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サッカー指導者界の新たなる潮流。「ゲームモデル公開のすゝめ」

2018.11.30

サッカーにおいて「戦略」や「戦術」といった単語からイメージされるもの———もともとが軍事用語的な意味合いが強いこともあるため、多くの人が「部外秘」「秘匿されるべきもの」と連想するのではないだろうか。しかしながら、現在サッカー指導者界隈で起こっているのは真逆の流れである。自らが率いるチームの根幹である「ゲームモデル」を公開・共有しようという流れができつつあるのだ。

https://twitter.com/kumaWacky/status/1067698844358500352

なぜ彼らは、苦労して築き上げたものを惜しげもなく晒すのだろうか? 今回は、その発端の一角を担ったわっきーこと脇真一郎氏に思いの丈を綴ってもらった。


はじめに

 みなさんこんにちは。フットボリスタ・ラボ突撃隊長でお馴染み(?)のわっきーです。簡単に自己紹介を。

 和歌山県立粉河高校にて教諭およびサッカー部顧問を務めています。世のどのチームより自チームが好きという幸せ者です。フットボリスタWEBでは自チームの活動を土台とした熱中症対策や夏場の活動への提言という記事を、またフットボリスタ・ラボnoteにてサッカーの指導における「学習」の在り方について書かせていただきました。

 今回は、「自チームのゲームモデル」作成にあたり、チームでの共有資料を作成し、多くの方から前向きな反響をいただいた件について書きたいと思います。ゲームモデル作成と開示にまつわるお話です。

 思い返せば、2018年ロシアW杯を前後する形で日本のサッカー界には大きな流れが生まれたように思います。正しくは、今までもあったであろういろいろな取り組み、またそれに取り組んでこられた方々の存在が顕在化した、と言えるでしょうか。特に、W杯でのNHKアプリにおける「戦術カメラ」のインパクトもあってか、「分析」に対する注目度は一気に高まった印象でした。群雄割拠のごとく「戦術クラスタ」たちの活動、発信が日々SNSを賑わし、それに触発されるように多くの方が「サッカーを戦術的に観る」意識を醸成していく流れが定着していったと感じています。

 その一方で、「観る」に留まらず「指導する」場を持つ方々にとっては、「サッカーを戦術的に戦う」ためにはどうしていけば良いのか、ということを考える機会にも繋がっていったように思います。

 サッカーを戦術的に戦う――当たり前のようでいて、実践するのは簡単ではないことです。折しも、主にヨーロッパ方面から次々ともたらされるサッカー用語や理論の数々、それに合わせたかのように各種講演会なども精力的に開催され、あらゆるカテゴリーの指導者の方々が多くのインプットを積み重ねる機会を得たと思います。かく言う私もその一人で、フットボリスタ・ラボに初期から関わらせていただいたこととも重なり、一気に拡がる繋がりや情報量の前に立ち尽くすこともしばしばでした。

 一方で、指導者として日々自チームの指導に当たりながら、少しずつインプットがアウトプットに変換されていくのを感じました。そこで、それらを自チームのために整理されたものとしてアウトプットを行おうと作業を開始しました。


ゲームモデルを作ろう

 いくつかの講演会に参加したり書籍を読み漁ったりしながら、ゲームモデルの作成の仕方についてマニュアル的には理解しました。しかし、実際にそれを自チームに向けて作成しようと思った時、意外と簡単ではないことに気付きました。

 例えば自チームのAという選手がいるとします。その選手がある時、指導者のもとを訪れ「自分のプレーの課題を教えてください」と尋ねます。この時、あなたなら「何を根拠にして」回答しますか?

 おそらく、その選手個人に焦点化して考える視点が1つ、そしてチームとしてどのように戦いたいかというような視点が1つ。大きくはその辺りから思いを巡らせるのではないでしょうか。

 チームは選手たちから成り立っています。その個々の選手の特性、能力等のステータスを抜きにチームの在り方は考えがたいでしょう。また、チームというのはただの個人の集合体ではありません。チームそれぞれに目標や方針等があるはずです。それを実現するための力を選手たちには求めたいと思うのではないでしょうか。

 この双方向の視点を持って個人やチームを見つめ、それを「言語化」する。なかなかに難しいと私自身も作業を重ねながら思いましたが、それこそが「ゲームモデル」の構築ということだと思います。

 実際に作業を進めていくと、いくつかの壁にぶつかります。頭の中にイメージは存在しているのに、いざ言語化するとなると上手く言葉にならない。言葉にできたとしても、それはまだ言葉でしかなく、「選手たちに届くもの」ではない。そもそも自分が言語化したことに対して、「本当にこれでいいのか?」と疑問が湧いてくる。

