「僕らは戦術的に戦う」 レノファ山口が世界水準を追い求める理由
2018年、野心的なチャレンジを続けクラブ史上最高位フィニッシュを果たしたレノファ山口。そんなレノファの2019シーズンに向けたチーム作りについて、プレシーズン合宿から練習試合、そして開幕節柏レイソル戦を取材したジェイ(@RMJ_muga)さんがレポートする。
一昨年のJ3降格危機から一転、レノファ山口はクラブ史上最高順位の8位で2018シーズンを終えた。昨季から監督に就任した霜田正浩は「攻守両面で矢印を前に向ける」積極的なスタイルを植え付けてチームを立て直す。チームはリーグ4位タイの63得点を記録し、その攻撃的なサッカースタイルと挑戦的な姿勢は各方面から称賛された。前年の順位やクラブの経営規模、補強状況からしても文句のない結果だったと言える。
一方で内容的には様々な課題も残り、特に失点数はリーグワースト4位と、アグレッシブな姿勢ゆえの脆さも露呈した。
攻撃的なプレッシングでショートカウンターを成功させる一方で、プレスが嵌まらなかった際に一気にフィニッシュまで持ち込まれてしまう場面が多く、『Football LAB』によるデータでも、攻撃回数はリーグ2位ながら被攻撃回数はリーグワースト。被シュート数もリーグ17位と、相手に多くのチャンスを作られていたことが読み取れる。
これについては霜田監督も「昨季は大きな方向性を示して極端なことをやってきた」と、その弱点についてもあえて晒していたことをほのめかしている。指揮官の言葉を借りれば、今季は「スタイルは継続しつつ、微調整しながら効果的に行う」ことを目指していくことになる。ただ、目指すものは微調整に留まってはいなかった。
挑戦を続ける霜田体制2年目
チームは1月14日に始動し、「まったく同じ練習は繰り返さない」という指揮官のポリシーにより、初日からバリエーション豊かなトレーニングが実施される。その練習内容からは、サッカーという競技に必要なプレー原則を落とし込む、チームのゲームモデル(プレーモデル)を落とし込む、ポゼッション、カウンターといった特定のスタイルにこだわらない全局面に対応できる力を身につける、という盛りだくさんの野心が感じられた。そうしてメイン練習場である「おのだサッカー交流公園」にて1週間程度調整を行ったのち、チームは昨年に引き続きタイへ飛んだ。昨年は熊本で1週間、タイで1週間という2段階キャンプが実施されたが、今回は約2週間の長期タイキャンプ。キャンプ地は昨年と同じく、チョンブリ県シーラーチャー群の「Pattana Golf Club & Resort」で、バンコクからは車で2時間の山奥に位置している。周りには何もない、夜遊びしようにも物理的に不可能な土地で、選手たちはサッカー漬けの濃密な日々を過ごした。
タイキャンプも終盤に差しかかる頃、特に目を引いた練習は攻撃ではなく「守備」についてだった。ゲーム形式ながら、何度も止めながら細かく対応を確認する。人にアタックするプレスを基本としながら、その連動と間に合わない場合の対応について、中盤ラインとDFラインのスライド、相手の陣形やマークの状況に応じたコースの切り方や追い込み方などを入念に練習していた。タイキャンプは2月5日で終了したが、帰国後もさらに徹底した守備戦術の落とし込みを継続する様子に、積極的なアタックだけではない「粘り強い守備」に進化しつつあることを実感してきた。
今季のレノファデヘンスは進化しているぞう(;´д`)
— ジェイ(転職活動中) (@RMJ_muga) 2019年2月9日
成長が垣間見えた前哨戦
そして2月11日、最初のプレシーズンマッチであるサンフレッチェ広島戦を迎える。
今季初観戦となる6,816人の観衆が見守る中、レノファは早くも成長した姿を披露する。
3バックでビルドアップを行う広島に対して、CF山下敬大が相手ボールホルダーに襲いかかり、インサイドMFの佐々木匠らが山下をヘルプするように連動してプレスをかける。ここまでは昨年と同様だが、相手はJ1、そう簡単にはミスをしてくれない。昨季までであれば、格上相手に最初の守備ラインを突破された場合は芋づる式に剥がされ、一気にゴール前まで迫られるシーンが目立っていた。
しかしながら、この日はそのようなシーンはほとんど見られなかった。ただ人に対してアタックするのではなく、網を張るように相手を追い込んでいく。剥がされそうになっても危険なコースを切り、相手を片方のサイドに閉じ込める。サイドチェンジで飛ばされても、秩序だった陣形のスライドで対応する。基本陣形は[4-3-3]だが、場面場面を切り取れば[4-4-2]にも[3-4-3]にも見えるように陣形を折りたたみ、ただのブロック守備ではない能動的なゾーンディフェンスで相手を押し返していた。
オフサイドトラップの失敗で決勝点を献上するなどミスもあったが、十分な手ごたえが感じられる内容だった。
続いて、開幕1週間前の17日。セレッソ大阪を相手に、2戦目にして最後のプレシーズンマッチが行われる。
この試合では、レノファの新しい守備戦術におけるもう一つの面が顔をのぞかせた。
3トップと両インサイドMFが積極的にプレスを仕掛けていく、というのがレノファの基本的な守備戦術だったが、これには「前5枚のプレッシングが突破された際にアンカー脇のスペースが晒される」という大きな弱点があった。アンカー三幸秀稔の左右のスペースに起点を作られる、と言う場面を何度も見てきたレノファサポーターは多いだろう。
