つまり、簡単に言えば、ガタイがでかくガーンと当たれ、ドカンと大きく蹴れるのがcontundenteなCBなのだ。
そのためには本人に中途半端に足技がない方が良いし、チームも中途半端にポゼッションサッカーを目指していない方が良い。ボールを奪って繋ごうなんて色気を出してミスするなんてのはもっての外。あくまでガーンとぶつかってボールを跳ね返したり、でかく前やサイドへ大きく蹴り出したりというアクションがcontundenteなのだ。そういう意味では、キック&ラッシュの古典的なサッカーの時代からCBに求められていた原始的なコンセプトだと言うことができる。
原始的ゆえにモダンからは置いて行かれる。
サッカースタイルが進化する過程でcontundenteであることの優先順位は低下。特にスペインではパスサッカーを選択するチームの中でcontundenteではないものの、足技が優れているCBが現れた。例えば、バルトラである。件のインタビューで本人は否定しているが、彼をcontundenteなCBと分類するのは抵抗がある。上背が足りず線が細いし、安全第一のクリアよりもリスクの大きいパスを選択するプレースタイルも違うからだ。
面白いもので、足下の繊細なCBは体型もか細い傾向がある。筋肉の付き方が器用さや俊敏さに影響するのかもしれないし、ファンマ・リージョが言うように脳からの距離が遠いほど刺激の伝達に時間がかかるため、長身と足下の技術は両立しないのかもしれない。
リーガのCBを見渡すと、MF並みのパス能力を持つスレンダーでモダンなCB ――バルトラ、クレマン・ラングレ(バルセロナ)、マリオ・エルモソ(アトレティコ・マドリー)、ガブリエウ・パウリスタ(バレンシア)、ジュール・クンデ(セビージャ)、イニゴ・マルティネス(アスレティック・ビルバオ)、ウナイ・ブスティンサ(レガネス)、アナイツ・アルビージャ(エイバル)ら―― と、その他大勢の古典的でcontundenteなCBの割合は、1対9くらいではないか。
contundenteか否かには育成環境も影響しているように思う。例えば、ラファエル・バラン(レアル・マドリー)だ。彼はボールをサイドラインに大きく蹴り出すのにまったく抵抗がない。足下の技術もなくはないが、安全第一のプレーを必ず選択する。繋ぐことにこだわりがあるスペイン人CB であれば色気を出すところだ。このクリアを嫌がらない姿勢は、南米系のCB、特にウルグアイのCB、例えばディエゴ・ゴディン(インテル)、ホセ・マリア・ヒメネス(アトレティコ・マドリー)にも共通している。スペイン人は他の欧米人や黒人系、黒人の血が混じる南米系に比べて体格で見劣りするので、自らをcontundenteではない、と見なしており、それも彼らをパスサッカー志向とCBの足技志向へ導いたと考えられる。
まとめれば、contundenteなCBとは、ガタイがでかくガーンと当たれドカンと蹴れるCBであり、あれもこれも求められる昨今の傾向からすると、武骨で不器用な彼らは時代遅れであるとも言える。だが、すでに述べたようにコンセプトは進化しても肉体は同じスピードでは進化できない。時代遅れのロングカウンターがラインの上下動と連動したプレスという小さな進化を加えて今も生き残り十分戦っていけているように、contundenteなCBも妥協のない安全第一のプレーで監督には絶対的に信頼され、感情移入しやすい熱血プレーでファンに愛されて、現在も存在感を十二分に発揮している。
そんな彼らを今季リーガで目を引いた順に紹介していこう。
ハードでタフでラフでシンプルな漢たち
新加入組ではジエゴ・カルロス(セビージャ)が傑出している。高くて強くて空中のボールをすべて弾き返す。おまけに足が遅く、荒々しいからイエローも多い。良くも悪くもこれぞcontundente。ボール出しにこだわり過ぎて脆かったDFラインを一変させた。昨季最少失点チームのDFリーダーでキャプテン、ヘルマン(グラナダ)も光る。ポジショニングの確かさ、体の寄せ、クリアの大きさ、仲間を叱り付ける姿、すべてが良い。プレー面で頼りになるだけでなく、ミスを詫びる誠実さで絶対的な人気を誇る。出戻り組のラウール・アルビオル(ビジャレアル)はさすがだ。攻撃的な選手が多く守備が不安定なチームに当たり前の合理的なプレー(弾き返し&イージーなボール出し)で筋を通しており、テクニシャンそろいだったレアル・マドリー時代より大きな存在感を見せている。
この他、新顔ではモハメド・サリス(バジャドリー)がサプライズになるかもしれない。190cm超のサイズで空中戦はほぼ無敵。まだ20歳で経験不足だが、すでにクラブが史上最高値で売れると手ぐすねを引く素材である。アリダネ(オサスナ)も目立つアフロヘアのせいかサイズは公称(186cm/77kg)よりも大きく見える。前に出ず慎重に下がって体をぶつけて攻撃をカットするやり方は、チームの特徴を体現している。すなわちハードでタフである。不調マジョルカのアントニオ・ライージョも同タイプだが負傷してしまった。
リーガ既存の選手で言えば、ロシアW杯でのサミュエル・ウムティティ(バルセロナ)が最高峰。高く強く速く妥協がなく、と足技以外は文句の付けようがない。素材的にはファン・ダイクがいる世界ナンバーワンの地位に最も近い選手ではないか。早くケガ前のパフォーマンスを取り戻してほしい。アトレティコ・マドリーにはcontundenteのお手本が2人、前出のホセ・マリア・ヒメネスとステファン・サビッチだ。熱血漢と冷静沈着と性格は対照的で、ヒメネスの方が前に出ての守備を好みスピードがあるが、高さと強さと遠慮なく潰しに行く、ところは共通。バレンシアはガライ以外では大器ムクタル・ディアカビがいる。ずんぐりむっくりのビッグサイズからの力任せのプレー、若気の至りの気性の荒さでイエローカードを量産する。 そのディアカビと昨季ヘビー級の小競り合いを起こしたブルーノ(ボクシングで鍛えた二の腕は迫力十分)、レアンドロ・カブレラ、ジェネとヘタフェはcontundenteなCBの宝庫。前者2人にはないスピードとジャンプ力がある万能型のジェネには、プレミアリーグ行きの噂が絶えない。ナウド(エスパニョール)、ズハイル・フェダル(ベティス)はボール出しを担当するモダンな相棒(フェルナンド・カレロ、バルトラ)の横で黙々とシンプルなプレーに徹している。フィジカル的に劣る相棒を補完する競り合い要員でもある。弱小ながらしぶとく残留を続けるアラベス、レガネス、エイバルには、ビクトル・ラグアルディア、ディミトリス・シオバス、イバン・ラミスという馬力があるCBがキャプテンとして後ろから締めている、という共通点がある。肉弾戦と空中戦を制し、ロングボールを最前線に送り込んでカウンターの起点にもなっている。
Photos: Getty Images
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Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。