【対談前編】結城康平×らいかーると:戦術分析は「まちがいさがし」
『欧州サッカーの新解釈。ポジショナルプレーのすべて』発売記念企画#2
7月27日に発売された『欧州サッカーの新解釈。ポジショナルプレーのすべて』は、名将ペップ・グアルディオラによって言語化されたことを契機に世界中へと広がり一大トレンドとなった「ポジショナルプレー」を軸に、WEB発の新世代ライター・結城康平が現代フットボール理論を読み解いていく一冊だ。
前回のベガルタ仙台・渡邉晋監督のインタビュー一部公開に続く発売記念コンテンツとして、5月に発売した『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』(小学館)が大きな反響を呼んでいる人気ブロガーで現役指導者でもある、らいかーると氏と著者が“戦術クラスタ”対談を実施!ともにSNS上で独自の分析の発信を続け、自らの著書を出版するにまで至った2人の“戦術クラスタ”は何を語るのか?
「ポジショナルプレー」は新しい概念ではない
――お二人が戦術分析を始めたきっかけは何だったんですか?
らいかーると「始めたきっかけは、『サッカーの勉強がしたいな!』という気持ち。ブログを書き始めたのは2006年のW杯後なんですけど、当時はインターネットの世界にもなかなかいいヒントが転がってなくて」
結城「それこそ、浅野編集長が運営されていた『Variety Football』くらいでしたよね」
らいかーると「そこで、どうやって勉強しようかな?って考えた時に、『試合を見て戦術分析すればいいや!』って発想になりました。戦術分析をするついでにアウトプットしていけば、いろんな人から無意識に採点されます。そこで、『ネガティブな反応を得られればラッキー!』と思って。もしチラシの裏に書いていたら、『間違っているのか?』『合っているのか?』反応がないのでわかりません。だから、サッカーを勉強するついでに始めたことがいまだに続いているっていう感じですね」
結城「レネ・マリッチも、以前インタビューで似たようなコメントをしていました。彼もらいかーるとさんと同様に、ブログを使って戦術分析へのフィードバックを集めていたようです。
僕も同じように、『アウトプットしたい』というモチベーションはありました。ピッチ上で起こっている事象と自分の解釈が、『どの程度リンクしているのか?』『どの程度リンクしていないのか?』ということは、常に気になっていたので。ただ、僕の場合は他の人の反応よりも監督・選手のコメントとリンクしているかどうかを気にしていました。
そうやってアウトプットしつつ、多くの人からの反響もいただけることをうれしく思いながら書き続けています。らいかーるとさんと違うのは、説明するよりもヨーロッパで言語化された最新理論を紹介することを重視していること。それが自然と『言語化』されてきたものと結びついているんだと思います」
らいかーると「それこそ、ポジショナルプレーで『言語化』されている3つの優位性はすごくわかりやすいです。『そうか、質か!』『ああ、数か!』ってわかりやすい基準を与えてくれるので、戦術分析というよりサッカーを理解する上で必須だと思います」
結城「ポジショナルプレーは新しい概念ではなく、らいかーるとさんの戦術分析に以前から頻出していた内容と重なるところ。一流の監督たちがやっていたことが、よりわかりやすく『言語化』されているんです。グアルディオラと同様に、ベガルタ仙台の渡邉監督も試行錯誤の中で『5レーン理論』を独自に編み出したそうで、今では『ハーフスペース』という言葉も導入しているそうです。そうやって先鋭的な取り組みをしている人はサッカーの根本的なところで通じ合うところがありますよね。それが集合知として言語化されたのが『ポジショナルプレー』。50年くらい前からあったクライフの思想がようやくフレームワーク化されて応用可能になっただけで、それ自体は新しい概念ではないんです」
「ボーダーレス化」が進む戦術議論
――言語化と言えば、らいかーるとさんが戦術分析で使い始めた言葉はよく定着していますよね。“アラバロール”はまさにその筆頭です。
らいかーると「自分の中ではあまり言語化しているという意識はないです。ただ、説明するのに必要な言葉がないこともあるから、適当な言葉で当てはめているだけです。なので、ぜひこの言葉を使ってね!みたいなニュアンスではありません。だから、サッカー漫画で“アラバロール”が出てきた時はマジでビビりました!(笑)
でも、自分が発明したんだ!っていう意識はまったくなくて、自分が言い始めたという意識もまたありません。勝手に一般化したな、っていうくらい。『言葉で説明すると長くなっちゃうから、なるべく短い方がいいかな!』くらいの意識ですかね。わかりやすければいいかな、という感じです」