広島戦のように陣形を整えて対抗することが対処法の一つだが、どうしても間に合わない場面も出てくる。その場合にカギを握るのが、CBによる迎撃守備だ。この試合ではセレッソのトップ下に入った奥埜博亮や清武弘嗣がアンカー脇のスペースを狙う場面が多くみられたが、CBが前に出て潰しにいくことでしっかりと対応できていた。
これについて、途中出場でアンカーポジションに入った小野原和哉に尋ねると「基本的には自分が捕まえるつもりでいたが、CBから声がかかった場合は受け渡していました。ツボさん(坪井慶介)からも後ろは任せて行っていいと声をかけてもらっていたので、安心して自分は一つ前の選手にチャレンジできました」と、チーム内での意識統一ができていることが伺えた。昨年は中盤と最終ラインの間にボールが入りそうな場面でディフェンスが躊躇して下がってしまう場面があったが、この大卒ルーキーはきっぱりと「今年はそれはないです。チームとして意識してやっています」と答えてくれた。
また迎撃守備の派生として、弱点であるこのスペースをそのままカウンターの起点にする場面もあった。14分頃、レノファ側から見て左のハーフスペースで楔のボールを受けようとしたブルーノ・メンデスに対し、左CB楠本卓海が激しくアタック。こぼれ球をインサイドMF佐藤健太郎が左SB瀬川和樹に落とし、すでに前方スペースに走り始めていた左ウイングの高井和馬へロングパスを供給して速攻に繋げる場面があった。今季はこういった迎撃からのカウンターも増えてくるかもしれない。
試合は57分に得た先制点を守り切って1-0で勝利。J1のクラブ相手に1勝1敗と自信を深める結果となったが、途中出場の清武弘嗣、福満隆貴、都倉賢らの「個」にはかなり苦戦しており、終盤は決定機をかなり作られてもいた。
現実を見せつけられた開幕戦
2月24日、課題も成果も自信も得て臨んだ開幕戦だったが、名将ネルシーニョ率いる柏レイソルという超強豪を相手に、残念ながら満足いく試合運びとはならなかった。
先制点を挙げたものの、柏の速い寄せ、高い技量とプレースピードに面食らっているのか、何度か良い攻撃を繰り出しつつも前半はほとんどが「柏の時間帯」だった。39分にはPKを献上し、同点に追いつかれて前半を終えた。
劣勢を覆すべく、ベンチも対策を施して後半に臨む。試合後会見で「セカンドボールを拾うためにプレスラインを少し下げた」と霜田監督が語ったように、あえて下がることでバランスを修正。さらに「前半は自分がCBへプレスに行ったところを飛ばされて手塚選手がフリーになっていたので、僕と(佐々木)匠で大谷選手、ヒシャルジソン選手を前に見るように意識しました。(山下)敬大も少しラインを下げてボランチとCBの間に立つことでそれが嵌まり、後半の最初はチャンスを作ることができました」と吉濱遼平が語ったように、中盤の噛み合わせも修正することで後半開始からの5分間で3度の決定機を創出した。この後半開始直後のラッシュ時に勝ち越し点が取れていれば、結果はまた違ったものになっていたかもしれない。
しかしながら、結果としては倍近くのシュートを浴び、柏の強力アタッカー陣を相手にボールを跳ね返し切れず、意図したセカンドボールの回収でも優位に立てなかった。決勝点となったクリスティアーノのゴール自体は「流れと関係のない唐突なホームラン」と言えなくもないが、ゲーム全体としてはやはり劣勢だった。山口側にも何度もチャンスはあったが、「たられば」をすべてカウントすれば、結局は4-8くらいのスコアになっているだろう。
それでも、高い理想を求める理由
キャンプから取り組んできた新たな挑戦について、プレシーズンマッチでは一定の自信を得ることができたが、超J1級とも言える柏レイソル相手に出し切ることはできなかった。
プレスはいなされ、ゾーンディフェンスの網を張り切れずに後手に回って、CBは果敢にアタックしたが迎撃し切れずに、最後は消耗して後退してしまった。「柏さんを相手にするのであれば、守備を固めてスペースを消す戦い方をするという選択もあった」と指揮官が語ったように、堅実で現実的な戦い方をしていれば少なくとも勝ち点1を得る確率は上がっていたかもしれない。ただそれでは、レノファ山口がレノファ山口である意味がなくなってしまう。
地方クラブはただでさえ、予算以外でも選手獲得について不利な状況にある。なのになぜ、山口に有望な選手が集うのか。小野瀬康介、オナイウ阿道など本来であれば格的に山口に来ることはなかったような選手が門をたたき、そして結果を残して巣立ってゆくのか。
それはひとえに、レノファが攻撃的で世界水準を追求するサッカーを披露してきたことによるだろう。「このチームに行けば成長できる」「結果を出してステップアップできる」そう思わせる挑戦的スタイルを積み上げてきたからこそ、復活を期する工藤壮人のような、本来であれば有り得ないクラスの選手を今年も獲得できた。
サッカーの内容でお客は呼べない、しかし選手は呼べる。J2だからといってJ2らしいサッカーをしなければいけないことはない。J2でも世界水準を追い求めて良い。生き残るため、そして高みを目指すために、レノファ山口は挑戦を続けていく。
Photos: Takahiro Fujii, Jay
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Profile
ジェイ
1980年生まれ、山口県出身。2019年10月よりアイキャンフライしてフリーランスという名の無職となるが、気が付けばサッカー新聞『エル・ゴラッソ』浦和担当に。footballistaには2018年6月より不定期寄稿。心のクラブはレノファ山口、リーズ・ユナイテッド、アイルランド代表。