アシュリー・コールは「意外」な男だ。「思った通り」は、ワールドクラスと評された、高度に安定した左SBとしてのパフォーマンスぐらい。アーセナルでユースから台頭した今世紀初頭、そのアスリート風な姿に「ベンゲル監督の下でダイエット管理も完璧」と思いきや、練習場付近のマクドナルドで見かけたことは1度だけではない。少年時代にファンでもあったはずのクラブからはロンドン市内ライバルへと去り、金で動く「キャッシュリー」と呼ばれる羽目になった。そのチェルシー時代のエア・ライフル発砲事件などは、練習場への空気銃持参からして考えられなかった。東ロンドン生まれで土着的な印象が強かったが、30代でのチェルシー後はローマとロサンゼルスでの計4年間を選んでもいる。
そして、去る2月4日のテレビ解説。『スカイスポーツ』のウェストハム対リバプール中継へのゲスト出演には、前月末のダービー(2部)入りよりも驚かされた。帰国先となったクラブは、チェルシーと代表でのチームメイトとして旧知のフランク・ランパードが監督という環境だが、母国メディアは、コールが嫌って避け続けたはずの世界。ミックスゾーンも、ピッチ上でのオーバーラップさながらに、脇目も振らず過ぎ去って行ったものだ。
思慮深い人物に思えてきた!
実際、スタジオに現れたコールは背筋を伸ばし切って椅子に座る様子からしてぎこちなかった。喋り始めると、モニター目線で伏し目がち。ハーフタイムにカメラがスタジオに切り替わると、笑顔のメイン解説者ジェイミー・キャラガーの横には無表情なゲスト解説者がいた。ところが、番組が試合後のトークに入る頃には良い意味でのサプライズも。彼が、言うべきことをしっかり発言する思慮深い人物に思えてきたのだ。後味が悪かったアーセナルでの去り際は「冷静さを欠いた自分が馬鹿だった」と反省。メディアとの関係も「責任はお互い様」と半歩譲っている。代表黄金世代には「期待外れ」の評価を嫌う元選手もいるが、彼は「他チームの方が強かっただけ」と淡々。現役でネガティブな報道の標的にされている格好のラヒーム・スターリングに話が及ぶと、「自分の場合は自ら蒔いた種という部分もあったが」とした上で、「彼は何も間違ったことなどしていない」とメディアに釘を刺していた。
久しぶりに生でコールの姿を目にしたのは、その翌々週のFAカップ。ダービーがブライトンに惜敗(2-1)した16強対決で後半からピッチに立つと、見た目にコンディション調整中でも攻め上がり、相手の頭越しにボールを浮かせてマークをかわしてみたりもしながら、あまり記憶にないヘディングシュートで一矢を報いた。38歳にして決めた、通算7度の優勝経験を誇る大会での初ゴールだった。願わくは、昇格に貢献し、ダービーでの新契約とプレミアリーグ復帰という、「意外な男」ならではの新事例を加えてほしいものだ。
Photo: Getty Images
Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。