「交流」がスキルアップになるゲームモデル公開の真の目的とは?
2018年5月に創設されたフットボリスタのオンラインサロン「フットボリスタ・ラボ」。国外のプロクラブで指導経験を持つコーチに部活動顧問といった指導者から、サッカーを生業にこそしていないものの人一倍の情熱を注いでいる社会人や大学生、現役高校生まで、様々なバックグラウンドを持つメンバーたちが日々、サッカーについて学び合い交流を深めている。この連載では、そんなバラエティに富んだラボメンの素顔とラボ内での活動、“革命”の模様を紹介していく。
今回は、ラボの第一期メンバーであり創設当初から精力的に活動している、粉河高校サッカー部監督・わっきー(@kumaWacky)こと脇真一郎さん。自身のSNS上でのゲームモデル公開など、積極的にアウトプットを行う理由を聞いた。
── まずは経歴から聞かせてください。選手経験はないんですよね?
「ないですね」
── どういう経緯で指導されるようになったんですか?
「教師として初めて高校に赴任した時、長期で休まれた先生の代打という形だったんですが、その方がサッカー部の先生だったのでそのまま入ってくれと。その時点ではサッカーについてはまったくの素人で。その時のチームには外部のコーチの方がおられて、素人の自分は引率や事務だけに関わっている状態でした。でも、ただ見ていても面白くないし、俺も一緒にやろうと。そこから練習に参加し始めて、純粋にサッカーを楽しんでいました」
── それは何歳くらいの頃ですか?
「28歳ですね。そこには2年間ほどいました。でもその後、人事異動で違う学校に赴任したら、そこにはサッカーの顧問がいなかったので『君に任せた』となって」
── 今度は本格的に1人でやらないといけなくなったわけですね。
「そうです。しかもそこのサッカー部は指導者がいなくて。エネルギーを持て余している子が多い学校だったこともあって、多くの部員が部を辞めている状態でした。残っていた部員は1人だけ。でも、その子と2人でグラウンドに出て毎日ボール蹴ったり話したりしているうちに、『あれ、なんか指導者がいる』って、もともとサッカーやってた子たちがこっちを見始めたんです。みんなエネルギーを持て余していたので、『そんならサッカーせえへんか?』って言って、『ROOKIES』みたいな(笑)、本当にそんな感じで人を集めて。最初はいろいろ問題が起きて大変だったんですけどね、練習試合でショルダーチャージされたら相手を追いかけ回すとか(笑)。もうそんな感じで頭下げて回る日々だったんですけど、3年生の引退試合にも勝てて、最後撮った写真なんか、みんなすっかりサッカー選手の顔になっていて。『サッカーっていいな』とあらためて思いました」
── まさに高校の部活動という、いいお話ですね。
「ただ、一生懸命やろうとしている子たちに、自分がもっとちゃんとサッカーを伝えていけないものかと悩み始めて。相談したり、本やビデオを買ったり、とにかく勉強しました。結局その高校では8年くらいやって、その後今の粉河高校に移ってきました。今から7年前なので、2012年ですね。1年目は副顧問で、2年目に顧問になって今5年目です。顧問になって2年目に県ベスト4まで行きました。そんな中で、インプットを一方通行でやるばかりでは限界があるぞと途中で気づいて」
── 自分のチームでのトライ&エラーはアウトプット、指導の進歩に繋がらなかったんでしょうか?
「それをしているからこそ、余計に(限界を)感じましたね。インプットに比例してアウトプットが伸びないっていう。『こういう場面ではこう』という情報を持っていても、選択すべき時に選択できない。そこを整理するためには、それができる人と直接対話する形でインプットとアウトプットの循環をしないといけない。でもどうやるかのイメージはなくて。SNS上での繋がりや広がりは、本当に偶発的なものでした」
── Twitterはいつから始めたんでしょうか? 今では2000フォロワーを超えていますけど。
「5年くらい前ですね。そもそもLINEもしないくらい、人との接点をあまり持たないタイプだったんです。でもTwitterで試合結果やトレーニング、ミーティングの内容を出すと、他のチームの選手や県外の指導者にも広がり始めて。そういう人たちをたどっていくと、自分の求めていたインプットとアウトプットの場が実は存在するということを知って。でも一番の転機は、フットボリスタ・ラボに関わったことだと思います」
ラボとの出会い、言語化の始まり
── そう言ってもらえるとうれしいんですが、そもそもなぜフットボリスタ・ラボに入ろうと思ったんでしょうか? というのも、脇さんは典型的なうちの読者とは違う気がしたので。
「直感です(笑)」
── もともと雑誌を読んでいたわけではないんですよね。
「はい。申し訳ないんですけど、ラボを知ってから雑誌の存在を知ったくらいです」
── 最初2018年の5月に一期生を募集して、その時に手を挙げてくれたのでよく覚えています。チャットでも直接やり取りしましたし。
「ちょうどそのタイミングでWEBのフットボリスタの記事を見ていたんです、林舞輝くんの。サッカーをカレーの作り方にたとえた記事があって、それにすごい衝撃を受けて。自分も世界史の教師をしていて、生徒が初めて聞くことを伝えないといけないのでたとえ話をしたりして噛み砕いて説明するのですが、これは教える側の理解度が高くないとできません。それを彼はサッカーの分野でものすごくわかりやすく噛み砕いてたとえていて、これはとんでもない理解度を持っているなと」
── 林さんからはサッカーの言語化についての提言もありましたよね。
「自分も教師としてのスキルやテクニックは突き詰めてやってきていたんですが、あの記事を読んで今まで別だと考えていたサッカーの指導と教師としてのテクニックが、サッカーの言語化というのをきっかけにガチっと噛み合って。サッカーの現場にも雑然としていたものを言語化して整理していくプロセスが必要だと思ったんですよね。その後、彼の講習会に参加してゲームモデルの作り方を学びました」
── すごい行動力ですよね! 先日、わっきーさんが自分のチームのゲームモデルを公開して反響がありましたが、ゲームモデルってなかなか公開するものではないじゃないですか。バレたら負けてしまうという感情も当然出てくると思うので。葛藤はありませんでしたか?
