ピッチ上ではリーガ2強に割って入り3強の一角を形成するまでになったアトレティコ・マドリー。だが、ピッチの外でも2強に追いつかんとして推し進めてきた拡大路線は不測の事態を前にトーンダウン。一転してツケがまわってきている。
この冬のリュカ・エルナンデス引き抜き騒動がアトレティコ・マドリーの苦しい台所事情を露わにした。バイエルンのオファーを手に年俸アップを迫った彼にクラブは「契約更新はできないが残ってくれ」と情に訴えるしかなかったのだ。プロリーグ協会(LFP)はファイナンシャル・フェアプレー(FFP)の一環として、各クラブの財政状態に応じた年俸総額の上限を定めている。その枠2億9300万ユーロをすでに使っており、来季まで契約更新は物理的にできないのだ。
年俸の高騰ぶりはすでに噂されていた。スポーティング・インテリジェンス社の調査によると、Aマドリーの年俸総額は世界のスポーツクラブの中で17位。前年の52位からジャンプアップし、サッカークラブでは6位になる。監査法人デロイト調べの『フットボールマネーリーグ2019』の売上高ランクでは13位のクラブが、4位バイエルンのすぐ下で5位のマンチェスター・シティや6位のパリSGより年俸を払っているというのは、どう考えても尋常ではない。年俸総額2億9300万ユーロを売上高見込み4億300万ユーロで割ると73%となり、7割超だと危ないというゾーンに完全に踏み込んでいる。
不名誉な補強下手のレッテル
きっかけは昨夏のアントワーヌ・グリーズマンの契約更新だった。バルセロナの引き抜きを恐れたエンリケ・セレソ会長は手取り年俸2300万ユーロという破格の条件で引き止めに成功するものの、このメッシに続くリーガ2位という身の丈に合わない高給が財政を圧迫しているのだ。
アトレティコ・マドリーには2強に続く3番手という自負がある。が、冷静に数字を見れば売上高で2倍以上の敵と張り合うのは無理がある。例えば、長期離脱のジエゴ・コスタの穴を埋めるためにアルバロ・モラタを獲得したが、年俸枠を空けるために昨夏獲ったばかりのジェルソン・マルティンスをレンタルに出さざるを得ず、カリニッチも放出しなければならないと言われていた。これを自転車操業と呼ばず何と呼ぼう、ただでさえ選手登録20人(上限は25人)と極端に層が薄いチームなのに。
補強下手なのも有名である。ジャクソン・マルティネスに始まりケビン・ガメイロ、ヤニック・フェレイラ・カラスコ、ニコラス・ガイタンと鳴り物入りで連れて来た選手は戦力とならず、去って行った。契約解除金を払って引き抜いたビトロはサブメンバー止まりで、昨夏7000万ユーロのクラブ史上最高額で加入したトマ・ルマルも期待外れに終わっている。
その結果、現在の主力の顔ぶれはロドリら数人を除けば、リーグ優勝した13-14シーズンとほぼ同じと世代交代がまったく進んでいない。シメオネのスタイルが特殊過ぎて新戦力の適応が困難というのが一因だとしても、かけた費用と戦力の増強具合のバランスが合っていないのだ。
2015年に中国のワンダ・グループに経営参画を許して以来、資本金の増資分を売却するやり方で積極な海外資本の導入を進めてきた。だが、そのワンダは本業の不振でスタジアムに名だけを残して1年前に撤退。彼らが保有していた持ち株を17年に参画したイスラエルのクァンタム・パシフィック・グループが買い取り、持ち株比率は現在、同グループが33%、ヒル・マリン(ヘスス・ヒル元会長の息子)CEOが50%、セレソ会長が15%となった。経営権のさらなる譲渡を意味するこれ以上の増資はヒル・マリン+セレソ体制を揺るがしかねず、拡大路線にも行き詰まりが見える。
一方で、新スタジアム、ワンダ・メトロポリターノの建設費2億ユーロも重くのしかかっている。旧スタジアム跡地の売却で賄う予定だったが、折からの不況でまだ買い手は現れていない。そのため先日の株式総会で新スタジアムを抵当に入れ、2億ユーロの特別融資を受けることを決めたばかりだ。
ワンダを通じた中国進出、クァンタムを通じたアメリカ進出の成果が出るのは当分先だろう。それまでは資金繰りもチーム作りも、火の車が回っている状態で耐えるしかない。
Photos: Getty Images
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。