エメリク・ラポルトは、ポジショナルプレーの伝道師ペップ・グアルディオラの下へやってきてから世界中のフットボールファンを唸らせてきた。昨季はマンチェスター・シティの国内3冠達成に大きく貢献し、今季も開幕から活躍。しかしフランス代表にも約2年半ぶりに招集された矢先、絶好調だったバスク育ちのフランス人を悲劇が襲う。プレミアリーグ第4節ブライトン戦で右膝に重傷を負ってしまったのだ。当時「復帰まで5、6カ月はかかる」と明かしたグアルディオラも、ビルドアップの指揮を執るCBの不在に頭を悩ませ続けていることだろう。
「足下の技術に優れ、正確なパスを供給できる左利きのDF」。このようにラポルトはシンプルに紹介されることが多い。ただ、それだけで紹介を終えてしまうにはあまりにも惜しい左CBだ。特筆すべきはシティの強力な攻撃陣に供給される縦パス、いわば「楔」(くさび)の高い精度。右からボールを受けると191cmの長身を伸ばし、視線と体を左サイドへ向けて敵に「横」への展開を意識させながら鋭いパスで「縦」を射抜く。その迷いない決断力も他のCBとは一線を画しており、敵のプレッシャーにも動じない。むしろ、ボールを奪おうと前に出てきた相手選手が手放した背後のスペースを狙う形を得意としているほどだ。
楔を警戒した相手がスペースを埋めてくれば、ボールを運んでいくことも可能だ。元マンチェスター・ユナイテッドの名CBリオ・ファーディナンドは「ボールを運びながら中盤に進出し、主導的にゲームをコントロールするCBが求められている」と現代のCB像を語る。統計サイト『StatsBomb』によれば、昨季シティのCB陣がパスやドリブルで相手のファイナルサードにボールを届けた回数は、1試合平均でジョン・ストーンズが5.41回、ニコラス・オタメンディが6.39回だったが、ラポルトは9.86 回を記録。ボールを前進させてビルドアップを牽引し、敵を動かしながら冷静にスペースを作り出していることがうかがえる。今季も第3節ボーンマス戦では激しいボールハントが武器の相手MFジェフェルソン・レルマをおびき出し、彼が不在となったハーフスペースに陣取るダビド・シルバへ楔のボールを送り続けた。
さらに、左足から矢のようなロングパスを飛ばすことができる彼は、「縦」だけでなく「横」への展開でも違いを作り出す。左SBオレクサンドル・ジンチェンコとのパス交換で相手を揺さぶりながら楔を狙いつつ、機を見て逆サイドのウイングの足下にピタリと合わせる対角線のサイドチェンジで一気に大外へ展開する。パスを1本1本丁寧に繋ぐシティのビルドアップを転調させる最終ラインの指揮者として、ラポルトは真価を発揮していた。
守備でも成長し、失点減に貢献
守備面においても成長は著しかった。シティ加入当初は不安定なパフォーマンスを指摘されていたが、徐々にイングランド特有の高いインテンシティに適応。前への潰しではオタメンディに劣るものの、昨季一時的に左SBを務めたようにサイドのカバーリングは得意だ。シティでは“偽SB”として左SBが内側に入っていくこともありその背後を狙われやすいが、素早く首を振って状況を読み取りながら裏のスペースをケアし、冷静に相手の攻撃をタッチラインへ追い詰める守りで批判を黙らせている。英『BBC』によると、ストーンズ&オタメンディがペアを組んだプレミアリーグの試合における平均失点数は1なのに対し、ラポルト&ストーンズまたはオタメンディの場合は0.6。相手に応じて組み合わせを変えるグアルディオラの下で、パートナーを問わず安定した守備を披露していたことが読み取れるだろう。
ラポルトのケガによって、シティは局面を一気に進める縦と横への展開力を失った。代役としてフェルナンジーニョをCBに起用しているが、ラポルトの抜けた穴を埋められているとは言いがたい。正念場を迎えている名将はどんな手を打つのか。その采配から目が離せない。
Photos: Takahiro Fujii, Getty Images
Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。