キャンピング・イレブンの大健闘。エールディビジ、影の最優秀監督
「キャンピング・イレブン」が大健闘
オランダの年間最優秀監督を選ぶ賞として、リヌス・ミヘルス・アワードというのがある。今季はエリック・テン・ハーフ(アヤックス)が受賞した。他に候補に挙がったのはマルク・ファン・ボメル(PSV)、アドリ・コスター(ウィレムⅡ)、マウリス・スタイン(VVV)だった。オランダでは「ディック・ルキーンはノミネートすらされないの!?」と、ちょっとした騒ぎになった。先日、私の隣に座っていた記者も「ルキーンこそ、今季のオランダリーグで最高の監督だ」と言い切っていた。
昨季のエメンはオランダ2部リーグで7位という慎ましい結果に終わったが、昇格・降格プレーオフを劇的な試合の連続で勝ち抜いて、クラブ史上初の1部リーグ昇格を果たした。予算はエールディビジ最小の600万ユーロに過ぎず、開幕前は「降格候補の最筆頭」と見られていた。ところがシーズンを終えてみると、降格ゾーンである16位エクセルシオールに勝ち点5の差を付けて、14位の成績でエールディビジ・デビューイヤーを完走した。
「オランダのサッカーファンですら、エメンの選手の名前を知らない」「ちょっと太り気味の選手が多いんじゃないか」などと揶揄される中、付いたあだ名が「キャンピング・イレブン」。キャンプを楽しむ仲間たちが趣味でサッカーをやっているようなチームを指す。
ところが実際のエメンはハードワークとコンビネーションサッカーを組み合わせた好チームだった。前半を終えたところでエメンが負けていたとしても、ハーフタイムに解説者たちは「エメンの方が良いサッカーを展開してましたねえ」と褒めることも少なくなかった。
「左サイドに張ったボランチ」というカルトヒーロー
アンコ・ヤンセンがチームのスーパースターだ。オランダ全国区としては無名の、しかし、ドレンテ地方ではカルトヒーローのステータスを得た、スーパースターなのだ。
左ウイングとしてプレーすることの多いヤンセンは5ゴール8アシストと、しっかり数字を残したものの、なにかしっくりこないものがある。11番のウインガータイプでもないし、9番のようにカットインしてシュートを決めるタイプでもないし、10番のようにサイドからゲームを組み立てるわけでもない。彼を観察し続けて、ようやく「ああ、アンコ・ヤンセンは左サイドに張ったボランチなのだ」と気付いた。左ウイングの位置から、気の利いたところへポジションを移すことによって、チームのバランスを保つことの出来る選手なのだ。渋い。
30歳のアンコ・ヤンセンを筆頭に、エメンには過去の所属クラブで、ブレークを果たせなかった選手が非常に多い。そして、フローニンゲン、フェーンダム(破産後解散)、ズウォレ、ヘーレンフェーンといったオランダ北部でプレーしていた選手が多いことも目立つ。それは決して偶然ではない。ルキーン監督は長らくフェーンダムとフローニンゲンでアシスタント・トレーナーを務めていた。この時期に、実際に指導した選手や知り合った選手に声をかけまくって、ルキーン監督が寄せ集めたのが今のエメンである。
エメンの名監督ルキーンに栄光を
選手たちが若い頃、どんな過ちを冒してクラブを去っていったか、そんなこともルキーン監督はよく知っている。そして、過去に指導を受けた選手たちも、ルキーン監督のことを信頼しきっている。そんな「ルキーン・コネクション」で集まった選手は実に12人を数える。エメンの別名は「FCルキーン」だ。
「いずれルキーンがエメンを去ったら、選手もいなくなってしまって、クラブは苦しい時期を迎えるだろう」と「ルキーン・リスク」を懸念する声もある。エメンはスカウティングシステムの構築など、クラブとしてよりプロフェッショナルになる必要がある。そんな中で、アカデミーから育ったGKキエル・スへルペン(19)が、トップ昇格わずか1年でアヤックスに引き抜かれることになったのは、エメンにとって自信と誇りになるだろう。
オランダ人がディック・ルキーンにリヌス・ミヘルス・アワードを与えないのなら、フットボリスタがここに彼を表彰しよう。ジャジャ~ン。今季のオランダリーグ最優秀監督はディック・ルキーンに決まりました! 受賞、おめでとうございます!!
Photo : Getty Images
Profile
中田 徹
メキシコW杯のブラジル対フランスを超える試合を見たい、ボンボネーラの興奮を超える現場へ行きたい……。その気持ちが観戦、取材のモチベーション。どんな試合でも楽しそうにサッカーを見るオランダ人の姿に啓発され、中小クラブの取材にも力を注いでいる。