ラツィオのウルトラスの“意趣返し”が波紋を呼ぶ
「このバナナはバカヨコに」
4月24日、コッパ・イタリア準決勝ミラン対ラツィオのセカンドレグが行われたミラノの街で、ラツィオのウルトラス(過激派サポーターズグループ)がそんなチャントを歌っていた。スタジアムではなく、街中でだ。ムッソリーニが処刑された場所として有名なロレート広場からサン・シーロの外周に至る公共の場で、彼らはティエムエ・バカヨコに敵意を向けた。無論、スタジアムの中に入ってもだ。
普通ウルトラスが、しかもアウェーの街中で執拗な非難行動に出るのは珍しい。その背景には、4月10日のリーグ戦での直接対決におけるエピソードが影響していた。試合前、「個ならウチの方が強い」と挑発したラツィオのDFフランチェスコ・アチェルビに対し、バカヨコは試合後にフランク・ケシエとともに、アチェルビのユニフォームをゴール裏へと掲げてしまった。バカヨコへの攻撃はその経緯を受けたサポーターによる意趣返しなわけだが、人種差別的な性格には変わりはないわけだ。しかし試合の開催中止などの措置が行われることはなく、これが大きな波紋を呼ぶことになった。
翌日、ミランは公式HP上で「人種差別がイタリアのすべてのスタジアムから撲滅されるよう、すべてのものが対抗措置を取らなければならない。にも関わらず協会は適切な処理を行わなかった」と協会に対して告発を行った。また地元紙からは「心を痛めたバカヨコが今季限りでの退団を希望している」との報道も出た。
イタリアのサッカー界が突きつけられた課題
UEFAやFIFAのプロトコールに沿えば、人種差別的コールが発生した時にアナウンスで警告、鳴り止まない場合はプレーの中断が言い渡され、それでも止まない場合は選手をピッチから引き上げさせた上で治安当局が試合の続行か中止かを決める、という手順になっている。しかし、問題なのはそれが遵守されているかどうかだ。すでに今シーズンのセリエAでも、人種差別的ジェスチャーへの対処が大きな問題となっていた。昨年12月26日のインテル対ナポリで、ナポリDFカリドゥ・クリバリが人種差別的なブーイングを受け、試合の中断についての議論が生まれた。それから4カ月、イタリアのサッカー界は改めて同じ課題を突きつけられることになった。
だがそのために、社会から理解を得るのは実のところそれほど容易ではない。現在のイタリアの政府は、試合中断やサポーターの移動禁止などファンすべてを巻き込む形の処罰の実行に難色を示しているのだ。国の治安を統括するサルビーニ副首相兼内務相は今回のことについても「一部がやったに過ぎない行動のために試合を止めるというのは奇妙だ」とコメントした。
ただ、きちんと動かなければ、人種差別的行動に厳しい処分を求めるUEFAなどとは軋轢が生じる恐れも高まってくる。イタリアサッカー連盟(FIGC)やレガ・セリエAは難しい舵取りを迫られている。
Photo: Getty Images
Profile
神尾 光臣
1973年福岡県生まれ。2003年からイタリアはジェノバでカルチョの取材を始めたが、2011年、長友のインテル電撃移籍をきっかけに突如“上京”を決意。現在はミラノ近郊のサロンノに在住し、シチリアの海と太陽を時々懐かしみつつ、取材・執筆に勤しむ。