ドイツの育成改革者が説く「認知」を鍛える新アプローチ
「プレースピードを上げたいのなら、足のスピードではなく頭の回転のスピードを上げなくてはならない」。このラルフ・ラングニックの教えに従い、母国ドイツは育成から選手たちの頭を鍛える新たなアプローチを導入しようとしている。ラングニックらが志向する「ストーミング」を特集した『月刊フットボリスタ75号』では、育成改革の仕掛人マティアス・ロッホマン教授へのインタビューを収録。発売に先駆けてその前半部分を特別公開!
「ゲームインテリジェンス」とは?
フットボールで起こるミスのうち
70%は認知/状況判断/決断が原因
──日本へようこそ。まずはあなたのキャリアについてうかがわせてください。かつては指導者として、あのユルゲン・クロップとも働かれていたそうですね。
「ユルゲンがトップチームの監督だった頃と重なる2003~2006年、私もマインツのU-15チームを指導していたんだ。UEFA-Aライセンスも保持している。その後はベルギーのDouble PASS社が開発した育成評価システムをブンデスリーガの様々なクラブで導入したり、彼らのコンサルティングをしたりしていたよ。今は、ドイツにあるエアランゲン・ニュルンベルク大学で教授をやっている。スポーツ科学やスポーツ医学の講義をしたり、デバイスや育成プログラムを開発したりしているんだ」
──育成プログラムというのは「FUNiño」(フニーニョ)のことでしょうか?
「私たちが進めているプロジェクトは『ゲームインテリジェンス・アプローチ』と呼ばれている。2年間ですべての子供たちが年代ごとに細かく分けられた適切な試合形式でプレーすることを目標にしているんだ。フニーニョはその一環だね」
──ドイツは指導者育成に力を入れていた印象が強いですが、育成プログラムそのものを変えようとしているということでしょうか?
「そうだね。例えば昔、伝染病が大流行していたのにそれが突然ピタリと止んだ。それはある環境医学が働いたからだが、何が変わったおかげだと思う?」
──環境医学ですか。うーん……。
「答えは『水』だ。人々が日々使う水を浄化したことで伝染病の感染者数が大幅に減ったんだ。では、『水を浄化しろ!』と呼びかけるのと、あらかじめ浄化した水を提供するのとでは、どちらの方が効率的だろう?」
──後者でしょうか?
「その通り。つまり、環境そのものを変えなくして、人間は変わらないということさ。40年間過ちを繰り返してきた育成プログラムの改革に私たちが着手しているのも同じことだよ。確かにドイツサッカー連盟は『指導者を育てろ! 指導者を育てろ!』と言い続け、まずは人間を変えようと何百万ユーロも投じてきたが、結局そうやって育てられた指導者たちも“古臭い”スタイルに毒されてしまった。指導者ありきの育成では投資した金額に見合わない。非効率的だよ」
──そうして生まれたゲームインテリジェンス・アプローチは、どのようなコンセプトなのでしょう? “ゲームインテリジェンス”という言葉はヨハン・クライフも口にしていましたが、解釈が難しく想像もつきません。
「ならば講義をしよう。ゲームインテリジェンスには4つのプロセスがある。まずは『認知』――一度ゲームが始まればピッチ上で何が起こっているのか認知しなくてはいけないだろう?次に『状況判断』――そこで認知した状況を頭で理解し、次の状況を予測する。そして『決断』――A、B、Cという選択肢の中から最適解を選ぶ。そうして最後に『実行』へ移るわけだ。そのプロセスを通じて『時間』『スペース』『ボール』という相関した3つの要素をコントロールするのがフットボール。このセオリーがゲームインテリジェンスなんだ。では、こうしたプロセスは何秒間で行われるだろう?」
──ほんの数秒でしょうね。
「平均しておよそ3秒。そのプロセスがフットボールでは連続して行われるんだ。3秒、3秒、3秒…。つまり90分間プレーするとなれば、選手1人あたりこのプロセスを平均1800回繰り返すことになる。チームで計算するとおよそ20000回だ。では、認知プロセスを22000回行っているチームAと18000回行っているチームBが対戦したとしよう。勝利する可能性が高いのはどちらのチームかな?」
──より多く認知プロセスを行っているチームAでしょうか?
「そうだ。もちろん勝つと断言することはできないが、より効率的なチームは勝利する可能性を大きく高めることができる。こうしたゲームインテリジェンスを練習から鍛えるために、私たちは練習に14の評価項目を設けているんだ。試しに世界中で見られるコーンドリブルの練習を分析してみよう。この練習で認知は鍛えられるかい?」
──首を振る必要がないでしょうから鍛えられませんね。
「状況判断は?」
──こちらも鍛えられないでしょう。
「決断は?」
──ジグザグにドリブルするだけで他に選択肢がありませんから鍛えられませんよね。
「では、実行は?」
──実行は鍛えられるのではないでしょうか?
