吉田麻也は、進化を止めない。30歳でなお成長を続ける攻守の要
日本代表プレーヤーフォーカス#5
森保一監督の下、5試合を戦い4勝1分で2018年を締めくくった日本代表。チームとしては順調なスタートを切った中、選手たちは新体制での居場所をつかむべく必死に戦っている。ロシアでの経験を糧にさらなる飛躍を期す者から、新たに代表に名を連ねチャンスをうかがう者まで。プレーヤーたちのストーリーやパフォーマンスにスポットライトを当てる。
日本人DFとして、歴代最高の環境でプレー
日本人センターバックとして、吉田麻也が歴代最高レベルの環境でプレーしていることは間違いない。一昨シーズンにはリーグカップ決勝でウェンブリーのピッチに立ち、マンチェスター・ユナイテッドに敗れたものの大会ベストイレブンに選出された。
こうした経験を積み上げ、押しも押されもせぬディフェンスリーダーとして自身2度目となるW杯で日本のベスト16進出を支えた。GSでのパフォーマンスが英国紙『ガーディアン』など大手メディアでも高く評価され、ベルギー戦でも多くの危険な攻撃を跳ね返して一時は2点のリードを奪う流れを後押しした。
4年後のカタールW杯に向け、仕切り直しのチャレンジとなる今季。だが、サウサンプトンでは2018年3月から指揮をとる”スパーキー”マーク・ヒューズ監督(編注:12月3日に解任)のもと、出番に恵まれない日々が続いた。ポジションを争うセンターバックにはオランダ人のウェズリー・フート、イングランド人のジャック・スティーブンス、デンマーク人のヤニック・ベスターゴーアという3人の実力者が並んでいる。
ターンオーバー的な起用をされた10月3日のリーグカップ・エバートン戦では4回戦進出に貢献する活躍を見せたが、今季プレミア初出場となった第8節チェルシー戦で0-3の大敗を喫すると、再び3試合出場なし。
11月11日のワトフォード戦で3試合ぶりに出場のチャンスをつかんだものの、サウサンプトンの2点目が「オフサイドポジションにいた吉田に当たった」と判定されて取り消されたり、終盤にクリアボールが相手選手に当たったこぼれ球からシュートを打たれて同点ゴールに繋がるという不運もあった。
なんとも後味の悪い引き分けとなったが、アジアカップ前の最後の2試合となったベネズエラ戦とキルギス戦を前にキャプテンがフル出場できたことは、日本代表にとっては大きかった。
優れた空間認識力をベースにした予測
吉田が持つ資質を象徴する2つのプレーを、ベネズエラ戦からピックアップしたい。ホームの親善試合ではあるが、ベネズエラには吉田と同じプレミアリーグのニューカッスルでプレーする長身FWのホセ・サロモン・ロンドンがいた。アジアカップを1カ月半後に控えた時期の試合としては、タフで、有意義な試合となった。そして、この一戦は吉田のリーダーシップ、個人の対応力の両方が見られた試合となった。
前半7分、ベネズエラがバックラインでボールを回し、左サイドバックのマゴから一人飛ばしてボールを受けた右センターバックのフェラレシが前線にロングフィードを送る。そこにエースのロンドンが合わせに行こうとするが、落下点に先回りした吉田がヘディングでカット、左サイドバックの佐々木翔にボールを渡した。
吉田の特徴の1つは、こうした優れた空間認識力をベースにした予測である。厳しい局面でも周りの状況や味方の位置を把握し、ヘッドでの「クリア」ではなくヘッドでの「パス」を選択できる。こうした判断力と落ち着きは、吉田のプレースタイルを象徴するものだ。
前半24分。ウディネーゼ所属のマチスが日本から見てペナルティエリアの右でボールをキープ。そのマチスからパックパスを受けたマゴが、右足でゴール前にボールを入れてきた。吉田はロンドンを背後からマーク、前を向かせなかったものの、ロンドンに粘られ胸で手前にボールを落とされる。
そのロンドンのパスを受けた右サイドバックのロサレスは、ペナルティエリア内のエレーラにパスしようと中を見る。だが、ここでも吉田が2人の間に入ってパスコースを消す。結局ロサレスはパスを出せず、強引なカットインからのシュートを選択したが、ゴールマウスの外に外れてことなきを得た。
ゴール前で一度タイトにマークしたところから、状況の移り変わりで瞬時にするべきことを判断し、実行する。ディフェンスは、1つ1つの判断が失点に直結し得るポジション。決断が遅れても失点に繋がってしまう。柔軟な判断力はもちろん、瞬時の実行力が吉田のディフェンスを形作っているのだ。
30歳を超えてもなお衰えない、成長への意欲
攻撃に目を転じると、吉田は後ろでパスを繋ぎながら、ボールを縦に入れていくか、引いてきたボランチに出すか、前のスペースに運ぶか、サイドチェンジするか……数多くの選択肢から効果的なプレーをイメージし、周囲の選手に的確にビジョンを伝えて共有を促している。
個々の選手には、それぞれ視野とイメージがあり、11人がすべてそろうということは不可能に近い。それでも吉田がボールを触ることで、その共有性はかなり高まっているように見える。
吉田は、左右の足を状況に応じて使い分けることができる。ボランチ出身で、サウサンプトンではサイドバックで起用されることもあった。もともと両足を正確に使えるベースはあったが、プレーの流れが早く臨機応変さを求められるプレミアリーグでその感覚はさらにブラッシュアップされたようだ。
ここ数年の日本代表では右センターバックでプレーすることが多かったが、“森保ジャパン”では冨安健洋や三浦弦太との関係で左センターバックを担当することも増えている。そこで目につくのは、「右足でボールを受けて、左足でパスを出す」回数の多さだ。特に左サイドの選手に出すパスはほとんどが左足で、前線の大迫勇也へのロングパスなども左足で出すケースが多い。
1つは展開の幅を求めてのことであり、もう1つは相手FWのプレッシャーにかからず安全に繋ぐには左足の方が効果的であるためだろう。それにしても、左利きの選手と見紛うほどの正確性とスムーズさはトレーニングなしには実行し得ないものだ。今年8月に吉田は30歳になったが、さらなるバージョンアップを果たすための努力に抜かりはないようだ。
ロシアW杯をコーチングスタッフの一人としてサポートした森保監督は、吉田に新チームのキャプテンマークを託した。チームが成長して行く中で、吉田から若手に経験を伝えるだけでなく、「自分もさらに成長しよう」とする意欲を感じ取ったからだろう。33歳で迎えるカタールW杯で16強の壁を越えるために、吉田は攻守のビジョンとスキルを研ぎ澄ませる。
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Photos: Ryo Kubota, Getty Images
Profile
河治 良幸
『エル・ゴラッソ』創刊に携わり日本代表を担当。Jリーグから欧州に代表戦まで、プレー分析を軸にサッカーの潮流を見守る。セガ『WCCF』選手カードを手がけ、後継の『FOOTISTA』ではJリーグ選手を担当。『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(小社刊)など著書多数。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才能”」に監修として参加。タグマにてサッカー専用サイト【KAWAJIうぉっち】を運営中。