徹底分析!セルヒオ・アグエロはなぜ簡単にゴールできるのか(上)
セルヒオ・アグエロ――マンチェスター・シティの選手として200得点以上を決めクラブ歴代最多記録を更新し続けている男は、プレミアリーグにおけるゴール率1位(0.69)の選手でもあり、疑いの余地なく現代フットボール界最高のゴールハンターの1人だ。
今回は、彼のプレーのどこが優れているのか、スペインでの指導経験が豊富な坂本圭氏に分析を依頼。マンチェスター・シティ増刊号の発売を記念して、“4冠”の立役者となった男の卓越性を、様々な角度から紐解いてもらった。
ストリート育ちの即興性
なぜ、ストリートサッカーからクラック(名選手)が生み出されるだろうか?
エスター・テーレン(発達心理学者)の研究によると、「私たちの行動は、文脈や個人の発達史に基づいて、瞬間瞬間に再構築される」。
フットボールに置き換えると、プレー(行動)は、状況(文脈)や個人が今までに身につけた選択肢・過去の記憶(発達史)に基づいて、瞬間瞬間にプレー状況を認知し、その状況を解釈し、過去の記憶の中から類似したプレーを選択し、実行する。そして、それを記憶に定着させて学ぶ(再構築)という考え方だ。
これが「自己組織化」であり、自己組織化から創発が発生し、その結果として即興プレーが発生するのだ。
アグエロやメッシ、その他多くの南米のクラックたちは、ストリートでの自由な遊びの中から様々なプレーを実践し、狭いスペースでの即興性を身につけている。
アグエロはファイナルゾーン(ピッチを横方向に3分割した時、最も相手陣寄りのゾーン)で、動きを止めることなく、次から次へとプレーを連続させる。目まぐるしく状況が変化し、相手もチームメイトも密集する最も複雑性が高いペナルティエリアの中で、冷静にその状況に最適なプレーを実行することができるのは、チームメイトとの相互作用と、日々のトレーニング、そしてストリートサッカーでの経験による。
試合中、その過去の記憶とチームメイトとの相互作用により、自己組織化が起こり、結果として試合の状況に最適なプレーオプションを直感的かつ無意識的に選択し、それが創発という即興プレーとして表出するのだろう。
近年のアグエロは、グアルディオラの影響を受け、攻守両面に活躍できる完璧なストライカーへと成長した。
今回は、まずパコ・セイルーロが提唱する認知構造の空間的-時間的知覚を基にアグエロのフットボール選手としてのスピードとプレーの特徴を詳らかにし、次にマンチェスター・シティのゲームモデル内においての個人の役割「個人のポジショニングの基礎」を分析した。
現代フットボールは、個人能力だけで試合を決定づけることはできない。選手1人ひとりにポジションごとの役割があり、その役割を遂行することでチームプレーが成り立っている。
そのような理由で、今回の分析を行うには、フットボールの4局面(攻撃、守備、攻守の切り換え)それぞれの分析する必要があった。
なお、分析に用いたのは2018-19のプレミアリーグの3試合(ハダーズフィールド戦、サウサンンプトン戦、チェルシー戦)と、CLグループステージで対戦したホッフェンハイム戦の合計4試合である。
認知構造の空間的-時間的知覚
アグエロはシュートをする瞬間、ゴール方向を見なくても枠を捉え、決めることができる。認知構造の空間的知覚能力に優れ、自分がピッチのどこでプレーをしているのか、GKやゴールの位置と距離と方向を瞬時に把握し、イメージだけでシュートをすることができるのだ。
また、ボールを受ける前に周りの状況を見て、チームメイト、相手との距離を瞬時に把握し、多種多様なプレーオプションからその状況に最適なオプションを素早く実行に移すことができるのも特徴だ。
FCバルセロナで21年にわたりフィジカルコーチとして働き、今シーズンからFCバルセロナの育成年代メソッド部門ディレクターを務めることになったセイルーロは、フットボールにおけるスピードと時間の関係についてこのように述べている。
「試合の中で起こる様々なプレー展開を、最適な形で分析、実行、解決することが求められる」
セイルーロは「時間的知覚」という概念を提唱し、その中の1つ「事柄の予測」(リアクション反応と予測) を「プレー前」(ボールを受ける前)/「プレー中」(ボール保持者)/「プレー後」(ボールをパスかシュートした後)の3つの局面に分類している。
アグエロは 「プレー前」に周囲の状況を素早く、的確に認知して予測。 「プレー中」は、近くにいるチームメートと相互作用しどのタイミングで、どのくらいのスピードでプレーをするかを認知し予測し実行するか、あるいは予測したプレーと違えば、次のプレーオプションを瞬時に選び出し実行に移す。
