エバートン監督マルコ・シルバの「デザインされた」ストーミング
縦へ縦へのサッカーが印象的な新生エバートンを率いるのは、ポルトガルから新たに現れ、昨年プレミアに参戦した気鋭の戦術家だ。母国のスポルティングやギリシャのオリンピアコスで実績を築き、ハルとワトフォードで株を上げた青年監督の特異性とは。
母国のエストリル・プライアで2011年にプレーヤーとしてのキャリアを終えたマルコ・シルバは、引退後にクラブのディレクターに就任。数カ月も経たないうちに、不調のチームを監督として率いるという大役を任せられると、瞬く間にクラブを上昇気流に乗せる。2部で苦しんでいたチームを昇格させ、次のシーズンには1部で5位に導く偉業を成し遂げたことで、彼の名はポルトガル全土に轟くことになった。
偶然にも同じクラブで23年前に指揮官としてのキャリアをスタートさせたのは、ポルトガル代表をEURO2016優勝へと導いたフェルナンド・サントス。名将の軌跡をたどるように、M.シルバは欧州最高峰の舞台に歩を進めていく。
ダイレクトポストプレーの多用
エバートンの1トップは、主にトルコ代表のジェンク・トスン、セネガル代表のニアス、イングランド期待の若手FWカルバート・ルウィンの3人から選ばれることになる。重戦車のような肉弾戦を好むジェンク、柔らかなタッチで起点になれるC.ルウィンの2枚はポストプレーヤーとしての役割を任される傾向にあり、スピードとテクニックに優れた1.5列目を生かす鍵になる。求められるのは相手DFを背負いながらタメを作らずに味方を使うスキルで、カウンター時に起点となる動きはチームのパフォーマンスに直結する。
特に両翼が「積極的なダイアゴナルランでCFを追い越しながら裏を狙う」ので、自分の「斜め後ろ方向やサイドにダイレクトで流すポストプレー」や、前を向いたトップ下のシグルズソンに簡単に落とすプレーが必要となる。ポストプレーが難しい状況では体を寄せて相手の自由を奪い、セカンドボールの回収をサポート。前線に陣取るCFは「相手CBとの肉弾戦」が多く、エバートンとしては1トップがボールを受けられないと攻撃の幅が狭まってしまう。昨夏に獲得が噂されたオリビエ・ジルー(チェルシー)のような選手が望ましいものの、プレミアリーグのインテンシティに耐えられるポストプレーヤーは希少。現有戦力からチームの戦術に適応するストライカーが現れてくるのが理想だが、それが難しければ補強が必要なポジションになるだろう。
スイッチを明確化したプレッシング
M.シルバのチームは「ストーミング」的な戦術要素を含んでいるが、ドイツを源流とするゲーゲンプレッシングとは相違点も存在する。基本的に今季のエバートンは、アタッカーがパスコースを消すタイプのプレッシングを志向する。積極的にDFラインのボール保持者に距離を詰めてプレッシャーを強めるというより、縦パスを消しながらサイドに誘導することが目的だ。相手SBがボールを持つと、じわじわとプレッシャーを強めていく。
M.シルバの戦術的特異性は、状況に応じて使い分ける「ミドルプレスとハイプレスの併用」にある。サディオ・マネ(リバプール)のように個人でハイプレスを成立させてしまう“戦術兵器”が存在しないこともあり、ポイントは「仕掛けるタイミング」だ。CFが中央から外に流れるようなフリーランで相手の「CBとSBの間に走らせる」長いパスを供給するパターンは、M.シルバが得意とする「誘導された局面」となる。CFがボールをキープし切れなくても、敵の体勢を崩せれば狙い通り。万全な状態ではない相手選手のボールを狙って、前を向いたウイングやセントラルMFが飛び込む。CFに近い位置で受けるようなポストプレーを多用する理由は、失敗しても前を向いて奪い返せる可能性が高いからだ。ワイドアタッカーのリシャルリソン、ウォルコットも積極的にネガティブトランジション(攻→守の切り替え)の局面でのボール奪取を狙っており、献身的に体を寄せていく。
