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日本人はなぜオーバーワークを美化するのか?「サッカー×医学」の根深い問題

2019.05.30

2018年5月に創設されたフットボリスタのオンラインサロン「フットボリスタ・ラボ」。国外のプロクラブで指導経験を持つコーチに部活動顧問といった指導者から、サッカーを生業にこそしていないものの人一倍の情熱を注いでいる社会人や大学生、現役高校生まで、様々なバックグラウンドを持つメンバーたちが日々、サッカーについて学び合い交流を深めている。この連載では、そんなバラエティに富んだラボメンの素顔とラボ内での活動、“革命”の模様を紹介していく。

今回は、ラボ2期生で加入し、医師としての専門的な知見を提供している村山瑛さん。子供世代のサッカー指導者でもある彼独自の視点から、日本サッカー界と医学にまつわる様々な問題について語ってもらった。

“お父さんコーチ”のラボとの出会い

── まず自己紹介をお願いします。

 「医者になって10~11年、整形外科になって約8年で、今年で38歳です。実はそんなにスポーツ医療に関わってきたわけではなく、一般の骨折や腰痛などの診療がメインです。サッカー関係だと、試合や練習でケガをした子供を診ることが多いです。約4年前からリハビリ中心の病院に異動してきて、その中でプロのスポーツ選手とも関わりがあります」


── 栃木出身とのことですが、お勤めもずっと栃木で?

 「はい、基本は栃木県です」


── サッカーを子供たちに指導し始めたきっかけは何だったんですか?

 「もともとサッカーに親しんでいたんですが、指導は息子が始めたのがきっかけです。いわゆる“お父さんコーチ”です。ただ競技経験はないので、どうやって練習しようということで、本やネットで情報を収集し始めました」


── 今は教えて何年くらいなんですか?

 「約2年です。指導者D級ライセンスを取って約1年半です」


── そんな中、なぜフットボリスタ・ラボに入ろうと思ったんですか?

 「何を勉強したらいいかわからないので学びたいというのと、サッカーの世界ってどんなところなのかな、という興味もありましたね」


── 医師の立場からスポーツの現場を見て思うことはありますか? 練習をやり過ぎるという問題もありますが。

 「持論ですが、『イチローはケガをしない』って言うじゃないですか。あれが良くも悪くもロールモデルになっていますよね。ハードな環境の中でもケガをせずに乗り切れるのが良い選手なんだという風潮を感じます」


── 今ヨーロッパサッカーの現場には、医学を含め科学的な知識がどんどん入ってきていてエビデンスに基づく練習が行われるようになっています。それこそ練習をし過ぎてケガをしたり、『休み=悪』と捉えられる風潮は明らかに間違っていますよね。

 「負荷とか量の問題については、どんどん研究が積み重なっていくので、結局何が良いのかは今の段階でもはっきりと答えられないのが難しいところです。僕は何が一番良いかより、最低限何がダメかをまず考えた方が、正解に行き着きやすいと思っています。みんな、こっちが良いかあっちが良いかの試行錯誤はしても、何をやったらダメかということはあまり考えていないんですよね」


── 確かにそうですね。海外とのギャップでいうと、フットボリスタのWEB記事でエンポリのコーチに日本の育成事情について話すと、『こんなことやったら子供が壊れるだろ』と純粋に怒っていました。

 「僕が見てきた中でも、とあるスポーツをやっている子が足首のケガで来て、明らかに重症なのでレントゲンを撮ろうとしたら、親御さんが『レントゲンは困ります。骨折があったら出られなくなるじゃないですか』と。レントゲンを撮って治療しないと危ないと伝えると、『そういう話じゃなくて、明日決勝戦があって棄権すると県大会に出られないから、明日朝までになんとかしてください』ということだった。他にも、野球肘とかは症状が出ても監督が投げさせ続けて、本人も当然投げたくてやってるんですけど、いよいよダメになってから病院に来るケースがあります」


── 学ぶためにやっているはずの学生スポーツで後遺症が残ってしまうのは本当に本末転倒だと思います。行き過ぎたハードトレーニング信仰は根性論が原因なのでしょうか?

 「実際に大人になっても後遺症が残っている例は少なくないですね。ただ、中学・高校卒業の引退がゴールになるとドクターが意見しづらい、という問題もあります。小学生相手なら、将来の目標を聞いて『プロサッカー選手になる』と答えたら、『じゃあ今は(やりたくても)我慢だな』と言えます。でも中3で、どうしても引退試合に出て最後の思い出にしたいと言われたら、僕の物差しでは止められないです」


── でも、大きなケガをした場合は別ですよね?

 「ケガと傷害は違うんですよね。ドンとぶつかる接触や捻挫がいわゆる外傷、ケガです。そうではない要因、オーバートレーニングなどに起因するものを傷害と呼びます。例えば疲労骨折は最近多い傷害で、ノイアーやネイマールもおそらくそうなのかなと思いますね。傷害は積み重ねによって生じるので、どこかの段階で対処する必要があります。大学日本代表のトレーナーに聞いたんですが、選手は代表やスタメンを外れるのが嫌で、痛いのを必死に隠すと。トレーニング中に『左足痛いの?』と監督とかコーチの前で聞いても、絶対に言わない。だから選手と関係性を築いて、他の指導者がいない場でこっそり聞くと」


──「痛いから休みたい」と言うと根性がないと思われる、という認識もありますしね。

 「なので、まずは選手たちの考えを変えさせるのが先なのかなと」

日本のスポーツドクターの実態


── チームドクターについても伺いたいのですが、実態はどうなっているんですか?

