港湾都市として栄えたスコットランド、グラスゴーの地で労働者階級を惹きつけるクラブ。それが、レンジャーズだ。1872年に創立され、同都市を本拠とするセルティックと熾烈な争いを繰り広げてきた名門にとって、ここ数年は臥薪嘗胆の時期となった。2012年に破産による4部リーグ降格を経験し、トップリーグから姿を消すことに。1強として君臨するセルティックを横目に、2016-17シーズンに悲願の1部復帰を果たした。そして昨夏、リバプールのレジェンド、スティーブン・ジェラードを監督に招へいして覇権奪回を目指した古豪は、「戦術的ピリオダイゼーション」の導入にも積極的に取り組んでいる。
2017年3月、ジョゼ・モウリーニョとも親交がある「ポルトガル新世代の指導者」の一人、ペドロ・カイシーニャの監督就任は一つの転機となった。「ピアノを上達させるために、ピアノの周りを走る必要はない」というモウリーニョの言葉を好んで引用する男は、「フィジカルは重要な要素だが、最重要ではない」と主張。激しい肉弾戦が好まれるスコットランドのフットボールに、「ゲーム全体を理解することを重要視する」新たな価値観を持ち込んだ。「ロナウドとメッシはどちらも世界トップレベルの選手だ。ロナウドのようなフィジカルや高さは重要だが、フィジカルだけですべてが決まるわけではない」と語るカイシーニャは、レンジャーズに戦術的ピリオダイゼーションの土壌を与えることになる。指揮官としては短命に終わったものの、彼の導入した哲学をクラブは受け継いでいく。
現モデルは「ボール、ゲーム、身体、精神」
レンジャーズは育成年代の指導改革にも着手した。2017年には、マンチェスター・シティのアカデミーを7年間統括していたマーク・アレンをフットボールディレクターに招へい。戦術的ピリオダイゼーションを導入するウェールズ出身のUEFA Aライセンス所有者の存在は、育成組織のレベルを飛躍的に向上させた。さらには、現役時代にレンジャーズやニューカッスルなどで活躍した元デンマーク代表FWペーター・レーベンクランズをコーチングスタッフに加えるなど、ユース世代の指導者に積極的に投資。2018年には、監督経験もあるビリー・カークウッドを「ローン・マネージャー」に抜擢した。彼が欧州各地で武者修行中の若手選手を視察し、サポートすることによって、クラブを離れた状態でも「健全な成長」を手助けしている。
クラブは「欧州トップクラスのユースチームを目指す」という目標を掲げているが、それも夢物語ではないはずだ。実際、2月にカタールで開催されたアルカスカップ(欧州、アジア、アフリカから12チームが出場)では、レンジャーズのU-17チームが優勝を成し遂げた。柏レイソルも参加した同大会を含め、ユース世代は国際的な大会での存在感を高めている。
同時に、スコットランドのユース代表にも次々と逸材を送り出しており、21歳のロス・マクロリーはU-21代表の主将を務めた。10代の頃からレンジャーズに所属する生え抜きは、CBと守備的MFに柔軟に対応。昨季からトップチームでも出場機会を得ており、「レンジャーズだけでなくスコットランドの未来を背負う存在」として期待されている。
2016年よりコーチングスタッフに加わり、昨季は10月からトップチームの監督を務めたグレアム・マーティは、現在U-20の監督として働いている。戦術的ピリオダイゼーションの信奉者として知られる44歳は、「レンジャーズの伝統的なモデルは『戦術、技術、フィジカル、メンタル』の4要素に分割されていた。しかし、今は『ボール、ゲーム、身体、精神』という4要素として解釈されており、指導者は『すべてのトレーニングに4要素を組み込む』ことを意識している」と説明。「試合の局面も4局面に分割していて、『ポジティブトランジション、ネガティブトランジション、ボール保持、ボール非保持』の局面に合わせ、様々なトレーニングを構築している」と言う。
「フットボールの最先端を走りたい」と語るマーティを右腕に、ジェラードが率いるチームは2018-19シーズンのスコティッシュ・プレミアシップを2位で終えた。虎視眈々と宿敵セルティックの絶対王政を崩そうとしているレンジャーズの取り組みは、世界で最も熱狂的なダービーの一つである「オールドファーム」を再び盛り上げてくれることだろう。
Photos: Getty Images
Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。