映画『GOAL!』のような移籍を遂げた男
クラブ史上最高額でイングランド北東部のクラブにやってきた青年は、映画の主人公になるはずだった。
今年1月、ニューカッスルはクラブ史上最高額の移籍金でアトランタ・ユナイテッド(アメリカ)からアタッカーを獲得した。中南米の才能がアメリカから大西洋を渡り、ヨーロッパ初挑戦に選んだのがニューカッスル。誰もが2005年に公開された映画『GOAL!』の主人公サンティアゴ・ムネスのような活躍を期待したはずだ。しかしパラグアイ代表のミゲル・アルミロン(25歳)は、映画と現実世界の違いを思い知るのだった。
アルミロンは鋭い突破でチャンスを作る場面こそあったが、プレミアリーグで9試合に出場して0ゴール0アシスト。4月にハムストリングを痛めて早々にシーズンを終えた。ラファ・ベニテス監督が「ワクワクさせてくれるはず」と1年前からラブコールを送ってきた逸材は不発に終わったのだ。でも、そこで失敗作と決めつけるのは早すぎる。最終的にニューカッスルをチャンピオンズリーグ出場に導く映画の主人公だって、最初は文化の違いに苦しんだのだから。
映画だって思うようにはいかない
それでも「やっぱり映画のようにはいかないね」とファンは落胆したはずだ。でも、あえて言わせてもらうなら、映画だって思い通りにはいかないものなのだ。
公開当時、FIFA公認の映画として実際の選手も数多く出演して話題になった『GOAL!』の英国人プロデューサー、マイク・ジェフェリーズは生粋のリバプール・ファンであり、最初は企画をマージーサイドに持ち込んだという。リバプールに資料映像を持参するも、クラブの役員室のTV用のケーブルが短すぎてコンセントに届かず、「リック・パリー(当時CEO)と一緒に机を動かした」と過去のインタビューで明かしている。ケーブルのせいではないと思うが、パリーはこの話にまったく興味を示さなかったという。
そんなとき興味を持ってくれたのが、マンチェスター・ユナイテッドの当時のCEO、ピーター・ケニオンだった。ジェフェリーズがパワーポイントのプレゼンを始めて5分も経たないうちに、「もういい。それで、どうやって契約するの?」と話に乗ってきたという。その後ジェフェリーズは、アメリカ遠征中のアレックス・ファーガソン監督やライアン・ギグスとも会うことになった。だが、そのミーティングの帰路でジェフェリーズは「気持ち悪くなった」と振り返る。「リバプールのファンとして、マンチェスター・Uと映画を製作するくらいなら作らないほうがマシだ」と。
すると数時間後、その悩みを解決してくれる電話がかかってきた。電話口の相手はフレディー・シェファード(ニューカッスルの当時の会長)だと名乗る。ジェフェリーズが信用できずにいると、電話の相手は「映画『プリティ・ウーマン』のホテルで待ち合わせよう」と話を持ちかけてきた。疑心暗鬼でホテルに行くと、顔の赤い陽気な巨漢がおり、「間違いなくニューカッスルの男だ」と確信できたという。それでマンチェスター・Uとの交渉は即座に取りやめ、ニューカッスルと契約することに決めたのだ。
かくして、晴れて主人公のサンティアゴはマージーサイドでもマンチェスターでもなく、ニューカッスルへ移籍することになり、それをなぞるように15年後、アルミロンも白と黒のユニフォームに袖を通したというわけだ。映画製作がそうだったように、選手のキャリアだって紆余曲折あるものだ。アルミロンも、来季こそ本来の実力を発揮し、ニューカッスルをCL出場に導く……はず?
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。