 おそらくここで挫けてしまう方もおられるのではないでしょうか。私も何度か挫けて、そしてそのうち気付きました。「一気に積まれたインプットの量に圧されてしまい、アウトプットも一気にしようとしてしまっていないか?」と。作業をする最中にも次々と積み重なるインプットを見上げながら、それをなんとか纏め上げようとしているうちに次のインプットが押し寄せてくる、の繰り返しです。これでは埒があきません。

 そこで、具体的な作業を少しずつ積み重ねていくことを考え、まずは「チーム内用語の統一」から始めました。

・トランジション=いわゆる攻守の切り替え。サッカーにおける局面を4つに分割する時、攻撃→守備/守備→攻撃にあたる局面
・ユニット=攻守における大小のグループ。基本的には3~4人組を指す
・パスライン=ボール保持者と受け手などの間で共有する仮想パスコース

 ……などと、この作業を進めていくうちに、「そう言えばこんな言い方もしているな」「この用語の方が選手たちには届きそうだな」などと考え始め、少しずつ自チームや選手たちの様子が具体的な輪郭線を伴って見えてきました。

 次に取り組んだのが、サッカーにおける大原則の整理作業です。そもそもサッカーとは? という話ですね。例えば、

・ピッチサイズ、人数
・ゴールは2つ、ボールは1つ
・勝敗はどう決まるのか?

 といったことから始まり、ピッチをどう分割するか、ゲームの局面をどう分割するか、といった形で大枠から整理していくようにしました。

 こうして、「わかっていると思っていること」をきちんと言語化することで、自身の「サッカーに対する言語化」の力を段階的に積み上げていきました。

 ここまで来れば、後はそれぞれの指導哲学やチームの在り方との中で「ゲームモデル」を構築していくことになります。これは自チームの選手たちに届くものでなくてはいけないので、「目次立て」から整え始めました。大きな枠組みから具体的な枠組みへ、選手たちの「理解の段階」を想定しながらの作業です。そこで、ゲームモデル作成に先立ち、その土台として共通理解をしておきたいことだけを抽出して、「ガイドブック」を作成することとしました。とにかく思い付いたことをあちこちにメモし続け、それを体系化して整理するという作業を重ねました。そしてそれを基礎としつつ、選手たちとも何度も対話を行い、「チームとしての理想のサッカー」を描き続けました。作業にあたっては、特に林舞輝氏の講演会で学んだ内容がガイドラインとして役立ってくれました。


指導者界隈で起き始めた流れ

 短くない時間を作業に充て続け、ついに本校サッカー部のための「ガイドブックその1」と「ゲームモデルその1」が完成しました。

 これをTwitter上で報告したところ、思ってもみない反響をいただきました。指導者の方だけでなく、現役の選手、分析クラスタの方など多岐にわたって「資料を見せてほしい」と連絡をいただき、結果としてなんと100名以上の方々にお渡しすることとなりました。深く感謝をしながら、ふとした疑問も浮かびました。「自分が作った資料は、世にあふれている情報をまとめただけのものとも言えるのに、今さら必要なのかな?」と。

 実際に資料を見ていただいた方々の「本当の理由」についてはわかりませんが、その中で聞かせていただけたことの中に「自分でもこういうものを作りたいのでその参考に」というお話がありました。なるほど、「どのようにして作成すればいいのか」を見ておこうという話かと。なんにせよ、多くの方の何かの参考になれば、それはそれで作った甲斐はあったという辺りで着地かなと思っていたのですが……。

 しばらくして、とある連絡をいただきました。「ゲームモデルを作ったので見てほしい」とのことです。こちらとしても勉強になるお話ですので、即答で是非にとお返事しました。するとまた別の方からも同様の連絡をいただきました。さらに、Twitter上では「自分が作成したゲームモデルを公開するのでご意見をください」という投稿も散見され始めました。

 真っ先に公開した身で言うのも説得力がないのですが、本来ゲームモデルとは非公開なものではないのかなと思うのに、それを公開する流れが起きているぞ、と。個人的なやり取りをさせていただいている方の中には、とある試合向けのゲームモデルと試合の動画をセットにして見せてくださった方もおられます。

 まだ大きな流れではないですが、しかし確実に起こり始めた流れでもあると思います。これはおそらく今後、指導者界隈でさらに大きな流れになっていく予感がします。なぜならこれは、指導者たちの「飽くなき向上心」によって起きた流れだからです。

 残念ながら、チームを預かる指導者は、ともすれば「お山の大将」になりがちです。ましてや、他のチームとの競合を続けているわけです。自チームさえ勝てれば、強くなれば、との思いも「間違い」とは思いません。

 しかし、指導者の中にも確実に「今日弱みをさらしてでも明日の強さを手に入れたい」と願い、行動できる方も存在しています。私自身がまさにそうで、わからないことやできないことを誤魔化すのではなく、堂々と乗り越えて行きたいと思って行動してきたつもりです。なぜなら、自チームの選手たちにそうあってほしいからです。指導者がやりもしないことを選手たちに求めるのはナンセンスじゃないのか? という信念を持っているゆえ、今回のゲームモデル公開も自然なこととして行いました。

 しかし、これを絶対の「是」と思っているわけではありません。指導者の数だけ方法はあるでしょうし、あくまでも1つの事例という話です。ただ、少なからず私と同じような感覚を持ち、同じように取り組もうと思っている方が指導者の中にはおられることを確信しました。そしてきっと、この流れを継続していくうちにさらに多くの方が同様の取り組みを行い、やがて発展的に拡大していくと思っています。なぜなら、先にも述べたようにこれは指導者の「飽くなき向上心」によって起きた流れだからです。


まとめとして

 言うまでもなく、指導者界隈において何かしらの発信をされている方々は、「向上心」を強く持たれていると思います。具体的に何をすればいいのかを見定めきれていなくても、「何かできるはず」「何かしなくては」といった思いを土台に模索されているのではないでしょうか?

 私自身もそう思いながら、今も模索と試行錯誤の日々です。そんな中で、今回紹介したようなアクションを起こしてみた次第です。その結果「自分もこうしてみよう」という共鳴は確実に発生しました。今この瞬間にも多くの方が同様の、また別の新たな取り組みをされているはずです。

 最後に私からの提言です。

「思い切って発信してみましょう!」

 インプットはアウトプットを経て、また新たなインプットへと循環します。「間違っていたら嫌だな」「意見表明するの恥ずかしいな」などと思う方もおられるでしょう。でもよく考えてください。自チームの選手たちに、日々の指導の中でどのような姿勢を求めていますか?

「成長に対して貪欲でありなさい」
「思ったことは言語化して共有していこう」
「間違いを恐れて意思表示をしない、それこそが間違いだよ」

 私はよくこのようなことを伝えています。その先頭に立つ私たち指導者が、その範であるべきだと考えます。指導者も人間ですからパーフェクトたり得ません。でも、導く者として示すべき姿勢はあると思っています。各地で行われている指導者交流会なども、インプットとアウトプットの循環の場として非常に意味深いと思います。

 こうして眺めてみると、確実に指導者界隈には大きな流れが起き始めています。また、それを排他的に受け止めるのではなく、許容し発展させていく空気感も並存していると思います。これはチーム指導に置き換えれば、まさに「成長への条件」がそろっていると思いませんか?

 指導者もまた成長に対して貪欲であること、それを実現していく1つの形として今回紹介したような流れが起きたのだと思います。私自身もまだまだ成長を目指し、様々なインプットとアウトプットの循環を積み重ねていきたいと思います。今回はその1つの方法として、ゲームモデルの作成と開示、そして再インプットという形を紹介しました。皆さんも是非、皆さんなりのアウトプットに挑戦してみて下さい。

 最後に、つい先日のことですが、新生・奈良クラブのGM就任が発表された林舞輝氏からなんと「作成した資料とゲームモデルを見せてほしい」と連絡をいただきました。彼からの学びを大きなきっかけとして加速した自分自身のインプット、その後の積み重ねを経て実現してきたアウトプット。それがまた彼のもとへと届けられ、新たなインプットとしてさらなる循環へと繋がっていく。「知識をシェア・循環することにより日本サッカー全体を底上げする」という大きな流れに、私もささやかながら現在進行形で貢献できているのではと感じました。深く感謝です。


※自チーム用に作成した各資料、少しずつ追加しておりますので、参考資料として必要な方はわっきーのTwitterアカウント(@kumaWacky)までご連絡ください。

Photos: Getty Images

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Profile

脇 真一郎

1974年10月31日、和歌山県生まれ。同志社大学卒。和歌山県立海南高等学校でサッカーと出会って以降、顧問として指導に携わる。同県立粉河高等学校に異動後、主顧問として指導を続け7シーズン目となる。2018年5月に『フットボリスタ・ラボ』1期生として活動を開始して以降、“ゲームモデル作成推進隊長”として『footballista』での記事執筆やSNSを通じて様々な発信を行っている。Twitterアカウント:@rilakkumawacky

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