マテオ・ゲンドゥージ。フランスが生んだ、敵陣破壊のエキスパート
2018年夏、720万ポンドでロリアンからアーセナルに移籍した1999年生まれのフランス人、マテオ・ゲンドゥージ。その市場価値は、1年足らずで移籍金の約4倍にまで跳ね上がっている。
フランスのセントラルMFと言えば、かつてはクロード・マケレレやパトリック・ヴィエラ、最近ではエンゴロ・カンテやブレーズ・マテュイディ等、守備能力の高い選手が豊富に輩出されている。しかし、ゲンドゥージの長所は彼らのような守備の面ではなく、敵守備組織を破壊するゲームメイクにある。
最大の武器:ロングボールの精度
彼の最大の武器は、精度の高いロングボールだ。右足から放たれたボールは、寸分の狂いもなくターゲットの元へ届けられる。相手がロングボールを警戒しDFラインを下げれば、中盤とDFのライン間に鋭いグラウンダーのパスを供給する。こういったパスの使い分けができるのも彼の強みである。
ただ、パスの使い分け能力や高精度のロングボールを放つ選手は少なからず存在する。アーセナルのチームメイトであるグラニト・ジャカもその一人だ。では、ゲンドゥージ特有の持ち味とは何だろうか? それはパスを供給しやすい環境を作る“数的優位の作り方”、“ゾーンの切れ目を突くポジショニング”だ。
ゲンドゥージ流、数的優位の作り方
ゲンドゥージはボールホルダーに極端に寄ってサポートを行なうことが多い。例えば、DFラインに落ちてビルドアップを助ける場面。彼はCBの中間ではなく、ボールホルダーのすぐ脇に移動する。これは、2 vs 1という「最小単位の数的優位」を作ることでボール保持を安定させようという狙いがある。
通常「1人の差」というのは、規模が小さくなるほどその価値が大きくなる。極端な例を出せば、1万人 vs 9,999人と3 vs 2では同じ「1人の差」であっても、その価値は大きく異なる。
ゲンドゥージが5 vs 4でも3 vs 2でもなく2 vs 1を作り出すのは、それが最も効果の大きい数的優位だからだ。
この最小単位の数的優位を作ることで、一方が余裕を持って前を向く時間を確保できる。その時間を得たのがゲンドゥージであれば、敵はロングボールもライン間への楔も警戒せねばならず、攻撃の的が絞れなくなる。かといってこの数的格差の解消に動けば、全体の守備バランスを崩しかねないというジレンマに陥る。
ゾーンの切れ目を突くポジショニング
第2の特徴が、ゾーンの切れ目を突くポジショニングだ。例えば敵が[4-4-2]の陣を敷く場合。ゲンドゥージが狙うのは相手2トップの背後と、2トップの脇のスペースだ。
2トップの背後でボールを受けた場合、守備側のとるアクションとしては
①FWが戻って対応する
②中盤が飛び出して対応する
この2択が考えられる。
①の選択は、相手にとって守備ブロックの重心を下げることを意味する。カウンターの脅威を削げると同時にゲンドゥージ自身もポジションを上げて、より高い位置で最小単位の数的優位を築くことができる。
②の選択は中盤にスペースを空けることを意味する。エジルやムヒタリャン等、ライン間でボールを受けることの出来る選手が輝ける舞台が整うのだ。これを警戒してDFの選手が前に出てくれば、裏へ抜けるオーバメヤンやラカゼット目がけて高精度のロングボールが送り込まれる。
次に、2トップの脇でボールを受けるパターンだ。どちらかというとゲンドゥージはこちらの受け方をすることが多い。この時の彼には「ドリブル」という選択肢が生まれる。そしてこのドリブルのコースの取り方が秀逸なのだ。
ドリブルのコースは大きく2パターン。1つは2トップと中盤の隙間を縫う「横方向」のドリブル。もう1つはSHとCHの間を縫う「縦方向」のドリブルだ。
横方向のドリブルはパスコースを生み出すために用いる。この時守備側はSH、CH、FWの誰が対応すべきか?という迷いが生じる。ここで生まれた迷いによるラグやスペースを狙ったパスが、上図のように供給される。
SBと組む数的優位、ライン間への楔、逆サイドへのロングボール等、豊富な選択肢の中から、敵の出方に応じて後出しジャンケンのように判断がなされる。大柄な選手だが切返しの動きに無駄がなく、小さいモーションで即座に身体の向きを変えて楔を打ち込むことができるのも、彼の選択肢の豊富さを引き立てる。