「葛藤はゼロです(笑)。駆け引きなので。例えばジャンケンでいうと、今からグー出すって宣言するような状態なわけです。相手がグーを出してくるとしたら、パーを出したら勝てる。でもグーに対してパーを出してくると思ったら、チョキ出してきたらやられるよな、っていう。言ってみれば今回プランAをオープンにしたわけですけど、それによって自分のスキルアップになるということの方が大きいかなと。実際公開したことでいろんなアドバイスや反響がありました」
── やっぱりそういう反響があるんですね。
「ありますね。自分が求めていたのがまさにそれでした。言語化して終わりではなく、ブラッシュアップしていこうと。だいたい200~300人に渡しました。『自分でもゲームモデルを作ったんで見てください』といった反応が返ってくることで、再び言語化によるやり取りが生まれ、整理されていく。そもそも言語化という作業も、ただ単に言葉にするんじゃなくて、言葉自体が洗練されれば、もっとシンプルになっていきますし」
── 直感的に選手がイメージできる言葉であったり、ニュアンスも含んでいる言葉にしたりということですよね。
「作って終わりではなく、作ったものをどうやって落とし込んでいくか、どうやって実践していくかの方が実際は大事です。普段から、受け皿をちゃんと作ろうという取り組みをしているので。決まったゲームモデルを練習で落とし込むというより、まずゲームモデルを載せる器を作るということを重視してやっているんです。“ミニゲームモデル”を選手自身に考えさせて、8対8+GKでミニゲームをやるというのはその一例です。どういうゲームモデルでやるのかを話し合って選ばせて、それを土台に一度7、8分のミニゲームをやる。その結果うまくいったかどうか、どう相手の対策をするかというような話をさせるんです」
── それは生徒たちも楽しめそうですよね。
「楽しいと思いますね。ゲームの質がめちゃくちゃ上がっていて。ゲームモデルがあることで選手の迷いが消えて、『このためにこれが必要だよね』ということがスッと届くようになっていくので。自分の感情や目の前の現象じゃなくて、まず原則に立ち返って話をしようと。選手たちと話していて、自分自身も最近すごく楽しいんです」
── 現在、わっきーさんにはラボ指導部のリーダーをやってもらっています。私は指導者同士のコミュニティ化にも可能性を感じていて、何とか盛り上げていきたいですよね。
「浅野さんもおっしゃっていましたが、現場と指導者とのマッチングができたらいいなと思っています。今回のゲームモデルの公開で実感したんですが、当たり前ですけど、ものすごい数の指導者がいるんだなと」
── 現実問題として、指導者が足りないチームも多いじゃないですか。特に学校ですよね。そこはマッチングする余地があるんじゃないかなという気がしているんです。
「例えば、フットボリスタの名前で信頼が担保できればそこにより入り込みやすいかなと。どなたかが言っていたんですが、運動そんなにできないけどサッカーはやりたいって思ってる子たちが安心してサッカーを続けていけるような環境って、どれくらいあるのかと。そう考えるといろんな整備が必要だし、そこには指導者が必要になってくる。指導者って一言でくくれないくらいにいろんな専門性を持っている人たちが、もっと関わるようになったら面白いんだろうなと思っています」
── ラボメンバーの出口作りについては、今後いろんな取り組みを考えていきたいと考えています。本日はありがとうございました。
フットボリスタ・ラボとは?
フットボリスタ主催のコミュニティ。目的は2つ。1つは編集部、プロの書き手、読者が垣根なく議論できる「サロン空間を作ること」、もう1つはそこで生まれた知見で「新しい発想のコンテンツを作ること」。日常的な意見交換はもちろん、ゲストを招いてのラボメン限定リアルイベント開催などを通して海外と日本、ネット空間と現場、サッカー村と他分野の専門家――断絶している2つを繋ぐ架け橋を目指しています。
Edition: Mirano Yokobori (footballista Lab), Baku Horimoto (footballista Lab)
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。