結城「ただ、らいかーるとさんくらい有名になると『違った目線』の人が見えにくくなったりしませんか? 実際、反応が増えるのはうれしい反面、一つひとつの反応を見逃しやすくなる懸念はあるかなと」
らいかーると「そこはやっぱり、『自分で見て何を学べるか』です。だから、他人の視点を最初から期待しているわけではないですし、逆に他の人の目を通じて見たものとかも最近は簡単に拾えるじゃないですか。そういうところから学ぶこともできます。ただ、自分が見て書くことも大事だし、当然見ることも大事。他の人が書いてるものを見て、『ああ、こういう考え方もあるんだ!』『こういうふうに見えるんだ!』って学べるので、そこはあまり気にしてないですね。本当に試合を見るついでです」
――今はブログだけでなくTwitter上でのサッカー談論も盛んになっていますから、簡単に知見の深い人々と交流できますよね。
らいかーると「いろんな人をフォローしていろんな意見・考えをインプットすることで、自分にはない見方をしている人を見つけると、『あ!そういう見方もあるのか!』って素直に勉強になります。
あと、英語の文献がすぐに流れてくるようになりましたよね。それこそ結城くんが先駆けなのではないでしょうか。『あ、英語で取りにいけばいいんだ!』というのはなかなか思いつかなかった斬新な発想でした。以前からスペイン語で情報が入ってくることが多かったので、スペイン語勉強しなきゃ!と思っていたんですけど、英語でどうにかなってしまいました。そうやって紹介してくれる人が増えたおかげで、世界との差を少し縮めやすくなったのかもしれません。自分の意思さえあれば情報を得られる時代なので」
――結城さんが英語の文献を紹介し始めたきっかけは何だったんですか?
結城「もともと僕はイギリスの大学院に行こうとしてたので、英語の勉強をしたいなと。そこで『どうせなら趣味に関係があるものがいいな』と思って、サッカーに関係があることを翻訳して、紹介するようになったんです。
大学院に行くと図書館でサッカー関連の論文や書籍が簡単に漁れる環境になったので、それをひたすら紹介する生活をしていましたね。僕が通っていた大学院の図書館は深夜2時までやってたので、レポートと課題をやりながらサッカーの文献を読む生活を送っていました。ほとんど、図書館にいた記憶しかありません。
欧州最先端のサッカー思想は勉強になると感じており、まだ日本に入ってきていなかった理論に触れられるのは貴重な機会だなと思いながらやっていましたね」
らいかーると「最初は海外の指導者をフォローするっていう発想すらなかったんですけど、結城くんが紹介してくれたおかげで、彼らが考えていることもわかるようになりました。それこそ、マイケル・コックスは参考になりましたね。言葉は通じなくても、目を通せば同じようなことを書いているという事実を知った時はすごくうれしかったです。向こうの指導者ってどうやって見つけてくるんですか?」
結城「指導者からの紹介が多いですね。面白い指導者は面白い指導者の投稿をシェアしてくれますし、直接やりとりしていても『○○が面白いよ!』って教えてくれます。指導者の中でもボーダーレス化が進んでいるので、国というカテゴリーから取り払われて遠く離れた国の指導者をオススメしたりしてくる。画像や動画で『可視化』されることで言葉が通じなくてもコミュニケーションが取れますし、どこからでも紹介がきていますよ」
らいかーると「今はYoutubeで動画を駆使しながら戦術分析をされている方も増えてきていて、『みんなすげえな!』『超やる気あんじゃん!』って思います。でも、動画は見ないからなあ。10分くらいの長い動画を見ようとすると10分間パソコンの前にいなきゃいけないじゃないですか。でも、文字なら一瞬で読めますからね。それが理由で動画はまったく見ないです」
結城「文字なら好きな時間にインプットできますからね。動画だと自分の欲しい情報があっても、そこまでたどり着くのに苦労してしまう。例えば、ブログだったら自分の気になる投稿だけを見に行けるけど、2時間ある動画の中からすぐに欲しいところを見つけるのは大変」
らいかーると「唯一見れるのは試合が終わった後の振り返り動画です。試合を見たまま入れるから。生放送でやってるっていうこともありますけど、それは楽しいですね。なので、五百蔵さんの動画をよく見ていました。試合終了直後にいろいろ語ってくれるのも面白いです。試合中の解説もいいですけど、ハーフタイムや試合後の振り返りにも力を入れてほしいですね。試合中は自分が集中して見ていることもあっていろいろな情報が入ってきてしまうと、試合を見るのに集中できなくなってしまうので」
「アナリシス・アイ」の正体
――それこそ、お二人はTwitter上でリアルタイム分析もされていますよね。普段、戦術分析を投稿される時もそれくらい素早く書かれているんですか?
