『 サッカー“ココロとカラダ”研究所 』 発売記念! まえがき特別公開
7月12日に発売された『サッカー“ココロとカラダ”研究所 イタリア人コーチと解き明かす、メンタル&フィジカル「11の謎」』 は、体系的に語られることが少ないサッカーの「メンタル」と「フィジカル」に光を当てた一冊だ。なぜ本書を世に出そうと考えたのか――共著者の片野道郎氏による「はじめに」を無料公開する。
サッカーというゲームは、テクニック、戦術、フィジカル、メンタルという4つの側面を持っている。この4つの側面は、試合の展開・内容・結果を様々な形で左右し、決定づける。例えばこんな風に。
・リオネル・メッシが、相手の重心の逆を突くフェイントと柔らかいボールタッチ、そして鋭い加速によるドリブル突破でセルヒオ・ラモスを翻弄して抜き去り、決勝ゴールを決める(テクニック)。
・マウリシオ・ポチェッティーノ監督が試合中にシステム変更を指示、陣形のかみ合わせをずらすことで局地的な数的優位を作り、そこから相手を崩して勝利を収める(戦術)。
・前線からの厳しいプレッシングでレアル・マドリーに最終ラインからの組み立てを許さず、逆にミスを誘っての逆襲速攻で困難に陥れていたユベントスが、後半息切れしてプレスが効かなくなり、ボールを支配されて劣勢に追い込まれる(フィジカル)。
・第1レグを3-0で制したバルセロナが、敵地アンフィールドでリバプールに3ゴールを献上、終盤に入って集中力を切らし、ボールから目を逸らした隙にコーナーキックから決勝点を喫する(メンタル)。
私たちがサッカーについて語ったり分析したりする時には、この4つの側面のうち、テクニックと戦術に焦点を当てることが多い。この2つを理解し掘り下げるための視点や知識は、すでに整理され体系化されているので、私たちのような一般的なファンであっても、プロと大きく変わらないアプローチによってテクニックや戦術について考えたり、解釈したりすることが可能だ。
ところが、フィジカル、メンタルという側面に関してはそうはいかない。それを読み取り理解する手がかりになるような鍵がまだ手に入っていない、そのために必要な視点や知識が、それなりに整理された形で提供されていないというのが現状である。
もちろん、試合やプレーのフィジカル的、メンタル的側面に着目すること、それがどのように働いているのかを観察し推測することはできる。例えば、後半になってプレスが効かなくなったのは、FWが疲労して運動量が落ち、敵のCBがフリーでパスを出す頻度が高くなったからだとか、バルセロナはアンフィールドの空気に気圧されて茫然自失となったのだとか、そういう印象論的な推測はできるし、それが実際に的を射ていることも少なくないだろう。
だが、それをプロの現場で行われているのと同じやり方で取り扱い伝えるという試みは、日本に限らずイタリア、そしてヨーロッパのメディアにおいても、ほとんど目にすることはない。そもそも、フィジカル、メンタルという側面が、プロの現場でどのように扱われ、それを向上させるためにどのような取り組みが行われているのか自体についても、私たちは十分な知識や情報を持っていない。
『サッカー“ココロとカラダ”研究所』は、そうした現状を出発点として、私たちにとってまだ多くの面で未知の世界であるサッカーのフィジカル、メンタル的な側面に分け入ってみようという狙いを持っている。深い森のような未踏の地であるがゆえに、しっかりした地図があるわけでもなく、探索はいわば手探りの旅になるだろう。テーマを整理しながら体系的に読み解いていくというよりも、現場における取り組みを具体的に取り上げながら、それを手がかりにして理解を深め、少しずつ全体像を掴んでいこうというアプローチだ。
とはいえ、ほぼ完全な素人である筆者1人だけでは、その探索は荷が重過ぎる。そこで、プロの現場を肌身で知るナビゲーターの助けを借りることにした。その道案内役を務めてくれたのは、イタリア・セリエCのクラブで監督を務め、現在は女子サッカー・セリエB(2部リーグ)で戦うチェゼーナ・レディスを指揮するロベルト・ロッシ。チェゼーナの育成部門で若き日のアリーゴ・サッキの薫陶を受け、プロ選手としてはセリエBのベネツィア時代にアルベルト・ザッケローニの下でプレー、引退後はコーチとしてもラツィオ、インテル、トリノでザッケローニのスタッフを務めたあとに監督として独立したという経歴の持ち主だ。
選手、コーチ、監督という異なる立場からプロの現場を当事者として経験してきたエキスパートと語り合いながら、サッカーにおける「フィジカル」「メンタル」という2つの側面について様々な角度から掘り下げ、それを積み上げることで全体像に迫って行こう。以下、サッカーのメンタル的側面を監督はどう捉え、どう取り組んでいるのかという話題を出発点に、この森の中に分け入っていくことにしよう。
サッカー“ココロとカラダ”研究所
イタリア人コーチと解き明かす、メンタル&フィジカル「11の謎」
好評発売中!
Photo: Donnycocacola on Unsplash
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。