「プレー後」 は、次のプレーを予測し、自身のポジションの役割の中で最適なポジションへ素早く移動する。彼はこれを即興的にかつ素早く実行することができるのだ。
最近の脳科学でも明らかになっているが、人間の行動は直感的で無意識的であり、脳が考える2秒前に体は動き出している。脳は2秒後に、自分が考えて決断し、行動したと“思い込む”ようなのだ。
D.S.バセットとマイケル・S. ガザニガは、行動の道筋についてこのように説明している。
実行された一連の行動は意識的な選択のように見えるが、実は相互に作用する複雑な環境がその時に選んだ、創発的な精神状態の結果なのだ。
アグエロのようなクラックは、多種多様なプレーオプションの中から瞬時に、その状況に最適なものを過去の記憶から無意識的に選び、最適なタイミングで実行に移すことができる。
フットボールに必要なスピードをすべて持つ
アグエロは、セイルーロが提唱する「フットボールの5つのスピード」をすべて持っている。
1. スタートのスピード(3〜5m)
マークを外してパスを受ける。または相手のパスを予測してパスをインターセプトする等。
2. 介入(プレーに参加する)のスピード(2〜3m)
1対1、ストップ、方向転換、素早いサポート、ボールポゼッションをするのに必要な能力。
3. リズムの変化(20〜30m)
突然、最大のスピードでプレーを始め、それを維持する。
4. 実行のスピード(2m)
ある特定のアクションを実行するか、様々なアクション・テクニックをの最大限スピードで実行する(ボール・コントロール、ターン、シュート等)。
5. 間欠的スピード(3〜5m)
・中間で止まったり、スピードを落としたりする中で、連続したアクションを最大のスピードで実行する。
・最大限のスピードか90%のスピードで様々な方向に走ったり、止まったりする。
おそらく、アグエロは30m走をしたらそんなに速い方ではないだろう。彼の最大の特徴は3~5mの「スタートのスピード」 (例:マークを外すスピード)であり、相手の背後(視野外)にポジションを取り、マークを外すタイミング、相手の意図を見透かしたように逆を取る動きが本当に素晴らしい。
相手の背後のスペースでボールを受けるのか、またポストプレーをするのか、相手は読めないことであろう。いつもフリーでボールを受けることができるのは、この「スタートのスピード」があるからだ。
移動するスピードではなく、周囲の状況を認知し、チームメイトとの相互作用をする中で相手の読みの逆を取る予測力と、空いているスペースを見つけてそのスペースに最適なタイミングで入る。これもまた「スタートのスピード」であり、 これによってマークを外す能力が、アグエロが毎シーズン、リーグで20得点以上を決めることができる秘訣であろう。ケガさえしなければ30ゴールも可能だと思う。
アグエロは特にゾーン3(ファイナルゾーン)において、動き出したら、決してボールがラインを割るまで動きを止めることはない。セットオフェンス時のCFの役割の1つである「パスをした後、アクションを連続」(「間欠的スピード」)して、素早く次から次へと実行に移せる即興力がある。
つまり、状況の認知と意思決定のスピードが速いのだ。このように絶えず状況が目まぐるしく移り変わるファイナルゾーンで的確な意思決定が素早くできる即興プレー力は、南米選手特有ではないだろうか。
リズムの変化
プレーするにあたり最も重要なのが、「リズムの変化」である。
「リズムの変化」とは時間のコントロールであり、相手が体感するスピードの変化である。アグエロは、この「リズムの変化」が抜群に巧い。小柄(173cm)で細かいステップとリズム、緩急をつけたドリブルで相手を置き去りにしてあっという間にゴールする。
またペナルティエリア外から弾丸ミドルシュートも決める。足の振りが小さく速い「実行のスピード」 (コントロール、ターン、シュート)があるので、GKもDFもいつシュートするかを見極めるのが難しく、タイミングを外される。
メッシのようにワンステップごとにボールに触れる「介入のスピード」(1対1の状況)もあり、瞬時に相手を抜き去りシュートを決める。また、相手がスライディングタックルをするとボールタッチが早く細かいのでPKを獲得しやすい、というメリットもある。
アグエロはセイルーロが提唱するフットボールの5つのスピードのすべてを兼ね備え、完成された素晴らしいストライカーであることが理解できると思う。
Photos: Getty Images