思想は革新、歩みは着実。奈良クラブ、JFLでの現在地
ピッチ上で困難に直面する奈良クラブ
完敗——力の差を見せつけられた結果だった。
内村圭宏、橋本英郎、園田拓也、駒野友一、修行智仁といった元Jリーガーの実績者に加えて、JFLで2年連続2桁得点の桑島良汰、4年連続2桁得点・4年連続ベストイレブンの有間潤らを擁する巨大戦力。雨の降りしきる「夢スタ」にて、FC今治に対してシュート数3対20、スコア0-2という結果を突き付けられた。
試合後に杉山弘一監督が「コントロール、パスが上手く、球際も簡単にやらせてくれない強さがあった。Jリーグを本気で狙っている強いチームだと感じた」と語ったように、戦術やチーム力以前に、そもそもの戦力値について大きな開きがあったと言わざるを得ない。
昨年11月より新体制に移行し、注目を浴びた奈良クラブ。『サッカーを変える、人を変える、奈良を変える』というビジョンを掲げ、『学び』をキーワードに様々な革新的な取り組みを開始しているが、ピッチ上では困難な状況が続いている。
シーズン折り返しの15節を終えた時点で16チーム中14位、4勝3分8敗という数字は褒められたものではない。JFL昇格以降の最高順位は7位、昨季も8位に終わるなど決して抜きんでた強豪ではなかったが、林舞輝GMの抜擢、J3優勝経験もある杉山監督の招聘など期待値も高かっただけに、そろそろ風当たりも強くなってくるかもしれない。
着実に戦術的進歩を見せる奈良クラブ
ただ、この試合について結果は完敗だが、何もできなかったとも言い切れない。
毎試合応援しているサポーターからはじれったくも感じられるだろうが、開幕戦(対ヴィアテン三重)、第7節(対FC大阪)、そしてこのFC今治戦と、ちょうど2カ月毎に試合を観戦した筆者からすると、大きな進歩をしているように感じられた。
開幕戦の奈良クラブはまだまだチーム構築の初期段階といった様相で、三重戦の戦術については乱暴にまとめると「[5-4-1]システムで後ろの守りをしっかりと固め、手数を掛けずに体格優位なFW陣に早めに当ててゴリ押す」というものだった。相手の見事なフリーキックにより0-1の敗戦とはなったが、プラン通りにショートカウンターを許さず、無得点に終わったもののリスクをかけずに突き崩せそうな雰囲気もあった。ただパスのつなぎはおぼつかず、人数をかけながらどこか危うさのある守備対応など、チームとして産まれたての小鹿状態にも見えた。
続く2カ月後のFC大阪戦。なんということでしょう、守備は人海戦術ではなく4バック、攻撃も放り込むのではなくて、しっかりと自分たちでボールを保持して前進する奈良クラブの姿が。アンカーがDFラインに落ちるサリーダ以下略を織り交ぜつつ、FC大阪の[4-4-2]プレッシングをいなす。相手に有効なカウンターをほとんど許さずに、主導権を握り続けて1-0で勝利を飾った。
そして今回の今治戦。「ビルドアップから中盤にかけて、この雨の濡れたピッチの中で選手たちは勇気をもって前へ進んでくれた」と杉山監督も語ったように、今治の強烈なプレスにも慌てずに(多少のミスはあったが)、ボールを回して前進を試みた。しかしながらその次、ピッチ残り3分の1でのプレーにはまだまだ課題があると言える。これはFC大阪戦でもそうだったのだが、狙いは見て取れつつも最後の局面で精度やスピードが上がらずに、なかなか効果的な攻撃が繰り出せていない。
ここはまさに「いま仕込んでいるところで、このメンバーで点を取るためにバリエーションや精度を上げていっている最中。セットプレーやクロス、コンビネーション、ミドルシュートを狙う、シュートと見せかけての連係など、精度を上げてバリエーションを増やしていくことで得点は取れるようになると信じている」(杉山監督)とのことで、ファンも我慢が必要な部分だろう。
逆に、失点数リーグ最少3位タイの数字が示すように守備は安定している。この試合についても20本のシュートを浴びながら、奈良視点で見ると“完全に崩された”場面はそこまでなかったのではないか。体を張る部分やカバーリングなど、チームとしての連動や選手個々の反応も開幕戦と比べて鋭くなっているように感じた。
結果以外の指標が持てるかどうか
私がこういうことを書くとだいたい裏目に出るので恐ろしいが、現状そこまで悲観する必要はないのではないか。開幕から4カ月の間に、チームは大きな成長を遂げているように見えるし、もうひとつ殻を破ろう、できることを増やそうと精進を続けている。
「我々も今日は負けましたけど、もう一度対戦はあるのでしっかりトレーニングして勝てるように準備したい」(杉山監督)
もちろん最初に述べたように、リーグ最上位クラスとは大きな戦力差があるわけで「即昇格を目指す」ことに重点を置くのならば早急な補強は不可欠だろう。もっと目先の勝ち点を拾える戦術の選択肢もあるのかもしれない。
ただチームは今、「学び」を体現して進もうとしている。クラブも、選手も学びを続ける。ファンもそれについていくために学ぶ必要がある。サッカーにも学問にも、一足飛びに目標へ到達するような魔法はなく、地道な積み重ねが必要だ。
チームの変化や前進を感じ取れるか、温かくも厳しく、それでいてやはり温かい目で批評が出来るか、結果以外の指標が持てるかどうか。クラブのビジョンからは、ある意味ファンにも厳しい要求が突き付けられている。見方によっては、これほど応援し甲斐のあるクラブもないだろう。
「だから奈良クラブの目標は、自分たちの活動を通じて学びの型と一歩踏み出す勇気を体現していくこと。そして、それが多くの人に波及して街が変わっていくことが、奈良クラブがやるべきことだと思うんですね。だからサッカーが起点にはなるけれども、結局は今の選手が今できないことができるようになって、勇気を持ってやれるようになっていくことを通じて、多くの人に影響を与え、ゆくゆくは奈良という街が変わっていくところまで広がっていくきっかけになりたいっていうことですね」
(参照元:創業300年の中川政七商店十三代。奈良の改革に挑む「工芸界の救世主」)
Photos: Jay
Profile
ジェイ
1980年生まれ、山口県出身。2019年10月よりアイキャンフライしてフリーランスという名の無職となるが、気が付けばサッカー新聞『エル・ゴラッソ』浦和担当に。footballistaには2018年6月より不定期寄稿。心のクラブはレノファ山口、リーズ・ユナイテッド、アイルランド代表。