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チェルシーとアヤックスが演じた興奮と驚嘆のクレイジーナイト

2019.11.09

花火舞う夜、ピッチ上でも華々しい打ち合い

 英国の11月5日はガイ・フォークス・デー。17世紀初頭に議会爆破を企てた一団の陰謀が失敗に終わったことを記念し、300年以上を経た今でも、夜には全国各地で花火が打ち上げられる。「コモン」と呼ばれる街なかの広場などで10時頃までドンドンパンパン。筆者の住む西ロンドンも例外ではなく、まだノイズに敏感な我が家の子犬は、ハラハラビクビクで吠えまくることになる。だが、今年の当夜、同じ西ロンドンにあるスタンフォードブリッジで、チェルシーとアヤックスが演じた打ち合い(4-4)には、この飼い主も大声を上げ続けた。

 当日は、記者席の上階に当たるイースト・スタンドの2階席で、プライベートなCL観戦だった。試合前には、「1-1の引分けでもいいか」と思っていた。フランク・ランパード新監督の若手登用策が奏功中の今季チェルシーは、グループH第3節でのアヤックス戦で、試合巧者ばりのアウェイゲーム勝利(0-1)を収めてはいたが、実際にはセットプレーを筆頭に守備が難点。ただでさえ攻撃的な上、UEFAによる観戦禁止処分でサポーターの後押しはないが、翌節での雪辱を期しているはずのアヤックスを相手に、失点を最小限に抑えての1ポイント獲得でも仕方はないと思えた。それが、守備の不安は的中してしまったものの、ハイライン同士の両軍が合わせて大量8得点の引き分け。しかも、自軍は3点差からのカムバック。そこに、オウンゴール2発、レッドカード2枚、VARによるゴール取り消しというドラマまで加わった「CLナイト」は、興奮と驚嘆に満ちた「クレイジー・ナイト」だった。

頭をよぎった「早期退散」

 観戦直後には「帰らなくて良かった」という安堵もあった。一部のホーム観衆が去り始めたのは、スコアを1-4とされた55分。サポーターにはあるまじき行動とする意見もあるが、わからなくはない。勤め人にとっては、翌日も会社のある火曜の夜。年配や子連れの観戦者は、試合後の混雑を避けたいところ。筆者もいた東側スタンドは、旧メインスタンドで通路や階段が狭く、スタジアムから出るだけでも時間がかかる。増発があるわけでもない地下鉄への行列は駅の外から続き、天気は雨が降ったり止んだり。最も肝心の試合内容も、チャンスは作れていたが、それ以上にさらなる失点の気配があった。

 開始早々2分の1失点目は、ニアにいたマテオ・コバチッチが敵のFKをヘディングで競ることもできず、背後のタミー・エイブラハムがクリアを失敗してオウンゴールとなった。2分足らずで追いついた時点では、南側スタンドのアウェイサポーター席が無人なことから、奇妙な静けさが流れたスタジアムも息を吹き返しはした。クリスティアン・プリシッチがPKを奪った直後から名前を連呼されたジョルジーニョが、得意の「ホップ・スキップ・シュート」からゴール右下隅にキックを決め、イケイケムードに包まれた。しかし20分、ノーマークだったクインシー・プロメスのヘディングで再びリードを許す。35分には、コーナーフラッグ付近から大胆にもゴールを狙ったハキム・ジエクのFKが、ポスト、そして意表を突かれたGKケパの顔に当たってオウンゴールに。ツキもないと思わせる3失点目だった。そして、ハーフタイム明けには、10分間の攻勢後に痛い不意打ち。ドニー・ファン・デ・ベークの見事なコントロールとシュートは、相手の品格を感じさせるアヤックスの4点目となった。その瞬間、帰りの混雑を避けて別の駅まで20分ほど歩くつもりだった筆者も、「15分ぐらい様子を見て、早めに帰ろうか」と思ったりした。

アヤックスのプロメス

 本当に席を立っていれば、世紀の一戦ならぬ「正気ではない一戦」を見届ける機会をみすみす逃していた。3点差とされた数分後、足首を痛めたメイソン・マウントに代わるカラム・ハドソン・オドイの投入により、3トップ左サイドからトップ下に回るプリシッチを見て、「[4-2-3-1]への変更はニューカッスル戦(プレミア第9節0-1)でも効果があったな」と思いはしたが、まさかスコア上は4-4で、ピッチ上は11対9となる15分間が待ち受けていようとは。