「残念。確かに量は多いが、質に問題があるんだ。ああいったプレッシャーのない状況下でのドリブルは、フットボール固有の動きではないから実行においても十分とは言えない。つまり、こんな練習は“クソ”だが世界中で行われているのが現状だ」
──“クソ”ですか(笑)。
「現場では70%の指導がそうやって実行だけにフォーカスしていて、認知/状況判断/決断にフォーカスしている指導はたった30%にとどまっている。つまり、多くの指導者がフットボールで起こるミスのうち70%は認知/状況判断/決断が原因で、あとの30%が実行だということを知らないんだ」
──ゲームインテリジェンス・アプローチを推進されているのはそうした背景があるわけですね。
「ゲームインテリジェンス・アプローチは育成から実行だけでなく認知/状況判断/決断を同時に鍛えてミスを減らす。これはフットボールをプレーしたことがない研究者が考えた机上の空論ではないんだ。実践的なアプローチとして、ユリアン・ナーゲルスマンやトーマス・トゥヘルなど新世代の指導者たちも賛同しているからね。ただ、私は彼らのように第一線で戦う指導者だけでなく、世界中の育成に携わる指導者に普及させたいと考えている。すでに中国、コロンビア、ハンガリーといった国々で紹介しているように、このアプローチを使って世界中で蔓延している“古臭い”指導法を変えたいんだ。つい先日も、コロンビアで働いている同志からビデオが送られてきて『このアプローチならコロンビアを変えられる!』と言っていたよ。日本も変えられればいいね(笑)」
認知を鍛える新デバイス「エクサライツ」
ゴール/コーン/ビブスの色を変化させ
判断要素を増やしてゲームインテリジェンスを向上
──デバイスも開発されているそうですが、それもゲームインテリジェンス・アプローチと関係が?
「その通り。私たちの大学とスポーツ・イノベーション・テクノロジーズ社で、リアルタイムでゴール/コーン/ビブスの色を変化させ、ゲームインテリジェンスを鍛える最新デバイス『eXerlights』(エクサライツ)を共同開発しているんだ」
──なるほど。まずはエクサライツが誕生した経緯からお聞きしても?
「例えばゲームインテリジェンス・アプローチの一環であるフニーニョは、私がマインツで指導していた頃にやっていた練習メニューの1つでもある。この形式では計4つのミニゴールを使う――それぞれのチームが2つのミニゴールを守って2つのミニゴールを攻めるんだ。そこで赤のチームと緑のチームが対戦したとしよう。赤と緑のコーンを用意し、斜めに向かい合うゴールにそれぞれ同じ色のコーンを置く。各チームが自分の色のコーンがあるゴールを守り、相手の色のコーンがあるゴールを攻めるんだ。そこでコーンをどんどん入れ替えていけば、目まぐるしく攻撃方向が変わるわけだから、選手は顔を上げて素早く首を振らざるを得ないだろう? でも、実際にやろうとすると最低でも3人の指導者が必要になるから実現しなかった(笑)。そこで1人でもスマートフォンやタブレットのアプリ上でコーンやゴールの色を操ることができるエクサライツを開発したんだ」
──時代が追いついたということですね(笑)。
「開発に着手したのは2015年だった。その時代にはすでにみんながスマートフォンを持っていたし、ずっと安く済んだから助かったよ(笑)。エクサライツはエクササイズとライトを組み合わせた造語で、Xを強調しているのはその攻撃方向が由来なんだ」
──ドルトムントやホッフェンハイムが導入しているフットボーナウトもそうですが、ドイツは育成から認知を鍛えるために積極的にテクノロジーを導入していますよね。
「実はフットボーナウトの開発にも携わっていたよ。確かにアイディアは共通しているが、あれを導入するには数百万ユーロが必要になる。だったらはるかに安くて持ち運び可能なエクサライツを買った方がいい。例えば、4つのミニゴールとエクサライツをつけた4人の出し手を置いて、その中に受け手1人とDF3人を入れる。赤色になった出し手がパスを出し、DFがいないゴールにボールを入れる。これでフットボーナウトの完成だ。色に応じてボールを受ける足を変えるようにすれば、両足を使えるようにすることだってできる。エクサライツは練習メニューの幅を広げてくれるんだ」
──ゲームインテリジェンスを鍛えられるのはもちろんのこと、コーンの色を変えてピッチ上の特定のエリアを可視化できるので、戦術トレーニングにも活用できそうですね。
「エクサライツはプレースタイルを植えつける上でも大いに役立つよ。例えばユルゲンのスタイルのように素早くボールを奪い返してカウンターアタックを仕掛けたいのなら、チーム全体が敵陣に入ってコンパクトにならなくてはいけない。それなら、センターラインの両端にエクサライツをつけたコーンを置いて、赤く光っている時はチーム全体が敵陣に入っていないとゴールを決めても認められないというルールを加えればいい」
──その他にはどんな機能があるのでしょう?
「あと、このデバイスには選手のステップ数を数えてくれる機能もあるよ。例えばチームAとチームBで10分間、5対5をやったとしよう。チームAは合計で6000歩、チームBは10000歩。どちらのチームの方がゲームインテリジェンスが高いと言えるだろう?」
──無駄が少ないチームAでしょうか?
「そうだね。同じ条件で相手の30%以上少ないわけだからかなりの差があるし、ビデオを見るまでもなくチームAがボールを持ってゲームをコントロールしていたことがわかる。こうやってゲームインテリジェンスを測る1つの指標として、ステップ数を数えられるようにしているんだ」
Matthias LOCHMANN
マティアス・ロッホマン
1971年、ヘッセン州グロース・ゲーラウ出身。96年にマインツ大学のスポーツ科学部を卒業し、98年にUEFA-Aライセンスを取得。2000年より同大学の医学部で医学博士の道を進み、マインツのU-15チームでアシスタントコーチを務めながら06年に博士号を取得。その後はハイデルベルク大学やケルン体育大学で助教を務めた後、07年にはDouble PASS社の育成評価システムの普及に貢献。08年よりエアランゲン・ニュルンベルク大学で教授を務め、育成プログラムやデバイスの開発などを通じてドイツサッカーの育成改革に携わっている。
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インタビューの後半部分は11月12日(火)発売の月刊フットボリスタ第75号に掲載!
Photos: Sports Innovation Technologies GmbH & Co. KG
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Profile
足立 真俊
1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista