世界のトップから見た選手たち、保護者の錯覚……
中編では、『キッカー』のインタビューから、ミロスラフ・クローゼの監督として指導方法に関する考え方、実際にバイエルンが彼の思い描く方向への動き始めていることを伝えた。
その一方で、クローゼにはピッチ外でも多くの気付きがあるという。とりわけ、育成年代とはいえ、バイエルンでプレーすることは保護者にとっても大きな意味を持つことがあるようだ。
「代理人や両親は、選手の実際のレベルよりも、さらに先のことを考えている。なかには、すでに息子のプロとしてのキャリアを考えている人たちもいる。選手の保護者と面談すると、自分が実際にトレーニングしている選手とは違う人間について話しているような気がしてくるときもある」
バイエルンの育成機関といえども、「もし今のチームから1人でもトップチームに上がれれば、飛び上がるほど嬉しいだろうね」というクローゼ。現実を知るからこそ、選手たちが「常識」を身につけることにも気を使っている。クラブや清掃員の人々への挨拶をはじめ、リスペクトを示し、礼儀正しくあることはかけがえのない価値あるものだと話す。
スタッフの労力を身に沁みて分からせるために、選手たちにロッカールームを掃除させてみたり、試合後にユニフォームが床に散らばっていたときには、罰として練習時間をひたすらランニングにあてたこともある。サッカーの外の世界を知るからこそ、サッカーを離れたところでも通用する部分の教育・育成にも目を配る。
「システムは守備のときにのみ重要」
また個人の成長に重きを置くクローゼだが、チーム戦術、それに伴うグループ戦術の領域の理解も、個人の成長には含まれる。自身のチームでは、「3バックも4バックも使う。フレキシブルに3枚でも4枚でもビルドアップできるようにしたいし、守備的ハーフが1枚でも2枚でも対応できるようにしたいね」と話す。
さらに、「試合中に頻繁にシステムを変えることはしないけれど、4バックや5バック、4-4-2以外の全てのシステムでプレーしたよ。選手たちは、すぐにそれぞれのシステムごとに切り替えて対応できる」と続け、自身の見解を示した。
「システムは、守備のときのみ重要なんだ。攻撃のときは、スペースを使うからね」
この言葉には、「全選手の動きがチームとして連動し、受け手が次のプレーに移行しやすい正確なパスを中心としたコレクティブなサッカー」を志向するクローゼのサッカー観が端的に表れている。相手を崩すために有効なスペースを作り、見つけ、いかにそのスペースの中で戦術・技術的に適切なプレーを選択し、正確に実行するのか。個のクオリティは、ここに還元されるというわけだ。
これからは「完璧なFW」が必要になる
最後に、今後クローゼの後継者は現れるのだろうか? ドイツ代表として、ワールドカップ歴代得点王の記録を更新するようなストライカーは、再び出てくるのだろうか?
「昔ながらの典型的なセンターフォワードは絶滅するだろうね。将来的には、何でもできる完全なストライカーが必要とされる。センターフォワードの周りでプレーができ、相手陣内深くでボールをキープでき、クロスから点が取れる。ペナルティエリア外からのシュートもうまい。ボールロスト後には、ゲーゲンプレッシングもサボらない」
そのクローゼから見て、完全なストライカーは、同じバイエルンで得点を量産するポーランド代表のロベルト・レバンドフスキだ。ドイツ代表にレバンドフスキに相当する選手は出てくるだろうか?
「当面は難しい状況だ。レバンドフスキは、ほぼ完璧だからね。どこからでも常に点が取れるストライカーは、それだけで付加価値が大きい」
ストライカー育成には、3年から5年が必要だろうと見ているクローゼの指導の下、バイエルンから第2のレバンドフスキ、そしてドイツ代表からW杯得点王が再び現れる日が来るかもしれない。
※クローゼのバイエルンでの仕事ぶりはこちら
※ドイツU-17全国選手権準決勝、バイエルン対ケルンのフルマッチはこちら
Photos : Getty Images
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Profile
鈴木 達朗
宮城県出身、2006年よりドイツ在住。2008年、ベルリンでドイツ文学修士過程中に当時プレーしていたクラブから頼まれてサッカーコーチに。卒業後は縁あってスポーツ取材、記事執筆の世界へ進出。運と周囲の人々のおかげで現在まで活動を続ける。ベルリンを拠点に、ピッチ内外の現場で活動する人間として先行事例になりそうな情報を共有することを心がけている。footballista読者の発想のヒントになれば幸いです。