~2015年バイエルンの場合~
ペップ・グアルディオラがバイエルンに在籍した3年間(2013-16)、唯一、うまくいかなかったことがある。メディカルチーム(ハンス・ビルヘルム・ミュラー・ボルファールト医師)との連携だ。2015年4月のCL準々決勝第1レグでポルトに1-3で敗れた試合後、ロッカールームでペップはハンス医師を叱責し、敗戦の原因はケガ人を減らせないメディカルチームにあると問い詰めたのだ。ミュンヘンに戻ると医師は「信頼関係が崩れた」と辞任を発表。1977年からバイエルンの医師を務め、ウサイン・ボルトらを顧客に持つ世界的名医がチームを去った(注:2017年11月、ユップ・ハインケス監督の下でバイエルンに復帰)。
なぜ2人は衝突したのか? ペップの疑念の始まりは就任直後、2013年7月のドルトムントとのスーパーカップだった。ノイアーが外転筋の違和感、リベリが大腿の打撲により、ハンスはペップに2人の起用を見送るように伝えた。だが主力を欠いたバイエルンは2-4で敗れたうえに、ノイアーとリベリが試合の40時間後の練習を何事もなくこなしたのだ。ペップは「2人は試合に出られたのではないか」と不思議に思った。マルティ・ペラルナウの著書『ペップ・グアルディオラ キミにすべてを語ろう』にこう書かれている。「バイエルンに対して初めて湧いたペップの疑問だった。(中略)どうやら、ミュンヘンでは違う習慣があるらしい。それは適切なのかどうか、新監督は首を傾げた」
“習慣が違う”というのは、まさにキーワードだろう。バルセロナとバイエルンではちょっとしたところで常識が異なっているのだ。例えば、ペップは練習場に医師を置くことを求めた。バルセロナでは常識だった。しかしハンスは自分の病院を経営していて忙しく、選手が負傷した場合、その病院へ運ぶシステムになっていた。結局、最後までこの問題は解決されなかった。
名医の常識が、名将には古めかしい
もちろんハンスにも言い分がある。18年3月に『Mit den Haenden sehen』(訳:手で見る)という本を出版し、ペップを痛烈に批判した。
「ペップは最新の医療に関心を持たなかった。例えば私は過度の筋緊張を探し、ケガを事前に防止できる。だが彼はそれを理解しようとしなかった」
この名医はウォーミングアップのやり方も問題視した。
「ハインケスはウォーミングアップを大事にし、ストレッチ、軽い負荷といった段階を踏む。しかしグアルディオラはジャンプや短いスプリントの後、すぐにボールを使った練習を始める。どれも激しいスプリントを伴うものだ。ハインケス時代、肉離れは年3回しかなかった。だがグアルディオラ時代はそれが天文学的数字に上った」
練習法に関する考え方は、両者の常識が異なる象徴だ。逆にペップ側はドイツのやり方を時代遅れと見るところもあった。上述の『キミにすべてを語ろう』で、ペップはこう語っている。
「体を痛めつけること以外に、走ることで何の役に立つことがあるのかい? 今から彼らは15分間走って『フィジカルトレーニングをした』と安心する。プラシーボ効果だ」
すべての要素でボールを使ってやるべき、という理論がバイエルンに伝わっておらず、ペップにとっては古めかしく見えたのだろう。選手は時間をかけて慣れていったが、医師は歩み寄らなかった。
ただ、もしかしたら騒動の本質はもっとシンプルなのかもしれない。2人の世界的なカリスマの馬が合わず、どちらも譲らなかっただけ、と。
サッカーにも人体にも正解はない。時に強烈な哲学がぶつかり合うのは仕方がないことなのかもしれない。
Photos: Bongarts / Getty Images
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Profile
木崎 伸也
1975年1月3日、東京都出身。 02年W杯後、オランダ・ドイツで活動し、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材した。現在は帰国し、Numberのほか、雑誌・新聞等に数多く寄稿している。