らいかーると「昔は30分くらいで書いていました。試合を見る時間も入れると2時間くらいです。2回も3回も試合を見返すことはないです。いわゆるお金が発生する時だけ間違いがないように2、3回見返す時はありますけど、基本的には1回しか見ないです。見たらすぐ消します(笑)。だから、昔は後から指摘されて、確認できねえ!ってなることもよくありました(笑)」
結城「僕も基本的に1回しか見ないですね。確かに2、3回見れば確認はできるけど、直感的な『気づき』は何回見ても変わらない。細かい動きは再度見て確認しますが、全体の文脈は何回見たところで変わらないから。あとは2回も3回も見るようになると1回目の気持ちの入れようが弱くなってしまう(笑)」
らいかーると「わかるかもしれない(笑)。『あとでもう1回見ればいいや!』みたいな(笑)」
結城「どうしてもそうなっちゃうから、集中して1回で終わらせる気持ちで見た方が得られるものが多いと思います。それにしても、らいかーるとさんは気づくのが早いですよね」
らいかーると「それが仕事ですから(笑)」
結城「ロシアW杯のリアルタイム分析でもそうでしたけど、らいかーるとさんが気づいてみんなが気づき始めるみたいな流れがある(笑)。やっぱり『現場で指導されてる方のスピード感はすごいな』と思うことが多いですね」
――戦術分析で育まれた戦術眼は指導現場にも生かされているんですか?
らいかーると「練習メニューの作り方や試合の修正などに生かされています。『なんでこうなるんだ?』っていう理屈ってプロからアマチュアまでそこまで変わらないので役立っています。できない理由を精神論のようなよくわからないものに求めなくても説明できるのは『試合をたくさん見ていて良かったな!』と思います」
結城「理論的に教えてもらえれば、教えられる側も納得がいきますよね」
らいかーると「『こうだからできないんでしょ?』って論理的に言えますからね」
――指導現場では試合映像とは異なってピッチの横から見ることが多いかと思いますが、それによって分析の難易度も変わったりするのでしょうか?
らいかーると「いや、あんまり気にしないです。会場によって変わりますが、普段からサッカーを横で見ているので横でも大丈夫です。リアルタイムでも違和感をすぐに見つけられます。『間違い探し』みたいな感じです。それはたくさん試合を見て、『こういう時にはこうなるだろう!』『ああいう時にはああなるだろう!』っていう基準が無意識に蓄積されているのでしょう。
ロシアW杯のドイツ対メキシコはまさに、『メキシコが変な守り方してるな!』と思って意図を考えていました。当然、空振りになることもありますけど、『普通こうするよね!』からずれていると、『なんか意図があるんだろうな!』と考えます。そうやって『自分の基準から外れているか?外れていないか?』を大事にしています」
結城「その基準を知ることができるのが『アナリシス・アイ』ですよね。僕はずっとらいかーるとさんのブログを読んできているので、なんとなくらいかーるとさんの分析手法を理解していましたが、例・図解もわかりやすくてさらに理解を深めることができました。らいかーるとさんのように定性的な分析をする方がさらに増えるきっかけになるんじゃないかと思います。新書ですからサイズ的にも持ち歩きやすくて電車の中で読んでいても違和感がないですし、計算されてますよね(笑)。らいかーるとさんらしい飾らない文章で書かれているので、指導者・サッカーファンが自然にサッカーのことをもっと深く楽しめるようになる一冊です。すでに大絶賛の嵐となっている『アナリシス・アイ』がさらに多くの方の手に渡ればいいですよね」
らいかーると「たくさんの方から買っていただけているのは、今までブログを書き続けてきたご祝儀だと思っています(笑)。もう言われてしまいましたけど、『自分がどうやってサッカーを見ているか』をなるべく隠すことなく詰め込んだつもりです。あとは書いている時に、ブログで使っている言葉をできるだけ使った方がブログから読んでくれている読者は喜んでくれるだろうなと思っていたので、そういう目線でも楽しんでいただければ一番です。もうそういう人たちは買ってくれたと思うので、本当にありがとうございました」
■『ポジショナルプレーのすべて』発売記念企画
#1 渡邉晋が挑戦する「言語化」日本サッカーを成熟させるために。
#2 対談前編:結城康平×らいかーると戦術分析は「まちがいさがし」
#3 対談後編:結城康平×らいかーると「ポジショナルプレーVS和式」論争
Photos: Bongarts/Getty Images, Getty Images
Profile
足立 真俊
1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista