SD退任の真意。RBライプツィヒの「育成クラブ」脱却計画
RBライプツィヒを成功へと導いた要因の一つに、レッドブルグループのネットワークを生かした補強戦略があった。だが、ラルフ・ラングニックは満足していない。SD退任は、さらなる野望実現のための決断だった。
RBライプツィヒは2009年に5部からスタートして以来、右肩上がりに成長を続けてきた。2012年にラングニックがSDに就任してスタイルが定まり、2016年には念願の1部昇格。2016-17にいきなり2位になると、昨季はラングニックが監督を兼任し、初めてDFBポカール決勝に進んだ。
だが、この快進撃に満足してない人物がいる。クラブの創造主であるラングニックだ。SDとしての契約は2021年まで残っていたが、彼は新たな役割をレッドブルに提案した。その任務は“レッドブル帝国”のさらなる繁栄――。
2019年6月4日、ラングニックはレッドブルの「Head of Sport and Development Soccer」に就任することを発表。アメリカのニューヨーク・レッドブルズとブラジルのレッドブル・ブラガンティーノを統括し、両クラブの強化に努めていく。発表会見で彼はこう説明した。
「(監督兼SDを務めた2018-19の)ウィンターブレイク中、シャワーを浴びながら自分の未来を考えた。SDに戻るつもりだったが、自分とクラブにはまだ伸びしろがあると気づいたんだ」
伸びしろとはいったい何か? それがまさに帝国式の育成システムだ。
「この7年間で、ニューヨークからテイラー・アダムスがライプツィヒへ、ブラジルからラマーリョとベルナルドがザルツブルクへ加入した。だが、7年間で3人は少ない。毎年のように第2のアダムスやラマーリョが生まれてくるようにしなければならない」
帝国内のクラブで戦術を共有しているという利点を生かし、独自の育成システムを築こうとしているのだ。RBライプツィヒのCL出場条件を満たすために、表向きにはザルツブルクはレッドブル資本から離脱した。だが今でも連携は続いており、昨季までRBライプツィヒのコーチだったジェシー・マーシュが今季からザルツブルクの監督に就任している。
ラングニックのもう1つの反省点
そしてもう1つ、ラングニックには7年間の反省点がある。RBライプツィヒのアカデミーから、トップで成功する選手を1人も生み出せなかったことだ。プロ契約に至った選手こそ出たものの、戦力には誰もなれなかった。
RBライプツィヒには23歳以下の即戦力に資金を投じる方針があり、アカデミー卒業生が食い込むのは簡単ではない。だが、アカデミーでは16歳の選手をEU圏の他国から引き抜いているのだ。にもかかわらず成功者が出ていない。例えば、2016年夏にフランスのエビアンから当時16歳の二コラ・フォンテーヌを引き抜いたが、3年間で覚醒させられず今夏に移籍金ゼロでリヨンへ手放した。2017年夏にやはり16歳で獲得したポーランドのマテウシュ・マコウィアクやノルウェーのノアー・ジャン・ホルムもU-19チームでくすぶっている。
ドイツ人の育成も迷走している。ドイツU-17代表のニコラス・ゲーリット・キューンを大事に育てていたが、アヤックスに200万ユーロで引き抜かれた。もともとハノーファーの下部組織に所属していたキューンを金にモノを言わせて強奪したのだが、プロ契約目前で他国の名門に出し抜かれた。
どうすれば育成で結果を出せるか? ラングニックが下した結論は、次世代の人間に任せることだった。
これまでアカデミーの責任者は、シュツットガルトで28年間働きサミ・ケディラやマリオ・ゴメスなどを育てたフリーダー・シュロフが務めてきた。旧知のラングニックが招へいしたのだ。だが今夏、シュロフの引退が決定。後任の若手たちが伸び伸びと絵を描けるように、ラングニックは自らの退任に伴い「白紙」を用意したのである。
SDの後任には、パダーボルンを奇跡の1部昇格へと導いたクレーシェ(38歳/以下、年齢はすべて就任当時)を招へい。RBライプツィヒU-15監督のケーゲル(36歳)がアカデミーのスポーツ部門責任者になり、クラブのOBであるシュトライト(35歳)がアカデミーの管理部門責任者になった。そして何と言っても、新監督はナーゲルスマン(32歳)である。クラブの4つの要職が60代から30代へと一気に若返った。
若手たちはラングニックが用意した白紙に何を描くのか? ナーゲルスマンは野心を隠さない。
「今季の目標は金属製のモノ(優勝トロフィー)を手にすることだ」
新SDのクレーシェは「移籍の方針は大きく変えない」と明言しているが、1つだけすでに大きく異なっていることがある。それは高額の獲得オファーが来ても、簡単には売らないということだ。今夏、アーセナルからDFダヨ・ウパメカノ(20歳)に移籍金6000万ユーロ(約72億円)のオファーが届いた。SDがラングニックであればおそらくゴーサインを出しただろう。だが、クレーシェは断った。ナーゲルスマンが「優勝のためにウパメカノが必要」と訴えたからだ。
ラングニック時代の整備により、リクルート部門責任者としてポール・ミッチェル(トッテナムでデレ・アリやトリッピアーを発掘)、スカウト責任者としてローレンス・スチュワート(エバートンの元スカウト)がいる。彼らのネットワークにより今夏、エバートンからアデモラ・ルックマンの獲得やチェルシーからイーサン・アンパドゥのレンタルが実現した。優勝のためには、レッドブル系列からの昇格だけでなく、プレミアリーグのようなトップリーグからの補強も必要だ。
ラングニックが新たな帝国の育成システムを築き、その頂点でナーゲルスマンが本気で優勝を目指す。RBライプツィヒは育成クラブから脱皮しようとしている。
Photos: Bongarts/Getty Images
Profile
木崎 伸也
1975年1月3日、東京都出身。 02年W杯後、オランダ・ドイツで活動し、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材した。現在は帰国し、Numberのほか、雑誌・新聞等に数多く寄稿している。