 63分、プリシッチの折り返しにエイブラハムが足を伸ばし、ファーサイドに転がったボールをセサル・アスピリクエタが押し込んだ。2点差としたキャプテンが、両腕をぐるぐると回して周囲を鼓舞し、観衆も希望を取り戻す。その5分後には、プリシッチのドリブルがハドソン・オドイのシュートで終わる1プレーの中で、ダレイ・ブリントとヨエル・フェルトマンの相手CBコンビが、それぞれタックルとハンドで2枚目のイエローをもらって退場に。結果的なPKを、「ジョルジーニョ、ジョルジ〜ニョ!」の大歓声を受けた当人が、今度は左下隅に決めて1点差に詰め寄った。

追撃の狼煙を上げるチームの2点目を決めた主将アスピリクエタ

“ゴールガズム”とマーク・ヒューズと

 そして74分、期待はしていても、信じることまではできなかった同点ゴールをリース・ジェイムズが決めた。クル・ズマのヘディングがバーを叩いたリバウンドを、右足ボレーで叩き込んだ19歳の右SBは自身初のCLゴール。今季のチェルシーを象徴するようなユース出身者の同点弾が、スタンドにおける喜びの爆発度を一層に高めた。筆者の後方からは、「オォォォォォォ〜!」という声の裏返った男性の叫び。わざとだったのかもしれないが、思わず吹き出したファンが他にもいた事実からして、ギャリー・ネビルの“ゴールガズム”を思い出したのは筆者だけではなかったようだ(チェルシーが執念のCL優勝を成し遂げた7年前、フェルナンド・トーレスが土壇場で決勝行きのゴールを決めた、準決勝バルセロナ戦第2レグ解説時の叫び)。

 個人的には、21年前の記憶も頭を過ぎった。CLなど、出場自体が夢の夢だった当時のチェルシーが、開催最終年の欧州カップ・ウィナーズカップで決勝進出を決めた時の記憶だ。3得点が必要となった試合で、その3点目を鮮やかなボレーで決めたCFのマーク・ヒューズが、ゴール裏最前列でサポーターと化していた筆者の目の前で、「出て来いよ」と誘うような仕草。「飛び出したら抱きつけるな」「ピッチ乱入はいけない」「(当時は珍しかった)アジア人ファンを見て、ひょいっと避けられたら恥ずかしい」などと考えている内に、後列から飛び出した数名に先を越され、またとない機会は消滅した。

 だが今回は、席に残っていたことで滅多にない興奮とスリルを堪能することができた。78分にアスピリクエタがチーム5点目を蹴り込むと、周りは歓喜の渦。1分後には、きっかけとなったジョルジーニョのシュートがエイブラハムの手に当たっていたこと確認されて幻に終わるのだが、ハイライトだらけの展開に酔うファンには、逆転ゴールを取り消された痛みも大して感じられない。軽いブーイングは起こったが、VARが正式導入された今季プレミアリーグですでにお馴染みの「ファックVAR!」チャントは聞かれなかった。

 続く数分間は、泥酔者の集まりのように言葉にならない声が上げるだけ。ウィリアンのボレーがGKの正面をつけば「ウォーッあ〜あ」、エドソン・アルバレスのシュートをケパが弾き出し、アヤックスの勝ち越しが回避されれば「ノーォイェッス!」、ハドソン・オドイのミドルが惜しくも枠外に飛べば「イェーィア~……」という具合だ。後半ロスタイム4分に、ミシー・バチュアイが最後のチャンスでシュートを外しても、ベンチを出て間もないFWに対し、「せめて枠内に飛ばせよ」といった声は聞かれず。試合終了の笛が鳴ると称賛の拍手が起こった。

飛び上がりガッツポーズのフランク・ランパード監督

 冷静に振り返れば、ホームで4失点し、20分以上を9人で戦った敵に勝てなかったことになる。1ポイント獲得にとどまったチェルシーは、勝ち点7でアヤックスとバレンシアと並ぶ状態。今季CLでの第1目標である、GS突破の可能性が高まったわけでもない。しかし、平均年齢25歳未満で試合を終えたチームの自信と、「12人目」の士気はさらに強まった。英国人が「クレイジー」の代わりによく使う、「ボンカーズ!」と言いながら出口に向かうファンの顔には、「いい物を見せてもらった」という満足の笑み。帰宅後に確認してみれば、指揮官もサポーターを含むチームスピリットを称え、「この調子なら将来は有望だ」とコメントしていた。

 CLでの直近の未来は、11月27日に敵地で迎えるバレンシア戦。ガイ・フォークス・デーの夜空に上がる花火のように派手な打ち合いを十二分に味わった後だけに、アウェイで着実に0-1勝利という、静かな欧州の一夜が訪れることになっても、それはそれで悪くない。


Photos: Getty Images

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Profile

山中 忍

1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。

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