縦方向のドリブルも同様にSHとCH、どちらが対応するかという迷いを生むことができる。ここで生まれたラグで先手をとり、長いストライドを活かしてボールを前進させ、アタッキングサードへ進出する。
こういった「パスコースを生み出しボールを前進させるのに役立つスキルの高さ・豊富さ」は彼特有のものであり、敵陣を様々な角度から解体できるという点においては世界でも指折りのタレントであると言える。
課題は守備にあり
より完成された選手へとステップアップするには、守備の改善が不可欠だろう。一概に守備と言っても様々であり、自らの間合いに入ってきた敵からボールを奪取する能力はむしろ高いと言えるレベルにある。
では改善すべきはどういった部分か? それは、ポジショニングとその修正スピード、そして敵のパスコースを切る守備(=カバーシャドウ)の質だ。
アーセナルの前線の守備は外を切るようにして敵を追い詰め、中央に誘導してボールを奪い取ろうというスタイルだ。これは今季優勝争いを演じているリバプールに近い考え方である。
ただしアーセナルはリバプール程の統制はなく、所々に意識のズレや粗が見られる。それは前線の守備だけでなく、ゲンドゥージ自身にも言えることだ。
例えば、敵にロングボールを蹴らせるに至る場面。リバプールの場合、ミルナーやヘンダーソン等中盤の選手は、敵の背後からパスカットを狙うプレーが多い。これは前線守備で狙いが絞れている状態で、死角からボールを突いてショートカウンターに持ち込むための工夫だ。加えてロングボールを蹴られても、味方のクリアをマーカーの前で先に拾うことができるという利点もある。
対してゲンドゥージは敵の前に立ってパスコースを切る、いわゆるカバーシャドウをかける守備方法をとることが多い。
彼は前進してのボール奪取は得意だが、背後の敵の認知が弱く、効果的にカバーシャドウがかけられない。つまりこの場面では弱みを晒し強みを殺す、言ってしまえば最悪の状況だ。
また、これを行なう最大のネックがロングボール対応だ。DFがロングボールをクリアしても、配置的に敵の選手が先にセカンドボールを拾ってしまう。即座に戻れる切り替えの早さを持っていれば話は別だが、彼はそういったスライドが非常に遅い。
これは、前線メンバーによる中央ケアの不足という要因も含まれる。しかしこの場面に限らず守備時のポジショニングとその修正スピード、カバーシャドウの質の低さは至る所で散見される。
こういった部分を改善すればボール被保持時でも存在感を放つことができるだけでなく、スムーズに速攻に移行できる機会が増える。つまりそれは、彼の最大の武器・ロングボールをスピードある前線に送り届ける機会も増えるということだ。攻守が目まぐるしく入れ替わる展開で消えやすい彼にとって、守備の改善は弱みを補うという意味合いだけでなく、強みの露出を増やせると捉えることができるのである。
おわりに
ゲンドゥージは才能豊かなプレーヤーだ。特に敵守備組織の破壊においては既に世界指折りの引出しの多さと質を兼ね備えている。彼特有のスキルである数的優位を作り、ゾーンの切れ目を突くポジショニングが、最大の武器・ロングボールを引き立てている。
今後さらなるステップアップを実現するためには、守備面の改善およびそれに伴うトランジション局面での存在感の増強が必要となる。
守備は経験を重ねるたびに改善されていくケースも珍しくない。彼自身、フィジカルよりも頭脳を駆使してプレーするタイプであるため、経験から学び得るものも大きいだろう。まだ19歳と若く、伸びしろは充分だ。さらなる飛躍を期待したい。
Photos: Getty Images
Edition: Daisuke Sawayama
TAG
Profile
とんとん
1993年生まれ、長野県在住。愛するクラブはボルシアMG。当時の監督ルシアン・ファブレのサッカーに魅了され戦術の奥深さの虜に。以降は海外の戦術文献を読み漁り知見を広げ、Twitter( @sabaku1132 )でアウトプット。最近開設した戦術分析ブログ~鳥の眼~では、ブンデスリーガや戦術的に強い特徴を持つチームを中心にマッチレビューや組織分析を行う、戦術分析ブロガー。