SBの裏に長いボールを放り込むパターンも、同様にプレスのスイッチとなる。相手が後ろを向いた状態で苦し紛れのクリアになれば、前を向いて回収しやすい。チーム全体が敵に奪われたタイミングでの即時奪回を意識しており、斜め後ろからボールを取り返すような場面も目立つ。CFが競り合いながらボールを失っても、「前向きのウォルコットが即座に回収。近い位置のシグルズソンに横パスで繋ぎ、間髪いれずにスルーパス」といった流れを目指しており、実際に試合では前向きで奪ったアタッカーが勢いを利用して背後に抜ける形も珍しくない。
「ボール狩り」を目標とする中盤の構成
縦パスをスイッチにして、前向きで奪う「二の矢」となるプレッシングを武器にするエバートンにとって、セントラルMFの構成は重要だ。プレミアでも屈指のボール奪取能力を誇るフランス人のシュナイデルランと、縦横無尽に走り回るセネガル人のグイェの場合は、「ボール回収」に特化した組み合わせとなる。流れの中でグイェをペナルティエリア付近で攻撃に参加させ、ネガティブトランジションの局面では高い位置からのプレスを狙う。この組み合わせは、ポチェッティーノ(トッテナム監督)がサウサンプトン時代、シュナイデルランとワニャマ(トッテナム)を並べた構成を想起させる。
アカデミー育ちの逸材トム・デイビスは、守備強度に劣るが「縦パスの配球能力」に優れる。中盤で相手からのプレッシャーが激しい場合は、スイッチを入れる役割を彼が担う。狭いスペースでもコースを作り出すプレーを得意とする彼がいれば、楔(くさび)のボールが供給可能となる。リーグ第5節のウェストハム戦で露呈したのが、縦パスを相手の中盤に封じられると「狙った局面」を作り出せないという弱点だ。シグルズソンをセントラルMFに下げるスクランブル起用で流れを変えようとしたが、試合自体の主導権を取り戻し切れずに敗れた。だからこそ、翌節のアーセナル戦ではT.デイビスが先発。何度となく敵の包囲網を突破し、エバートンの攻撃を牽引した。
グイェを高めのポジションに置くことで、エバートンは相手の2CBが広がり、その間のスペースでMFが縦パスを受けるタイミングを積極的に狙う。MFが視野の狭い状況でボールを受けようとすれば、一気に背後から圧力を強めていくのが一つのパターン。CFとトップ下のシグルズソンが両CBを抑え、パスコースを減らした状況を作り出す。中盤の構成は、プレッシングの強度を保ちながらスイッチとなる縦パスを供給する生命線となる。シグルズソンをワイドに置いての3センター採用も、M.シルバはオプションとして考えているかもしれない。
ウイングのエリア進入
中央からの攻撃に厚みを保つことは、当然ボールの回収にも繋がる。だからこそ、エバートンはサイドからの攻撃を仕掛けるタイミングで逆サイドのウイングがファーポストに飛び込むパターンを徹底している。リシャルリソンとウォルコットの両翼はストライカー的なプレーにも適応し、相手SBと競り合いながらゴールを脅かす。特にリシャルリソンは空中戦も及第点で、今季すでにヘディングからの得点も記録。エリア内の枚数が限定されやすい[4-2-3-1]でも、エバートンは積極的に攻めの枚数を増やしている。
一方、ワイドアタッカーとしての特性を有するベルナールを起用する際は、中央の枚数が比較的少なくなりやすい。ウェストハム戦ではC.ルウィンをウイングに配したように、中央の厚みを増すには“偽装2トップ”のような形も考えられる。
近年は積極的に補強を進め、T.デイビスやC.ルウィン、右SBのケニーやウイングのルックマンといった若手の台頭も目覚ましいエバートンは、若き戦術家にとって「最高の環境」に違いない。勝利への飢えとみなぎる自信を胸に、エバートンの変革が始まっている。
Photos: Getty Images
Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。