 「今の日本には、いわゆるチームドクターがチームの専属でやれる文化はないですね。みんな病院なりに勤めた上で、1チームあたりメインで2、3人、多くて10人くらいでチームを組んで回していると思います。関わろうとするドクター自体は多いですが、現実的に現場に行けないことも多いので。自分の病院が週6だと、土日の試合や練習に行くと休みはなくなります」


── やっぱりドクターの熱意で成り立っている業界なんですね。

 「年始にスポーツドクターの講習があったんですが、講師をしている人たちの顔ぶれが数年間変わっていないんです。年間約300人が講習を受けてスポーツドクターになっているので、5年経てば1500人は増えているはず。でも序列が変わらない。というのも、講師を務められるような実績のある人は限られているんです。そうした熱意ある一部の人たちに、スポーツ医療界全体が支えられている状態ですね。あとスポーツ医療は今すごい細分化されていて、一般的にはケガの対処をする整形外科のイメージが強いと思いますが、実際は他にも様々な分野があります。例えばチームに帯同するのが全員整形外科だと、風邪や胃腸炎、あと女性アスリートの場合月経だとか、そうした問題が起きると困ってしまう」


── 専門外の分野だときついですよね。

 「そうです。でも、スポーツ医療は整形外科医が非常に多くて、他の分野の先生はまだ少ない。その結果、特定の分野の先生に負担がかかってしまう。あとはそもそもスポーツドクター制度は日本スポーツ協会がやっているだけのもので、義務ではないんです。それがなくても現場には立てます。あるプロクラブのドクターの先輩も、この前講習を受けに来て『忙し過ぎて全然取れなくて、やっと講習会に来れた』と言っていたくらいです(笑)。しかも、その資格を持っている人が必ずしもプロチームでの活動をしているわけでもないんですよね。スポーツ協会が絡むオリンピックだったり国体は必要だと思います。でもW杯といったJFAの活動では不要です」


── 体系化されていないんですね。

 「サッカーだけに関して言えば、学会や協会を中心にある程度統一をしようという動きはあります。JFAはサッカー医学という本も出しています。でも現場レベルまで変えるのは難しい。ドクターがただいればいいというわけではない。育成年代の場合、ドクターと指導者の間にはどうしても選手か親が挟まるので、意思疎通の問題が生じます。あと、そもそも多くのお医者さんはあまりスポーツに興味がない。あっても、特定の競技ですよね。それで結局『痛いなら休め』の一言で終わって、スポーツ整形外科を名乗る専門の人たちの負担が増えていくことになります」


── どうして負担が増えるんですか?

 「医者にただ『休め』とだけ言われても、親としては納得がいかないので、もっと専門の先生に診てもらおうと調べて、有名な先生に殺到します。そうすると熱意あるドクターは勤務時間を延長していくことになりますが、最後にはパンクしてしまいます。そうしたドクターの周囲にいる理学療法士などのスタッフも大変です。情熱は注いでいても、スポーツと一緒でドクターも周りのスタッフも休まないとやっていけません。家族がいる人はなおさらです」


── 仕組み作りや、社会としての割り切りも必要ですね。

 「日本は、医者もそうですが、熱量の高い人がハードワークしてなんとかするという事例が多過ぎます」


── 最後になりますが、今後フットボリスタ・ラボでどんな活動をしていきたいですか?

 「栃木なので東京のイベントに来る都合をつけるのは簡単ではないですが、すごく頑張って活動しなくても、ラボの中でコミュニケーションを取りながら楽しく学べる雰囲気を、オンラインでも作っていけたらと思います。何をしたらいいかわからないという人も、ラボの活動を通じてサッカーにより興味を持ってもらえると良いのかなと」


── そうですね。今日はありがとうございました。

フットボリスタ・ラボとは?

フットボリスタ主催のコミュニティ。目的は2つ。1つは編集部、プロの書き手、読者が垣根なく議論できる「サロン空間を作ること」、もう1つはそこで生まれた知見で「新しい発想のコンテンツを作ること」。日常的な意見交換はもちろん、ゲストを招いてのラボメン限定リアルイベント開催などを通して海外と日本、ネット空間と現場、サッカー村と他分野の専門家――断絶している2つを繋ぐ架け橋を目指しています。

フットボリスタ・ラボ13期生 募集決定!

フットボリスタ・ラボ13期生の募集が決定しました。

募集開始日時:2019年6月5日(水)12:00~(定員到達次第、受付終了)

募集人数:若干名

その他、応募方法やサービス内容など詳細はこちらをご覧ください。皆様のご応募を心よりお待ち致しております。


Edition: Mirano Yokobori (footballista Lab), Baku Horimoto (footballista Lab)

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浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。

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